呪われた砦のメイド人形 作:匿名希望
魔王の脅威が歴史の彼方へと去り、さらに長い月日が流れた。
かつて人々に恐れられた魔の森は新緑豊かな風光に変わり、やがて砦の存在も噂となり、少しずつ人里との交流が生まれていった。
「メイド長さん、見て見て! このお花、お庭に咲いてたよ!」
陽光が注ぐ広大な庭園に、子供たちの賑やかな歓声が響き渡る。
泥だらけの靴で無邪気に駆け寄ってくる村の幼子たちを、ソウタはいつものように優しく迎え入れた。
「まあ、とても綺麗なシロツメクサですね。ありがとうございます」
膝をつき、子供たちと目を合わせて微笑む。
美しく切り揃えられた金髪、漆黒の生地に真っ白なフリルが映える細身のメイド服、そして繊細な球体関節。
人形としての姿は、何百年という歳月が経ってもなお、何ひとつ変わることはない。
無邪気に笑う5歳くらいの男の子が、花束をソウタの手元に差し出しながら、無邪気に首をかしげた。
「ねえ、メイド長さんって、どうしてお食事食べないの? お腹すかないの?」
「ふふ、私は人形の体ですから、お腹はすかないのですよ」
「へぇーっ! じゃあ、ずっと遊んでいられるね!」
男の子はそう叫ぶと、背中に跳ねるように駆け去り、仲間たちと追いかけっこを始めた。
その無邪気に泥を跳ね上げる小さな背中を見送った瞬間、ソウタの胸の深く、深く眠っていた古い記憶の重層が、カチリと音を立てて小さく揺れた。
(……あの子、ちょうどぼくと、同じくらいの年だったな)
思い出すのは、はるか大昔――自分がまだ、人間だった頃のこと。
魔法も知らない、異世界に迷い込んで半泣きになっていた、小さな5歳の男の子だった頃の自分。
あの頃の自分も、温かいスープを分けてくれた大きな騎士の大人たちを見上げていた。
人形使いの残酷な呪いに脅え、肉体がぐんぐんと引き伸ばされ、手足が冷たい球体関節に変貌していく恐怖に泣き叫んでいた。
大好きな親の元へ帰りたいと、暗闇の中で小さな心を擦り減らしていた。
(あの時のぼくは、すごく怖くて……寂しかったけれど)
ソウタはそっと自分の白磁の手をかざし、繊細な指先を確かめるように握りしめた。
その腕の向こうでは、かつて勇猛な騎士団長だった戦闘型メイドが、大きな大剣を背負った姿のまま、転びそうになった子供の首根っこをひょいと優しく持ち上げている。
他の鎧人形たちも、子供たちに手作りの木彫りの玩具を配りながら、どこか誇らしげに関節を鳴らしていた。
呪いによって与えられたこの体と、永遠の命。
けれど、かつての恐怖や未練は、この砦で重ねてきた途方もない時間と、温かな仲間たちの存在によって、いつしか愛おしい宝物へと変わっていた。
「どうされました、メイド長」
子供たちをあやし終えた元騎士団長が、静かな足取りでソウタの隣に歩み寄ってきた。
「いいえ……少し、昔のことを思い出していただけです」
「昔……ですか」
「ええ。ぼくたちが、ここで暮らし始めた頃のことや……もっと、ずっと前のこと」
ソウタが可憐な鈴を転がすような声で答えると、元騎士団長はガラス玉のような瞳を和ませ、小さくうなずいた。
「我々にとっては、昨日のことのようでもあり、遠い夢のようでもありますな。……後悔は、ございますか?」
「ふふ、まさか」
ソウタは首を振ると、クラシカルなロングスカートの裾を軽く持ち上げ、庭園を駆け回る子供たちに向けて優しく微笑んだ。
「ぼくは今、とっても幸せですよ、隊長さん」
5歳の男の子だった心は、今もこの胸のどこかで優しく息づいている。
けれど今のぼくは、この砦を守り、みんなを愛する、世界で一番誇り高いメイド長だ。
「さあ、みなさん! そろそろ冷たいハーブティーが入りましたよ。テーブルへお集まりくださいな」
鈴の音のような澄んだ声が、光あふれる砦の庭園に響き渡る。
子供たちがワーッと声を上げて群がってくるのを、ソウタは永遠と変わらぬ美しい微笑みで迎え入れた。