ネフェルピトー! 異世界で王をお救いなさい! 作:SUAPF→NFLPT
(うーん、そっかぁ。そうだよねぇ……)
帰り道、ボクの胸の内は今までにないくらいモヤモヤとしたもので満たされていた。
キメラアントにとって、血が混ざり合うなんてことは、特に意識しなくてもいい性質のものだ。
色々な生物の遺伝子が最初から混ざり合って生まれてくるのだから。
でも、人間は違う。
アイツらはどこまでも純血を尊び、人間は人間のままでいたがる。潔癖なまでに。
だからこそ純血の者たちに、混血――混種族という要素を持ち込んでも、認められるわけがないのだ。
人間からしてみれば、獣人は不幸にしてこの世に生まれ落ちた、混ざり物の命。
それが増えていくということは、人間社会の仕組みそのものの崩壊を意味しているのだろう。
今回の人間側のルール改定だって【生まれてしまったものは仕方がないから、一応は我々人間と同じように扱いましょう】という、体裁だけの憐れみに過ぎない。
人間社会から見た獣人は、生物としては不完全で、すでに詰みの直前に追い込まれた生き物だった。
(メルエム様も獣人である以上、お世継ぎは望めないってことだしにゃあ……)
答えの出ない問題に、さらにブルーな気分になりながら開拓地へと戻ってみると――。
「シクシク……シクシク……」
シャウアプフ――プフが、地面に体育座りをしてさめざめと泣いていた。
「うぅ……ああ……私は、一体どうすれば良いのでしょう……」
(……話しかけたくないニャ。すっごく面倒くさそう)
「プフ殿、そう落ち込まないでください」
プフの周りを、チビユピーがパタパタと飛び回りながら必死に慰めている。
「ありがとう。貴方はどこへ行っても変わらずお優しいですね、ユピー……おや。ピトー、おかえりなさい」
「う、うん。ただいま」
「おかえりなさい、ピトー……殿」
ユピーも丁寧にお辞儀をして出迎えてくれる。しかし、プフはすぐにハッと顔を跳ね上げると、涙を拭ってボクに詰め寄ってきた。
「ピトー、そんなことよりもです! このままでは実にマズい、由々しき事態なのです! ピトーも私の話を聞いてくれますか!?」
「あー……キミがそこまで取り乱すってことは、メルエム様のことかニャ」
「ええ、ええ、正にその通りです!! このままでは我々獣人が、完全に滅びてしまうかもしれないのです!!」
「ちょっと、場所を変えようか」
周囲の目が気になったボクは、二人を促して木造の仮建屋へと移動した。
こうして、異世界における王直属護衛軍、初の三者会合が始まったのだ。
プフが涙ながらに訴える内容は、おおむねボクが先ほど書物庫で調べてきたことの復習であった。
いわく、獣人に二世を誕生させることはできない。
いわく、今後も獣人が増えることはない。
そして――いわく、王にその気がまったくない。
……ん? 待って待って。
王に、その気がない?
まさか、プフ……。
「僭越ながら、王にお世継ぎについてのご意見を述べさせていただきました」
ああ〜……やっぱり。
「その結果、メルエム様が激怒されたのです」
チビユピーが、トホホという顔でそっと補足する。なるほど、だから泣き崩れていたってわけか。
「具体的に、メルエム様に何を言ったのさ?」
「そろそろ伴侶を考えられてはいかがでしょう、と! 様々な種を取り込み、魔術さえ得た我が王ならば、もしかしたら次代の子を成すことができるのではないか、可能性はゼロではないと熱弁いたしましたとも! ……あと、あの小娘についても少々……」
「そりゃあ、怒るね」
主に、あの小娘……コムギについての部分で、ね。
「し、しかしプフ殿は、我々獣人の行く末を思い、誰も触れることができないデリケートな部分へと敢えて踏み込んでくださったのです」
うん、まあ、ユピーが言う通り、メルエム様に直接意見した度胸は流石だと思うよ。
ボクには絶対に無理だもん。ボクはどこまでも王の意思を尊重する派だしニャ。
「でも、メルエム様はコムギ一筋でしょ。そこは絶対に譲らないと思うにゃあ……それこそ、本人でも連れてこないと無理でしょ」
以前、こちらの世界のコムギについて、王本人から直々に熱弁されたことがあった。
コムギは、メルエム様が魔王として誕生するよりもずっと前に亡くなっている。
それでもなお、彼女はあの御方の心に残り続け、その魂を縛り続けているのだ。
「ですが!! メルエム様は王なのです!! 少しでも先のことを考えていただかなくては!! あわよくば私は、王の御子様を教育するお仕事などをしたいのですよ!! あのような小娘に、いつまでも囚われていてはああああああ!!!!」
「……ユピーは、どう思ってるの?」
興奮して頭を抱えだしたプフをスルーして、ボクは小さな仲間に視線を向けた。
「正直、私には分かりません。私たち獣人はこうして寄り集まり、小さなコミュニティを形成して、生きるしかない存在です。かつては、家族の真似事をした仲間もあったそうですが……彼らもまた、次代へ何も残せずに滅びました」
ユピーは、その小さな小さな拳を、ぎゅっと強く握りしめた。
「でも、そんなのは、あまりに希望がないじゃありませんか……もしも仮に、王が次代を築いてくださるのなら、それは私たち獣人にとって、とても大きな一歩になるのではないかと思うのです」
ふむ……王の、お子さんかぁ。
ボクもちょっと、見てみたいかもニャ。
でもなぁ……
「ピトー!! どうか、どうかメルエム様に進言していただきたい! 私の様なポッと出の戯言は、王に届きません!! 貴女なら、かつて王を窮地から救った貴女の言葉なら、まだいくらか希望はあるのです!!」
「ピトーさん、私からも、どうかお声掛けだけでも願えませんか」
護衛軍の二人から、同時に頭を下げて懇願される。
多数決でも二対一でボクの負けだし、何よりボクだって、キメラアントとして、名誉獣人として、一応は先のことを考えなきゃいけない立場なわけだし……
「う、うーん……分かったよ。でも、本当に期待はしないでね」
ボクはポリポリと頬を掻きながら、しぶしぶといった風に、二人からの頼みを引き受けることにした。
ーーボクは、早速メルエム様の元へと向かった。
円を広げて探索したところ……ここから数キロ離れた、小高い丘の上にいらっしゃるようだ。
早速そちらに向かって飛び立つ。
丘の上はちょっとした広場のようなスペースになっていて、王はそこに仰向けで寝転がっていた。
「メルエム様〜」
「……ピトーか」
「ここにいらしたのですね」
ボクは風を切って静かに着地し、メルエム様の傍らに跪く。
「ふぅ……真面目だな貴殿は。楽にしてよい」
「はい」
お言葉に甘えて腰を芝生の上へと落とす。すると、王は空を見上げたまま静かに語り出した。
「良い場所だろう?」
「そうですね。こちらには良く来られるのですか?」
「ああ。ここはな……コムギが、グァバヌァの実を取りに行っていた場所だ」
(おっと……メルエム様の先制攻撃だニャ)
「ほれ、そこの木になっているだろう。毎年、今の時期に実をつけるのだ」
メルエム様が指差した、芝生の上にぽつんと一本だけ生えている木は、お世辞にも元気とは言えない有様だった。
枝の何本かは黒く朽ちているし、実といっても、まばらに数えるほどしか見られない。
熟れすぎたいくつかは、すでに地面に落ちて無残に潰れてしまっている。
「あの実を見るのも、これで五十一回目になる……随分と、減ってしまったものよ」
「でしたら、私の光の魔術にて、あの木を活性化させてみましょうか?」
如何なるものも治癒するボクの光魔術なら、枯れかけた植物を全盛期に戻すことだって出来る。
けれど、王は静かに首を振った。
「いや、いい。形あるものは、やがて滅びるものだ」
「……」
「ピトーよ。大方、プフから何やら言われたのであろう?」
「ご存知でしたか」
苦笑するボクに、メルエム様はどこか遠い目を向けた。
「うむ。余とて、本当は分かっているのだ。人間の、それもとっくに失われた、たった一つの命のことなど、さっさと忘れてしまう方が……王としては、よほど健全なのだろう、とな」
その言葉に、なぜだかボクの胸の辺りが、チクリと痛んだ。
「だが、無理なものは無理なのだ。今でも余は……コムギのことを、深く想っている」
(うん。ごめんユピー、プフ。こりゃあ百パーセント無理だニャ)
ボクが心の中で二人に謝罪していると、メルエム様がゆっくりと身体を起こし、まっすぐにボクを見つめてきた。
その瞳には、並々ならぬ強い光が宿っている。
「しかし、諸問題を完全に投げ出すつもりもない。余はこの先、ただ朽ちるだけの命だ……だが、貴殿は違う。以前も言ったであろう。ピトー、貴女に託すと」
(………………ん?)
思わぬ言葉に、ボクの思考が一瞬フリーズする。
「聞けば、貴女は我らのような、獣人ではないとのこと。ならば、次代の王となるのは貴殿だ。この先、皆と一致団結し――」
(んんん?)
「次代を築いてほしい」
ええと……め、メルエム様?
それってつまり……ボクが、お世継ぎを!?