ネフェルピトー! 異世界で王をお救いなさい! 作:SUAPF→NFLPT
ボクは今回の任務で、基本的に自由はない。
命令には絶対服従であることを求められているから、大人しくしていようと思っていた。
この瞬間までは。
「ピトーってヤツ、まずはテメェから来な」
(え゛……ボク?)
大男、ウボォーギンが最初にスパーリング相手として指名したのは、まさかのボクだった。
「なんでボクなのさ?」
「おいおいウボォー、ご婦人をいきなり指名とはどういう了見なんだ? 紳士としてマズいでしょ〜…ああ、お前さんなりのレディーファーストってヤツかい?」
ハイヤが予想だにしない指名に異議を唱える。
「ハッ、悪ぃがメインディッシュから食らい尽くすタイプでな…オレの目は誤魔化せないぜ、テメェは相当に強ぇだろ?」
(コイツ…さっきまでピトーを荷物持ちって言ってたのに)
(ふぅん……見る目は確かみたいだね)
強いと言われて悪い気はしない。
ピクリと耳を動かしたボクは「じゃあ仕方ないにゃ、命令には従わないといけないし~」と機嫌よく荷物を置く。
「ピトー、こうなった以上やむを得ん。しかし分かっているとは思うが…」
「手加減できる相手じゃないよ」
カイトが言わんとしている釘刺しを、ボクは遮った。
それは彼も分かっていたらしく「程々にな」とだけ言って肩をすくめた。
「で、スパーリングってどこまでやっていいのかにゃ?」
「どこまで、だと?」
「うん。いきなり怪我でもされたら、探索が中止になるかもしれないじゃない?」
「安心しなァ、スパーリングで怪我する程度のお荷物じゃあ、どの道中止だからよォ!」
その宣言直後、ウボォーは体躯に似合わぬ俊敏さで間合いを詰めた。
容赦なく繰り出される、巨躯からの一撃。
その間、文字通り一瞬。
ボクは拳の軌道を見極め、半身になってそれを回避した。
(想定よりずっと速いね)
ボクが内心で舌を巻いたのと同時に、ウボォーの目にも鋭い光が走る。
互いに相手の速度を認識した瞬間、ウボォーは淀みない連撃へと切り替えていた。
右、左。紙一重で拳をかわし続ける。
(…そうだ、試しに…)
様子見を終えたボクは、ウボォーの追撃に対し、念を纏わせた【堅】の状態で右腕を突き出した。
ガキィィィンッ!! と、まるで鋼鉄同士を叩きつけたかのような、凄まじい金属音が響き渡る。
その手応えに、ウボォーは破顔した。
「かってェェ!! 硬てぇなぁオイ!!」
(念は有効。だけど問題は、彼が魔術を使った時か…)
肉体だけのぶつかり合いにもかかわらず、この衝撃…身体ごと後退させられている。
一方、ウボォーは痛む拳を握り締め、ボクを見つめていた。
(どういうトリックかは知らねェが、身体を固める瞬間、魔術に似た何かを纏ってやがる)
オーラ放出は、この世界の魔術における魔力放出とは根本的に異なるもの。
故に、ウボォーが念のオーラを感知できたのは、彼の野生の本能とでもいうべきものによってだった。
(ほぅ…ウボォーの拳を受けて無傷かい)
砂煙の向こうで涼しい顔をしているピトーを見て、ハイヤもまた、驚愕を隠せずにいた。
「ハッハァ!! 面白れェ! じゃあ次行くぜェ!!」
ウボォーの身体に、禍々しい魔力が満ちていく。
念ではガードができない攻撃が来る。
そう直感した瞬間、ボクはすでに地を蹴り、跳んでいた。
跳躍というにはあまりに異常な初速。
ギャラリーの目には、彼女がその場からテレポートしたかのように映ったはずだ。
ウボォーがその魔力を放出する、まさに直前。
音もなく肉薄したピトーの鋭利な爪が、ウボォーの無防備な肩口を深く切り裂いていた。
「ぐっ…!」
ウボォーの巨躯がわずかに揺らぐ。
「――しかも、速ェえ!!」
しかし、仕掛けたボクも無傷では済まなかった。
着地したボクの身体を、わずかな違和感が走る。
身体の内側から直接、空気にでも殴られたような鈍い痛み。
念による防御をすり抜けて届いた、経験したことのない不思議な感覚だった。
「やるね、キミ」
こほっ、と咳込みながらも、ピトーは楽しげに目を細める。
「へっ、テメェこそ」
ウボォーもまた、肩の傷を気にする風もなく笑い返した。
二人の神速の攻防に、ポックルはポカンと口を開けて、見つめることしかできない。
(ふん、坊っちゃんには今のも見えなかったか。まあ、無理もねぇ…)
ハイヤはポックルの様子を鼻で笑いながら、冷や汗の浮かぶ顔で戦況を分析していた。
(肌に爪を受けたあの刹那、ウボォーの奴は魔力そのものをカウンターで叩き込みやがった。恐ろしく速い攻防、俺でなきゃ見逃しちゃうねぇ)
魔力とは本来、物質に作用させたり、現象を具現化して攻撃するためのものだ。
しかしウボォーは、魔力を何にも変換せず、純粋なエネルギーの塊としてピトーに浴びせた。
現象を伴わない分、威力は段違いに落ちる。
即ちそれは、ウボォーの反射神経が生んだ、ちょっとした小技――いや、悪あがき、とも言える咄嗟のカウンターだった。
「ハッハァ!! いいねぇ……おいハイヤ、準備だ! とっととお客さんと買い出しに行ってこいよ」
ウボォーは急に拳を収めると、背後のハイヤへ向かって大声で怒鳴り散らした。
「珍しいなぁウボォー、もう腹一杯か?」
ハイヤが肩をすくめて皮肉っぽく問い返す。
「冗談じゃあねえ、まだまだよ。だが、こんな上物は空腹の時に全力でやりてぇ……」
そこでウボォーは言葉を切り、ドスドスと重い足音を響かせてボクの目の前まで距離を詰めてきた。
巨躯を折り曲げ、覗き込むようにして視線を合わせてくる。
「なぁピトー。くだらねぇ任務が終わったら、改めて命がけで勝負だ。いいな?」
「……そういう命令なら、仕方ないニャ」
ボクがわざとらしく首を傾げてみせると、ウボォーはすべてを見透かしたようにニヤリと笑う。
「嘘こけ。お前はオレ様と同じ、戦うのが好きで堪らねェってツラをしてるぜ、なぁ?」
「ノーコメントでよろしくニャ」
ボクは言葉を濁して、パチリとウィンクを返しておいた。