ネフェルピトー! 異世界で王をお救いなさい! 作:SUAPF→NFLPT
朝日が顔を出すよりも早く、彼らの行軍は始まった。
宿舎の前には、すでにカイト、ポックル、ハイヤの3人が待機していた。
まだ陽の昇らない薄暗い空気は、肌を刃物のように切りつけてくる冷たさだ。
吐き出す息は白く、足元の土は踏みしめるたびにガチガチと硬い音を立てていた。
そんな凍てつく寒さの中、遅れてピトーとウボォーギンが宿舎から顔を出した。
「おっはよう」
ピトーが朗らかに挨拶を投げかけたが、返してくれたのはハイヤだけだった。
カイトとポックルは深くフードを被ったまま、白い息の向こうから視線をこちらに向けるに留める。
「おはよう。ぐっすり眠れたかい、お嬢さん?」
「あぁ、ボクは寝る必要がないから寝てないよ。たまーに気が向いた時だけでいいんだ」
「へぇ、そりゃあ大したもんだねぇ。ま、あれじゃ寝ようと思っても寝られやしなかっただろうがな。なぁ、ウボォー?」
「あン? 何の話だ…」
首をゴキゴキと鳴らしながら、ウボォーギンは不機嫌極まりない顔をしていた。
その大きな身体からは、寒さを吹き飛ばすような濃厚な酒の匂いが漂っている。
「オレの分の酒ェしこたまかっ食らって、大いびきをかいてやがったのはどこのどいつだ、あぁ!?」
「そりゃオレ様だなぁ…う、あ゛ぁ~、ちょいとばかし頭に響くから、デケェ声出さねぇでくれるか」
ウボォーは大きな掌でこめかみを押さえている。
「ったく、しょうがねえ野郎だ――それじゃあ騎士さんがた、オレたちも出発しますかねェ」
ハイヤが肩をすくめてカイトたちに促す。
「……出発の日から酒酔いかよ」
ポックルが防寒ジャケットの襟元に顔を埋めながら、ボソリと吐き捨てた。
スニィの薄暗い空には、雲一つなかった。
微風あり。
行軍のコンディションとしては決して悪くない。
だが、目的地であるダイタイへ至るには、険しい山脈を越えねばならなかった。
中には標高5000メートル級の高峰もあり、もちろん車両が通れるような道など存在しない。
早々に車を降りた5人は、各自必要な荷物を背負い、麓から徒歩で進み始めた。
ガチガチに凍りついた雪を靴底が踏みしめるたび、ザクザクと硬い音が静寂に響き渡る。
元々ダイタイは、冒険家たちが到達を夢見て命を落とす、伝説のような秘境であったという。
それを、数十年前に名もなき探検家が命からがら踏破。
一度その踏破報告が上がれば、名声を求める者たちが次々に押し寄せた。
やがて安全なルートが開拓され、難所にはガイドツールが設置されていった。
「それでな、ダイタイで採れる、なんとかって希少鉱物や、どうたらって薬草が……あれだあれ、とにかく国中の権力者が目の色変えるくらい、価値があんだとよ」
ハイヤがうろ覚えの知識を煙草の煙と一緒に吐き出す。
実際、ダイタイでの発見は、歴史を動かすほどに重要なものだった。
一時はゴールドラッシュを引き起こしかねないほどの賑わいを見せていたが――ここ数年、その踏破記録はプッツリと途絶えている。
異変の調査に向かった調査隊は、誰一人として帰っては来なかった。
「オレ達を除いてだがなァ」
ウボォーが白い息を吐きながら言う。
「ああ。派遣されて来てみりゃあ、どういう訳か、大量の魔獣が湧き出ていやがってな。あの時はさすがに難儀したぜ」
「ハッ、別に魔獣自体は大したこたぁねェんだけどよ。こっちにも物資の限界ってモンがあったワケだ」
(ボクは飛べるから、コイツらを置いてってひとっ飛びに進めるんだけどにゃあ……)
翼を持つに至ったピトーは、ガイド2人の物騒な説明を退屈そうに聞き流しながら、そんなことを考えていた。
「魔獣? ダイタイのような過酷な環境で、それほど大量に発生するとも思えんがな」
カイトが疑問を呈すると、ポックルもすぐに同意した。
「オレもカイトさんと同意見です。この極寒の雪山に姿を現す魔獣は、せいぜいホワイトベアかイエティ型の類くらいでしょう」
「ま、あとは精々雪兎にペンギン、せいぜいムノチュワ型だ。だけどな、あの時に居やがったのは爬虫類やゴリラ、酷い時には獅子型の魔獣まで居やがった。死の山が、まるで立派な魔獣園(サファリ)になっちまってたんだよ」
ハイヤの語る内容に、カイトは眉をひそめる。
「にわかには信じ難い話だな」
「ボクだって寒いのは好きじゃないし、わざわざここを自分の縄張りにしようなんて思わないよね」
ピトーも髪を弄りながら同意する。
「だからよ、オレ達はこう考えた。その魔獣どもは、どこか別の場所から連れて来られたんじゃないかってな」
「連れて来るって…そんなこと、できる訳ないだろ」
ポックルが呆れたように言い返すのも当然だった。
魔獣は危険な存在だ。
魔術に長けた人間であっても、時々命を落とす相手。
まず捕獲が容易い話ではない。
よしんば労力を掛けて捕獲・運搬できたとしても、この極寒の地に魔獣を連れてきては、すぐに弱り死んでしまうはずだ。
わざわざ、この雪山にそれなりの飼育設備を整えるなど狂気の沙汰だ。
「……まさか、コーノトリか?」
カイトの言葉に、ハイヤはパチンと指を鳴らした。
「正解だぜカイト。コーノトリには【触れたものをコピーする能力】がある。だったらヤツは、色んな魔獣を文字通りコピーして、この山に放ちまくってんじゃねーかと考えたワケだよ」
(コーノトリ…にゃるほど。それが本当なら、大した能力だねぇ。ボク達の目的も果たせそうだにゃ)
ピトーの金色の瞳の奥、その瞳孔が猫のように細く、ギラリと裂けた。
「だけど、なんでコーノトリがそんな事を? 自衛でもしているのか?」
「オレ達の雇い主もそう考えてるぜ。能力が能力だからな、何度も人間に餌食にされてるだろうし、人間そのものを敵と認定して、魔獣の軍隊を配備していてもおかしかねえ」
「ふむ。ならコーノトリは、それなりの知性を持っていると想定した方がいいか」
カイトの言葉に、ハイヤは小さく肩をすくめた。
「そりゃあそうだろうさ。なんたって存在そのもののコピー能力だ。さぞかしデカくて複雑な脳味噌をしてるんだろ」
そうして山道を登り進めているうちに、遂に雪は彼らの足首近くまで積もってきた。
こうなってくると行軍スピードを著しく落とさざるを得ない。
しかしその時「任せろ」とポックルが前に出た。
彼が積雪に深く触れ、その身から青白い魔力を解放する。
――ザザザザザッ!
次の瞬間、まるで目に見えない除雪車両が通過したかのように、行く手を阻む大量の雪が左右へと割れ、地面が現れた。
「へぇ……ポックル坊っちゃんは水系統かい。水ならいざ知らず、凍りついた雪まで完璧に操るとは、大したもんじゃない」
「別に、このくらい訓練すれば誰でも出来るさ」
ポックルはそっけなく答えたが、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
ハイヤがこう言ったのも無理はなかった。
本来、水系統の魔術は水を生み出し、操るものだ。
だが、水の形を変えた固体である氷や雪を操るには、通常の何倍もの緻密な魔力制御が求められる。
その習得難易度は、水系統の使い手のなかでも100人に1人と言われるほどの領域だった。
泥水や塩水といった混じり物の多い水分を操る者すら稀なのだ、大自然の雪を操作してみせるのは、紛れもない希少な技に他ならない。
「魔力の消耗も大きくなるからあまり多用はできない。それでも、そのまま進むよりはマシだろ?」
ポックルが息を整えながら言う。
背後からウボォーギンがその大きな手でポックルの頭を乱暴に揺らした。
「やるじゃねぇか小僧! 役に立てて良かったなァ!」
ウボォーとしては純粋な称賛のつもりだった。
だが、圧倒的な体格差から見下ろされ、子供扱いするような物言いをされたポックルにしてみれば、それは屈辱的な煽りにしか聞こえなかった。
ポックルはウボォーの手を跳ね除け、鋭い視線で睨み返す。
「……少なくとも、ただ歩いてるだけのアンタよりは役に立ってる」
「あン? 言うねェ…その小枝みてぇな身体、ここでへし折ってやろうか?」
ウボォーの身体から、一瞬にして魔力が膨れ上がる。
「テメェらやめろ。ったく、雪山で内輪揉めはタブーだぜ。お嬢ちゃんやカイトを見習いな」
ハイヤがすかさず二人の間に割って入り、ウボォーの肩を叩いて宥めた。
ピトーはおろかカイトすら、このいざこざに視線一つ動かさず黙々と歩いている。
「チッ」
「ケッ」
二人は互いに顔を背けた。
だが、この険悪なムードが最悪の結果を迎えないのは、ひとえにハイヤが上手く立ち回っているからだった。
ちょっとした不穏の芽も、決して見逃さずに摘み取る。
それこそが、ハイヤ=オソロシックの真髄であった。