ネフェルピトー! 異世界で王をお救いなさい! 作:SUAPF→NFLPT
その日の夜半。
夜空の星々をくっきりと観測できるほどの美しい晴天。
ボクは【円】を周囲に広げて警戒を続けながら、天幕の外へと足を踏みだした。
(うっ…寒っ…!)
外に出た瞬間、刺すような極寒がボクの身体を包み込む。
改めて、ハイヤの魔術で天幕の中がどれほど快適な温度に保たれていたのかを、身を以て思い知らされた。
彼は戦闘に参加しない分、こうして裏方としての役割に徹してくれている。
じゃあ何故、ボクがわざわざ寒い外に出たのか?
理由は簡単だ。
その裏方さんが、深夜の静寂に紛れて、わざわざボクの元へと近寄ってきていたからだ。
「何か用事かニャ? ハイヤ」
ボクが暗闇に向かって声をかけると、雪を踏む音すらさせずに忍び寄っていたそれが、ピタリと足を止めた。
ボクの【円】は、彼が天幕の中で身体を起こした瞬間から、その動きを完全に捉えていた。
「あー待て待て、誤解しないでくれよな。オレみてぇな紳士が、可愛い婦女子の寝込みを襲うワケねぇことくらい、分かってくれてるとは思うんだが、ん?」
ハイヤは両手を上げて降伏のポーズを取りながら、苦笑いを浮かべた。
「もちろん、そんなつもりじゃあないのは分かっているよ。ただボクは、キミ達の命令には絶対服従するけれど、個人的なお願いに関しては内容による、とだけ伝えておくね」
「…やっぱ、お前さん只者じゃねえな。オレも気配を消す技術にゃあ相当自信があるんだが、こうもハッキリ見付けられちゃたまんねぇぜ。分かった、理由を話すよ」
ハイヤは自身の天幕の入り口を指差し、中に入るよう促してきた。
だが、ボクは冷ややかな視線を向けたまま、その場を一歩も動かなかった。
「ったく、そんなに疑うなって」
「無理な話だね。キミからは、妙な匂いが消えていないもの」
ボクの言葉に、ハイヤの目が一瞬だけ細められた。
「…仕方ねぇな…いいか、これからオレが話す事は、お前さんが絶対に知らねえ極秘事項だ、頼むから、カイトたちのチームにだけは共有すんなよ?」
過剰なほどに何度も念を押し、ハイヤは周囲の天幕を気にするように声を一段と低く落とした。
そして、揺れる星明かりのなかで、その薄暗い口をゆっくりと開いた。
「お前さん、パスパサ王国から命を狙われてるぜ」
ハイヤは、ボクが王国から命を狙われていると言った。
だが、そんなことは最初から予想がついていたことだ。
現状、王国にとって、ボクという存在がどれほど邪魔なのか、少し頭が回る奴なら誰でも分かる。
「へぇ、キミからじゃあなくて?」
「…参ったね。ま、確かにオレは探索者でもあるが、本業はいわゆる、殺し屋ってヤツさ。ウボォーの野郎も似たようなモンだ」
正直な話、意外だったのはその事実をハッキリと明言してきたハイヤの態度だった。
胡散臭さなら、出会った始めからプンプンと肌に感じていたけれど。
「ちなみに、王国の人間のカイトやポックルもボクを狙っていたりするのかニャ?」
「微妙だな。少なくとも、ポックルって坊やは何も知るまいよ」
だろうね。
特にポックルは、明確な疑惑の目をこちらに向けてきているわけだし。
もし彼がボクを始末しようとしているなら、もっと立ち回りを上手にするはずだ。
「じゃあ、その殺し屋さんのターゲットも、ボクだったりするのかな?」
「ああ、アンタが依頼通りの危険な獣人だったら、そのつもりだった。だけどなぁ、オレは基本的に一般人に毛が生えた程度のお兄さんさ。あからさまな格上は相手にしねぇ主義なんだよ。ワリに合わねえんだわ」
「信用していいのかな、それ」
「別に信用してくれなくていい。だが、オレもウボォーも、アンタを薄気味悪ィと思う以上に気に入っちまってね。だからこそ、腹を割って話したいワケさ……お前さんは“魔王”かい?」
魔王。
この世界では、獣人の中から産まれるとされる『世界を破壊するもの』の総称。
かつて我らの王、メルエム様がそう呼ばれていた。
「違うよ。でもキミ達が、そうならなくていいようにしてくれたら、助かるんだけどにゃあ」
「へっ、オレなんざいつでも殺せるって顔をしてやがるぜ……怖いねぇ。だがますます気に入ったよ。じゃあ忠告だ、頼むからオレに、引き金を引かさねえでくれ」
「引き金? ああ…もしかして、ボクの身体の中に仕込んであった、キミの魔力のことを言っているのかな?」
その瞬間、ハイヤが初めて完璧に沈黙した。
星明かりに照らされた彼の顔から、余裕の笑みがスッと消える。
「キミはボクの身体を暖めると言って、優しく手を握って魔力を流し込んでくれたよね。あれからずっとポカポカして、ほとんど寒さは感じないくらいだったんだ。でもね…今はもう、寒くて仕方ないよ」
「馬鹿な……オレの火種が、感知されずに体内に残っているはず……!」
「塗り潰したよ。ボクの魔力でね」
ボクがいたずらっぽく微笑むと、ハイヤは何事かを小さく呟きながら、信じられないものを見る目でこちらを凝視した。
やがて、彼は深く息を吐き出すと、一切の感情を削ぎ落とした、プロの暗殺者そのものの冷徹な顔付きへと変わっていった。
「ああ、ちなみにだけど、カイトやポックルに何かしようとしてるんなら、その前に殺っちゃうからね」
ボクは至近距離から、ハイヤの目をまっすぐに見据えて告げた。
大方、暖房代わりに天幕内を暖めていた、あの心地よい魔力の熱。
恐らくあれも彼の合図一つか、あるいは何らかの条件を満たした瞬間に、対象を焼き尽くす牙へと転化するものなのだろう。
「……ハァッ。ったく参った、参ったよ。オレの完全な負けだ。もう小細工はしねぇ」
ハイヤは両手をだらりと下げ、深くため息をついた。
「だってさ。もう出てきていいよ」
「えっ……?」
ハイヤが狼狽した声を上げる。
そう、ボクは常時【円】を張っている。
先ほどからボクらの天幕の周りで、様子を伺っていた者たちの気配をとっくに察知していたのだ。
暗闇に紛れていた天幕や岩場の影からゆっくりと姿を現したのは、カイトとポックルだった。
「ハイヤさん。貴方が王国からの密命を帯びているのは、何となく察していました。詳しい話を聞かせてもらえますね?」
カイトが静かに問いかける。
「あ、あー……仕方ねぇな。分かったよ、全部話す」
そこから、ハイヤは自身の本業が暗殺者であること、そしてパスパサ王国からの裏の依頼についてすべてを白状した。
「つまり王国は、コーノトリの捕獲が最悪失敗しても良かった、ということか?」
「いいや。主目的はあくまでコーノトリの捕獲、そしてこの山での魔獣大量発生の原因を探ることだ。そこに追加のオプションとして、お嬢ちゃんの始末を依頼された……まぁ、もはや達成不可能だがな」
すると、別の天幕の影からウボォーギンもぬっと姿を現し、頭をガリガリと掻いた。
「オレも上から聞いた内容はほぼ同じだが、コソコソやる気はハナから無かったぜ。最初はスパーリングのついでに、正面から叩き潰してやろうと思ってたがな」
ある意味、ウボォーギンだけは最初から本当のことしか言っていなかったという訳だ。
「で? オレ達に暗殺依頼ともとれるものを提示してきた王国側に対して、お前さん達はどう動く気だ?」
ハイヤがカイトたちへ視線を投げる。カイトは表情を変えずに答えた。
「オレは国王から直接そんな命令は受けていない。ただ『もし同行者が王国の不利益となる、逸脱した行動をとった時は、そちらの裁量で処罰しても構わない』とだけ。オレたちの目的はあくまでコーノトリの確保だ」
一方、ポックルは激しい怒りに全身を震わせ、拳を白くなるほど握りしめていた。
「オレは……オレは、そんな話、何も聞いちゃいないぞ!」
「だろうな、坊っちゃん」
「そりゃあ、オレだってピトーのやったことを許す気はない! だけど……だからといって、暗殺するなんて卑怯だ。そんな汚いやり方に加担する気なんて、毛頭ない!!」
ポックルの悲痛な叫びを、ボクはどこか他人事のように聞いていた。
(ポックルなら、ボクを背中から撃つことに抵抗も無いはずなのにね…人間って、本当に不思議で複雑だにゃあ)
「はは、若さがあっていいや。そんじゃあ、これで決まりだ。コーノトリ探しを最優先。お嬢ちゃんは一級の戦力として扱う、手出しは一切無し。そんで――」
ハイヤは苦笑しながら、ボクに向かって右手を差し出してきた。
「お嬢ちゃん、外は寒いだろ? 今度は小細工なしだ。改めて、暖めてやるよ」
「ありがとう。これでもう、寒くないね」
ボクもまた手を差し出し、彼の掌を握り返した。
じわりと染み込んでくる温もりは、今度はボクのオーラで塗り潰す必要のない、ただ純粋に心地よい熱だった。
それぞれの胸に疑惑や因縁を残しながらも、この過酷な白銀の世界で、チームの心が初めて本当の意味で一丸となったのを肌で感じていた。