ネフェルピトー! 異世界で王をお救いなさい! 作:SUAPF→NFLPT
ーー五十年前
メルエムは蟻魔獣の獣人として、この世に生を受けた。
彼は弱肉強食が掟の原始森にて、いずれ蹂躙されるだけの存在である筈だった。
闇の魔術の、素養が無ければ。
魔獣の迫る大口を前に、掌を突き出す。
ただそれだけで、魔獣は千々に爆ぜた。
この力でメルエムが一帯の王となるのはすぐであった。
闇の魔術は、あらゆるものを破壊し、終わらせる力。
人間はこれを破滅魔術とも呼んでいた。
だがメルエムは、力を覚醒して即時に魔王となった訳ではない。
彼を留めたものがある。
それが原始森の傍らに存在した村、ジョコツ。
そこに住まう人間と獣人だった。
ジョコツは人間と獣人が、身を寄せ合い過ごしていた村だった。
メルエムは驚愕した。
弱肉強食を礎とする彼にとって、異なる個が助け合いをする状況に驚愕したのだ。
「はじめまして」
そして彼は村人の人間に、挨拶をされた。
馴染みの無い行為に首を傾げていると、
「ここまで大変だった? 言葉は分かる? お腹、減ってない?」
と、紫色の木の実を差し出してきた。
“当時は人間の言葉も分からぬから、献上品としか思っていなかった”
と後にメルエムは自嘲気味に笑い、語っていた。
ここでメルエムが、それを受け取り食べた事が、彼を変えた。
それが余りにも、口に合っていた。
これまで口にした何よりもだ。
あっという間に平らげてしまって、少女はメルエムの汁だらけになった顔を見て笑っていた。
少女の名は、コムギといった。
メルエムはその後、人間の言葉を覚えた。
その際にコムギはこう言った。
「メルエム様は村の王様なんだから、格好の良い言葉で喋るべきっす」と。
メルエムは闇の魔術で、村に度々迫る魔獣を幾度も蹴散らし、気が付けば王と呼ばれていたのだ。
「そういうものか?」
「はい。私と似た訛りはよくねっす」
そして、彼女は様々な事を教えてくれた。
魔術は…火は闇を照らし、水は喉を潤し、風は種を運び、地は実りをもたらす、との教えもこの時に学んだ。
メルエムは一時、闇の魔術をこねくり回し擬似再現してみたが、彼の火は炭さえ残さず焼き尽くし、風は猛毒ガスとなり、水は汚れ、土は死んだ。
彼は闇の魔術を、緊急時以外封印した。
メルエムが真っ当に立ち、着実に歩んでこれたのも、この環境のお陰であった。
「コムギ、また1人で出掛けていたのか」
「メルエム様はこの実が好きでしょう? 珍しいモンだから取りに行ってた」
コムギはこと、初めて会った時の事を大切にしていた。
籠一杯に取ってきた実(グァバヌァの実というらしい)は、2人の象徴になった。
「ならば余に、場所を教えてくれれば良いではないか」
「メルエム様に教えちまったら、大事な仕事がなくなっちまうっす」
冗談めかしてそう言うコムギは、嫌いではなかった。
(本当は知っていたし、余も取ってこれた。より多く、より美味なものもあったろう。それでも不思議なもので、コムギが取ってきたものは抜群に余の口に合った)
「メルエム様、今日もありがとうございましたです。おやすみなさい」
彼女はメルエムを繋ぎ止め、メルエムも彼女を必要としていた。
こんな日々がずっと続いていたなら、魔王など生まれはしなかったのだ。
「お前が、魔術を使うという獣人かね?」
鎧を着込んだ人間の集団が、ジョコツにやって来たのだ。
余は人間を知らなさすぎた。
人間を動かすのは恐怖だ。
怖くて怖くて堪らない時、敵を作りそれを攻撃する。
それが悪いと言っている訳ではない。
防衛本能というものはどんな生物にも備わっているのだから。
だが、何故あの時だったのかと、今でも思う。
翌日。
魔王が産声をあげた。
ジョコツと、いくつかの集落が地図から消えたこの一件。
世間では、魔王は三日三晩暴れ、目に付いた生物は皆殺しにし、そして討伐された、とされている。
グランドマスターネテロの活躍により、兵士120、民間人870(獣人含まず)の犠牲の後、魔王はこの世界から姿を消した。
それが歴史に記された、余の全てである。
ーー「実際、余は分からなくなった。何故、余だけは生きている? 何故醜き肉体に成れ果ててまで、病から逃れ生きようとした? 血濡れた手…破壊しか知らぬ余が?」
ボクには、持ち合せの答えが無かった。
「余が、守りたかったものは総て、手を溢れていく。望むものは総て消えてゆく。だからせめて、今、生きておる此奴らを…」
うわ言の様に呟き始めたメルエムは、いよいよ限界近いのだろう。
「メルエム様!!」
「メルエム様!!!」
「メルエム様!!!!」
彼の、まだ手の内にある者が、次々に声をあげた。
「なぁ、ネフェルピトー殿。余は貴殿を、多分、ずっと前から知っている気がするのだ。貴殿が、余をここまで気に掛けて、下さる訳も…察しがついている」
「メルエム……様…」
「だからこそ、頼みたい…この者達は、余の魔力が無ければ…押し寄せた魔獣に蹂躙されよう。貴殿が、どうか、守って欲しい…」
「…………」
「ふふ、勝手よな…すまぬ、こんな重責を押し付けてしまい。すまぬ。余を知る貴殿を置いていって。だが、これでようやくーー」
メルエムは瞳を静かに閉じた。
「ようやく、コムギの元へ…」
「ふざけるんじゃないニャ!!!!!」
その時、大地を裂かんばかりの咆哮が、王の狭き居城を揺らした。
「ね、ネフェル、ピトー殿?」
「王! 私が貴方様を治します! 私の能力ならば、或いは僅かに延命は出来るやもしれません!!」
先程までは、ボクは板挟みだった。
メルエム様をお助けしなければ、という護衛軍の顔。
王が望んでおられる事だ、このまま…というネフェルピトーとしての顔。
だが、嫌なものは嫌だった。
当たり前だ。
ようやく見つけた王が、虫の息!
もはや生きる気力もなく!
人間の少女の名を呼び続け!
今、ボクを置き去りに滅びようとしている!
ボクにはボクの生きる意味がある!
それは貴方様の為に、これが全てなのだ!
だったら! 足掻かせて欲しい!
例え徒労に終わったとて!
最後の最期の、その瞬間まで!
ボクの手を、少しでも煩わせて欲しいのだ!
だってボクは……ボクは……
「貴方は望まないでしょう! 苦しみが長引くだけかも知れません。ですが、私にだって…私にだって望むものはあるのです、メルエム様!!」
だけど…運命ってものは、なんて頑固者なんだろう。
円に、感知されたものがあった。
もう目と鼻の先にまで、ソレは接近している。
(人間…? それも、強い!?)
断罪騎士が、洞穴の入り口近くにまで辿り着いていたのだ。
【村娘コムギ役・・・コムギ】