ネフェルピトー! 異世界で王をお救いなさい! 作:SUAPF
ピトーは選択を迫られていた。
王を延命治療しようとした直後に、円に人間の反応。
円で感知する限り、人間は一直線にこちらを目指している。
あと数分もすれば、洞穴へと辿り着いてしまう。
ピトーの玩具修理者の能力は、肉体のどんな損傷であろうが修復する能力。
しかしながら、デメリットはあまりに大きかった。
まず、ほぼ全ての念を修復者である念人形に注ぐ為、念による攻撃、防御の術を失う。
更に治療中は、ピトー自身が念人形から遠く離れることは出来ない。つまりほぼ移動ができなくなる。
そして治療は、魔術の治癒術の様な瞬間的に治す類いのものではない。
手術の様な繊細な治療を必要とする。
悪いことに、王のキメラと化した複雑な肉体は何時間掛かるかも予想できないのだ。
すなわち…治療に入るという事は、向かって来る相手に無防備を晒し、されるがままとなるのを意味する。
かつてのピトーは自らの腕さえ犠牲に交渉し、人間が見ている前で、治療のみを行った事があったが、今回はそうもいかないだろう。
それに、あの原始森の中を単独で向かって来る様な人間だ、間違い無く強者だろう。
(くそっ…どうして今なんだ!)
そう思いもしたが…そもそもとして、自分が人間に追われているのだって、人間相手に暴れてしまったからだ。
もしかしたら、獣人の棲家に丁寧に招いてしまったのかも…
「ネフェルピトー殿…人間が迫っています。相当の使い手でしょう。余の事はいいから……戦って欲しい」
メルエムは、苦渋の末に戦え、と殆ど聞き取れない声で言った。
逃げろ、ではなく。
戦え、と。
もしピトーが逃げれば、ここに居る獣人らは、人間に対抗する術はない。
元より獣人は駆除対象だ、倒されてしまう可能性が高い。
それが解っているから、メルエムは戦えと言った。
万全のボクならば、アレを倒せるであろうことも解っている様だった。
ボクの中でも、王命は絶対だった。
「分かりました。暫しお待ち下さいメルエム様」
ならば、速攻あるのみである。
手早く敵を処理しなければ、メルエムの命がいつ尽きてもおかしくない。
祈る様な気持ちで、ピトーは洞穴を駆け抜け、表に出た。
そこで丁度、断罪騎士と相対した。
「き、君、は………」
悪逆非道の過去はいずれ自分を追い詰め、身を滅ぼす。
追い詰めて来た過去が、そこに立っていた。
その断罪騎士という男は、騎士の名を冠していながら、身軽な装備だった。
鎧も無ければ、武器さえ持っていない。
一見すれば、鋭い目付きの素朴な青年…といった印象を受ける人物だ。
だが、ピトーには見えていた。
ピトーにだけは見えていた。
顔中、いや、身体中にもあるであろう、パッチワークされた様な縫い跡。
何よりも彼の背後に浮かんでいる物体は、ピトーの念人形。
取り付いた対象を操作する、念能力だ。
この世界で、ピトーにしか見えない、罪の証。
ピトーは歯噛みした。
彼女はハッキリと覚えている。
この青年の、あちらでの名はカイト。
自分が生を受けてすぐ、戯れに殺した人間。
その後に、もう一度戦いたくて蘇らせようとし、念を使ったが失敗、生ける屍と化した。
そして…彼をそう扱った事に激怒した人間が、ボクを殺した。
「貴様、ダ、ナ?」
酷く、ぎこちない発声をする敵。
試しに念を用いたが、彼の人形は既に、ボクのコントロールを離れてしまっている。
消せもしなかった。
これではあの念人形は、ボクという発信機を感知し続ける受信機ではないか。
彼が正確にボクを追えたのも、これのせいであろう。
「獣人、始末シロ…王命。イヤ、奴、タオス」
(ッ!? 何を呆けている、速攻だ!)
感傷に浸る暇など、資格など、今の自分には無い。
ピトーは時間にして1秒足らずの逡巡の後、地面を蹴って敵目掛け跳んだ。
爪が、カイトを引き裂く……事はなかった。
カイトの姿が、何の前触れもなく。
ボンッ、という破裂音を置き去りに消失した。
着地前、嫌な予感がした。
地に脚が着いた瞬間、ボクは左方へと身をかわした。
直感任せの回避。
それでもボクの左腕を、何かが切り裂いた。
カイトはあの刹那で、ボクの背後を取り、攻撃をしていたのだ。
(消えた? いやーー)
身を翻すまで、秒とかからぬ。
再び視界に彼を捉えた。
カイトは、空中で静止していた。
まるで見えない足場でもあるかの様だ。
「カワ、シタ? ヤル、ナ」
「くっ…」
魔術とやらか?
考えろ。考えろ。さっきしたあの破裂音。
奴が何かをしているのは明白だ。
ピトーが体躯を沈める。
するとカイトもまた、姿勢を落とした。
ピトーが地を再び蹴る。
今度は右に跳んだ。
カイトを横目に、更なる追撃を加えるべく肉迫する。
しかし、爪が触れるすんでで、またしても彼は消えた。
……違う。
ボンッ、と破裂音が耳元で轟いた。
ピトーは瞬時に音の真逆にジャンプ。
先程まで彼女が存在していた所を、不可視の刃がえぐった。
眼下には、再び背後に回り込んでいたカイト。
(…風系統魔術か、にゃ?)
破裂音。
あれは圧縮された空気が一気に開放されたものだとしたら?
……圧縮大気を、自分の周囲で爆発開放し、そのエネルギーを身体に受けて、超加速している?
基本的に人間は、1つの系統の魔術を持つ。
この推測が正しければ、恐らくカイトは風系統だ。
真空の刃を作る方法は、書物にもあった。
空中静止も、大気を操れば可能なのではないか?
(だったら……!)
ピトーは即座に行動した。
彼女は近辺の木々を殴りつけ破壊し、カイト目掛けて薙ぎ倒した。
当たるとは思っていない。だが、倒木、土埃。
障害物をひたすらに増やした。
あれが超加速移動ならば、周りがごちゃごちゃしているだけでも、相当に制御を気遣わなければならないのではないか?
案の定彼は留まって不可視の刃を放ち、自身を目掛ける倒木らを切り裂いた。
それをしながら、ついでをボクに向けるのも大したものだ。
だが不可視の刃は木々や枝葉、土埃に触れて、その軌跡が捉え易くなっていた。
(見えてるよ!)
「……!?」
かわしつつ、最短距離で間合いを詰めにゆく。
そして遂にボクの一撃が、カイトへと届いた。
だが同時に舞い上がった土埃が、寄り集まり硬化。
防壁と化し、ピトーの追撃を防いだ。
土埃も
たまらずボクはガードに移行。
ご丁寧に礫の表面1つ1つに魔力のコーティングがされていたのだろう。
念のガードを無視せんばかりの痛みだ。
だが、そんな事よりも…
「今のは…地系統の魔術?」
「……」
(馬鹿な、人間は魔術は1人につき1つの属性しか…)
カイトは恐らく右肩が外れでもしたのだろう。
ダランと腕が力なく垂れていた。
しかし人形がそれを操り、ぐるぐるとぎこちなく回してみせた。
「本気、デ、イク…」
断罪騎士カイトは、表情1つ変えずに宣言した。
【断罪騎士カイト役・・・カイト(生前)+念人形】