「ふぅ、死ぬかと思った」
いや実際死んだんだが。
首からパックリと喰われた私はすぐに首を生やし直した。いやぁ、まさか地球に来て早々食べられるとは思っていなかったよ。いや、食べられたというより殺された、の方が適切かな。
「あ、あああ、あそ、あそそ、あそぼぼぼぼぼぉ?」
振り返れば私を先ほど喰い殺した
人間の肉体の模倣は完全にできていた自信があったんだけど、やっぱり中身は未完成のようだ。そもそも食べられる予定などなかったので仕方ないといえば仕方ないが。
でも献血する時とか困るな。やっぱり内側も整えておこう。
「私なら治せるけど必要?」
「ぼぼ、ぼ、あそ、あそぼ、ぼ、ぼぅ……」
私の提案にソレは返答をしてくれなかった。ただただ同じ言葉を繰り返し、私が何かをする前にドロドロに溶けたアイスのように目の前から消えていく。なんてグロテスクなんだ、膀胱が機能していたら失禁していたかもしれない。
「死んじゃった!」
急いで魂を掴み、肉体を治そうと……あれ、肉体ないな。なんだこの生き物。
なんとか観測しようにも魂の所在も突き止められない。私が知っている地球の生命体は基本的に肉体がなければ魂を維持できない生態のはず。
そもそも貴方達の世界にこんな珍妙なフォルムの生き物はいる?
思い当たらないよねぇ。座標間違えたかな。
——平行多次元観測開始。終了。
「やっぱポカしちゃったかぁ〜」
適当に宇宙を廻っていたせいでミスって多次元の壁を超えてしまっていた。
やはり認識範囲を拡大しすぎると足元の小さなものを見落としやすい。今日学んだことだ。教訓にしていこう。壁を飛び越えてそちらに伺うことも考えたけど、とりあえずはこの世界を満喫してみることにした。
さて、観測してわかった範囲だがとりあえず年代は2015年。月は5。日は14。時刻は午後7時ちょうど。座標は地球日本東京都新宿区1-……いや、プライバシーの観点から迷惑になるかもしれないからぼかそう。とりあえず貴方達の地球とほとんど変わらないことだけはわかる。
さっきのアレは一体なんだったのか。
でも喰われたんだよなぁ。しかも私を食べて腹を下したし……
肉体がなくても肉体に干渉できる生命体ではない何か。ズルくない?
「とはいえ私が言えた口ではないね」
路地裏から出れば、眼球から視界に入ってきたのは街の喧騒の香り。ん?目では香りを感じれないか。申し訳ない、まだ日本語が拙くて。
古びた街頭。その下を忙しなく歩いていく人間たち。ビルから漏れる光、大小様々な車がエンジンを鳴らす音。空気をつたって私の中に入ってくるその情報は喜びと戸惑いを同時に運んできた。
お恥ずかしながら今まで音の存在しない真空空間で過ごしていた影響だろう。車酔いと似たような感覚に襲われている。邪魔なのですぐに治しておいた。
周囲への認識阻害は効いているようで、私のことは誰も気に留めていない。このまま周りの人間から学習して平均的な顔立ちを再現することにした。
「しかし……なにしよう」
ここで私は重大なことに気づく。
地球に到着したのはいいけど、来ることばかり考えていて着いた後のことをすっかり忘れていたのだ。
「さすがに無銭はダメだよねえ」
私なら無から金銀財宝を生み出すこともできるけど、平気で物価が崩壊するからやめておいたほうがいいだろう。
ま、生活に必要なものとしてスマホぐらいは持っておいたほうがいいかもね。
——接続完了。
『郷に入っては郷に従え』。私は地球に来たときなるべくこの言葉の言うとおりに行動するつもりだ。
とりあえず、観測して見つけることができた落ちてある100円玉を使って自販機で缶ジュースを買ってみる。
7777のゾロ目が出てもう一本出てきた。運勢も調整しておく必要がありそうだ。
白い箱から赤い缶が飛び出す。中身はコーラ。蓋を開けようとして強く引っ張れば勢い余ってスチール缶ごと破裂してしまった。茶色の液体が私の顔にかかり白シャツを汚す。手でそれを払い落としながら、破裂した空き缶を虚無に捨てておいた。
シュワっと弾ける感覚ってこういうことじゃないと思う。周囲の人は振りすぎたんだな、とちらりと私をみて歩き去っていく。
幸い、もう一本あったので力を調節して開けて、初めて体内に自分以外のものを投入するという動作を……回りくどい表現だね。コーラを飲んでみた。
「うわっ、パチパチする」
これがコーラかぁ……私には少し早かったかも。一瞬、内臓が破裂しかけた。
粋がって100円のコーラを買ってしまったが、富士山の天然水でも良かったと後悔する。人間初心者の私の舌はどうやらまだお子ちゃまだったらしい。ゴミ箱がなかったので空き缶をとりあえず無かったことにしておいて、私は人通りの多い街路に飛び出した。
「とりあえずバイトでも探してみよう」
服ポケットからスマートフォンを生成して、とりあえず職につけるかどうかを探してみる。名前はひとまず佐藤太郎にしておくとして、年齢は20、現在は無職……住所……銀河じゃダメだろうから、最初に降り立った場所にしておくことにしよう。
コンビニ、カフェ、ドラッグストア……色々な職種が掲載されていた。こうやっていろんな仕事に就けるのはこの時代のいいところだね。
そうやって歩きながらスマホを見て歩いていると前から来た人間とうっかりぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「いっでぇ!」
「大丈夫そ?」
「俺の腕がぁ、俺の腕がぁ!!」
私がぶつかった人間はそのまま地面に倒れて腕を抱える。
これは……あれか。当たり屋というやつだろう!一方的にぶつかってきて、怪我したフリをして、それで高額請求をふっかける連中というのを到着前に観測してある。
見るからに金髪褐色肌のムキムキでチャラそうな見た目だから間違いない!
「ぶつかっただけで折れただなんて大袈裟なぁ」
「いでぇ……いてぇよぉ……」
あれ、何か様子がおかしい。
急いで彼が抑えている腕の中身を見てみると……
……めっちゃ折れてる。バキバキに粉砕骨折してる。
もしかして肉体の硬度調節も間違えたのか……?
とりあえず私は痛みを和らげ、何事もなかったかのように戻しておいた。力をひけらかさないようにするつもりではあったが、流石に私も罪悪感を覚えたし、どう考えてもこちらが100悪いので。
「いっだ……くない?」
「あー、その……本当に申し訳ない。お詫びだと思って受け取って欲しい」
即席で作った宝石を彼に与え、私は騒ぎになる前にそそくさと逃げ去った。
アレには今後一切の不幸が訪れない加護のようなものをつけてある。とりあえず今後一切、彼が骨折するような目に会うことは無いだろう。売れば億万長者ぐらいならなれるだろうし、売ってくれても構わない。
幸いにも本の10秒間の出来事だったため、たいして人だかりはできていない。時空を捻じ曲げる必要がなさそうで安心したが、それでも私は頭を抱える。
「はぁ……来て早々ポカしたなぁ」
人間の肉体の耐久力を見誤っていた。今までしっかりと観察して理解したつもりだったが……浅はかだった。外面をパッと見で判断することはそのうち大きな過ちにつながるのだと私は学習した。今日は学ぶべきことがたくさんありそうで。
とりあえず人を見た目で判断するのはやめよう。あと、歩きスマホと計画も無しに大雑把に動くことも。
ろくにプロットも練らずに書くと苦労する