佐藤太郎という名前の人間として最初にしたことは職に就くことであった。
インターネットは便利だ。色々な派遣社員からパートにアルバイトまで様々な仕事を見つけることができる。あと銀行口座を作るのにも大いに助けられた。
わずか5分で口座開設可能!という言葉は本当だったよ。貴方たちもぜひ使ってみて欲しい。
話が逸れたね。とりあえず人間初心者の私がしっかりとした職種に就いたら間違いなくポカしかねないので、とりあえず簡単なアルバイトから始めてることにしたのだ。
まずは1日しかしない単発バイト。
駅の近くでティッシュを配る簡単なお仕事。マニュアルとかもないからわかりやすくて大変助かる。駅のホームへと入っていくサラリーマンや学生にひたすらティッシュを手渡していく。
「⚪︎×塾でーす、よろしくお願いしまーす」
雇い主は大手の塾校。
私立から国立、小学生から高校生まで幅広い範囲の年齢層の子供が学べるそうな。そんなにでかい塾ならわざわざティッシュ配りなどしなくてもいいのではないか、とも思ったが塾生は多ければ多いほどいいらしい。
そういえば教師もアリだとは思ったけれど、学生もやってみたいな。というか中学校までなら義務教育制度で無理に働かなくても良かったのでは……ま、後で考えよう。
「ぜひ受け取ってくださーい」
ティッシュというものを人間はそれなりに愛用しているようで、使い捨てなのに結構な数持っていってくれた。やっぱり無料という言葉には特別な魔法があるのだろう。私では観測できないからよくわからないけど。
「からり、ころり、ころり、からり」
……やっぱりいるよねぇ。
駅のホームの天井を見れば、一弁の黒い花が咲いていた。私が知る限りでは天井に花が咲くことはないので、アレは花ではないのだろう。
なんかでかいし、言葉話してるし、たまに烏とか人とか食べてるし。けど周囲の生命体は誰も気にしていない。というか存在を認知できていない様子。食べられたものは存在そのものが無かったことにされているようだ。
この前私を食べて腹を下して消滅してしまったあの胴長の生物と同じタイプかな。私ほどではないが、少々おかしな見た目をしているし、ああいう奇怪な存在が蔓延っている世界なのかも。
「すいませーん、ティッシュ貰えませんか?」
おっと、よくわからない花に気を取られてティッシュ配りがおろそかになってしまった。こうしてティッシュを求められるのは初めてだ。おおかた、塾のことなんて興味なくてただただティッシュが欲しいだけなのだろう。
私はティッシュを配れとしか言われていないため、素直に渡しておくことにした。
「はいどうぞ、⚪︎×塾をよろしくお願いしまーす」
私がすぐにティッシュを手渡したその時、ついうっかり手が滑って彼と手が触れてしまう。
——接続開始。完了
「はいっ、⚪︎×塾様に永遠の忠誠を誓いますっ!⚪︎×塾は世界一ィ!⚪︎×塾こそ至高ゥ!」
やっばいやっばいやっばいやっっっばい!
直接手に触れたら外宇宙と接触するとか聞いてないって!
そういえばこの惑星に来て一度も原生生物と触れ合う機会が無かったが、まさか直に接触しただけでこうなるとは思ってもいなかった。ティッシュ配りの時も一度も他の人間と触れずにいたからすっかり失念していたようだ。
まあ。
要するに。
ポカった。
「⚪︎×塾最高!⚪︎×塾最高!」
周囲の人間も何事かとこちらに視線を向ける。
様子がおかしい彼に他の通行人がぶつかると……
「⚪︎×塾最高!それ以外の塾はカス!価値無し!今すぐ破壊しに行こう!」
「それはいい提案だ!行こう!⚪︎×塾が今こそ天下を取る時だぁ!!」
ぶつかった人間もまた同じように狂い叫びながら⚪︎×塾のことを宣伝し始めた。
次第に⚪︎×塾をよろしくという私の意思がありえない方向で徐々に徐々にと捻じ曲げられていく。まるで一種の伝染病のよう。塾校でバイオハザードを起こすつもりは無かったんだけど……私最近ポカしまくってるな。
「「「「⚪︎×塾最高!⚪︎×塾最高!」」」」
「意思」の伝播はホームにまで広がっていき、そろそろ公共機関にも迷惑がでてしまいそうな勢いだった。
これはマズイ。わずか1日で破られた他の生命体になるべく迷惑をかけないという自戒が2日目も破られそうになっている!
「仕方ないか」
ぱん
手を叩いた。
「いらっしゃいませー」
コンビニのレジで自動ドアが開く音がしたため、私はいつものように声をかける。
ティッシュ配り⚪︎×塾全面戦争勃発寸前事件はとりあえず
とりあえずティッシュ配りで痛い目を見た私はとりあえず宇宙との繋がりを切っておき、それに加えて外部接触をしたとしても狂ったりしないように調整も加えておいた。とりあえず先ほど近くの人間で試した時は大丈夫だったので、どうか安心してくれ。
ポカった私が言っても……説得力はあまりないかもしれないだろうけど。
ひとまず気を取り直して、次に私がやってみたのはコンビニバイトだ。単発はとりあえず今は控えておくことにする。
「お会計1247円でーす。カードですねー、はーい」
グミやお菓子、缶ビールなどをレジ袋に入れて客の人に手渡す。晩酌でもするのだろうか。接触しても大丈夫なようにはしているけど、一応念には念を入れてなるべく避けておく。
「ありがとうございましたーまたのご来店をお待ちしておりますー」
ティロリロリンという音と共にガラス張りの自動ドアが開いて客を見送って行った。
今の時刻は夜の12時半。客はさっきので最後だ。いつでも仕事できます!と言ったら深夜にシフトを回された。別にいいんだけどね、私過労死とかしないから。
空になった店の棚に様々な品物を入れていきながら、私は入口近くにある
「ころり、からり、からり、ころり」
いるぅ。
白くて綺麗な天井の上にあの大きな花が咲いていた。黒く、人一人を呑み込める大きな花弁が逆さまになって風に揺れる。
幸いにも今の所人を食べている様子はない。客足が減るのは仕事上ダメらしいので、もし人を食べたりしたら私も対処するところだったんだけど、今の所その素ぶりはまったく見せないため放置している。
コレは駅のやつと別種だったりするのかな?
「ま、いいや」
とりあえずトイレ掃除を済ませた後、私はレジにて客が来るのを待っていた。
2時間後、再び自動ドアの音が聞こえた。外から入ってきたのはサングラスをかけた人間の姿が。マスクをつけニット帽を被りコンビニ強盗っぽい格好をした黒ずくめの男だ。私の姿を見た彼はポケットからナイフを取り出し、レジに近づいて私に刃を向けた。
すごい、コンビニ強盗っぽい!
「金を出せ!」
なんとコンビニ強盗だった。
いやぁ、こんなベタな強盗は初めて見るなぁ。とりあえず私は一般人を装っているため、その言葉に大人しく従いレジを打ってお金を取り出した。
「あ、ATMあるけどソレもいる?」
「ああ!?…………あ、当たり前だろ!さっさと寄越せ!!」
刺し殺すような仕草を見せたため、私はとりあえずATMへ行って金を引き出した。えーっと鍵は持ってないけど、鍵を開けて……一、十、百……お、めっちゃあるじゃん。
「おい、ぐずぐずすんな!」
「ごめんなさいね、最近は慎重派なんだ」
ATMの金をすべて引き出し、強盗に手渡そうとした時、その頭上に一輪の花が咲いているのが見えた。
「何ぼーっとしてんだ、さっさとわた——「
強盗の男は為すすべもないまま天井に生えていた華に頭から全身を食われていった。
悲鳴をあげる暇もなく、何をされたか男が理解することもなく、彼は命を散らすことになってしまったようだ。客だったら助けてたけど、強盗は客ではないので別にいいか。
「南無三」
私が合掌している間に花は次第に姿が薄れていき、やがてどこかへ消えていった。誰もいないはずの自動ドアの開閉音といつものリズミカルな音楽だけが響き渡る。
「あー……ありがとうございましたー!」
一応、またのご来店をとは言わないでおこう。