人肉町事件から早1週間、私はいずれ払われる給料を間借りして、夢のマイホームを買った。とはいえ、いまはただのアパートの一室に過ぎないが。
2畳の和室。襖、キッチン、あとトイレと風呂。独り身の家としては良くも悪くもないだろう。でも人間初心者の私はそれで十分すぎるほどだ。
「家だー!」
自分よりも小さい空間を自分が小さくなることで居住できるようにするという工夫はこれまでの生でなかったため、とても新鮮な気分だ。宇宙を漂っていたときは居住区域なんて決める発想がなかったからなぁ。
襖の奥に赤い手形がついてるけど。
「事故物件って聞いていたが、霊障とかまったくないしなぁ」
私が買ったアパートはつい先日殺人事件があった場所らしい。プライバシーを侵害しないために深くは観ないでおくことにしたが、相当凄惨な事件があったようだ。
「そして……スマホだー!」
少なくともそれで通常よりもかなりお値下げして暮らせているのだから願ったり叶ったりである。生命体の死で喜ぶのも縁起が悪い気がするが、その浮いたお金でスマートフォンも買うことができたし。
定期的にお供え物でもあげた方がいいかな。私はどっちかといえばもらう側だけど。
「とりあえずいろいろアプリとか入れてみよう」
今まで使っていたのはあくまで私の権能の1部を移植しただけの装置であり、本物のスマートフォンよりも性能は上だが、その分周囲の人間と接続してしまいやすくなるというリスクもあった。
こちらのスマホがあればSNSも使いたい放題である。少なくともレスバでイラついた相手を呪い殺す可能性もない。動画サイトコメントで洗脳電波が広がることもない。
コンビニバイトの初任給だけでスマホと事故物件が買えるのか、という疑問はあるだろうがそこは流石の夜勤給料。通常の1.5倍ほどに上げられた給料のおかげだ。
「24時間働けてよかったー」
もちろん、そんな働いたら法に触れるので8時間程度に抑えてはいるけど。
人間が作ったアプリは面白い。無料のソシャゲ、音楽サイト、フリーマーケット、ネットニュースなどの情報の集合体がこの小さな小さな板の中に埋め込まれているのは尊敬に値する。
私の本体には及ばないが、こんなサイズに収まることができているだけ十分すごい。少なくとも私は本体性能そのままにしてこのサイズにまで縮小はできない。
うきうきでスマートフォンをいじっていれば、ひとつの電話がとつぜん鳴り響く。名前は非通知。
誰だろうか。バイト仲間の連絡先はすべて以前のスマホに入れていて買ったばかりのこちらのほうにはほとんど入れていないから電話が来るとは思えない。
セールスとかかな?たしかに引っ越したばかりの私にかかってくるのは納得できる。間違い電話かもしれないので念のため、私は通話ボタンを押して耳にスマホを当てた。
「はいもしもし〜、なんだっけ……田中……じゃなかった佐藤です」
『…………』
「あの〜?」
『私、メリーさん。いま、ゴミ捨て場にいるの』
「多分かけるところ間違えてるよ」
少なくとも私が聞き覚えのある声ではなかった。メリーさんという人間の女性らしい。きっとアメリカ人だ、カタカナ語の名前だし。
私が間違い電話を指摘するより早く、その電話は切れてしまった。きっと間違い電話だと気づいてくれたのだろう。せっかく新しいスマホなのに連絡先の1番上が非通知設定になってしまった。メリーさんって名前に変えとこ。
「とりあえずストアで1番評価高いソシャゲ入れてみたけど……初回10連ガチャ無料!へぇ、やっぱり
ポチッと画面をタップすれば、最高ランクの限定キャラが10体連続で出てきた。運の調整ミスった。リセマラしよっと。
アカウントを消し、アプリを再ダウンロードしている最中、再びメリーさんという人物から電話がかかってきた。あー、もう1回ダウンロードしなきゃ……
「はい、もしもし〜」
『私、メリーさん。いま、郵便局の前にいるの』
「そんなこと言われても……迎えにいった方がいい感じです?」
私の問いかけは見事に無視されて通話を切られてしまった。悲しい。
郵便局とはここからかなり遠くにある¥¥郵便局のことだろう。特に用事もないため、いったことはないが目にしたことはある。受付のお姉さんが美人だった。たぶん
『私メリーさん、今映画館の前にいるの』
「いなくない?」
ここから目視で確認してみたが、少なくともメリーさんらしき名前のアメリカ人女性の姿は確認できない。ああ、でも最近の時代は男性の可能性も……いや、アメリカ人男性の姿もないな。中国人男性の李さんはいるけど。
「名前がメリーっていう女性の所在でも確認してみるか」
——観測開始。終了。該当なし
現状、地球において日本語を話すことができるメリーという名前の女性は27名。その中で日本にいるのは約8名。思ったより多いなメリーさん。メアリーさんと混ざっちゃったかな。
だが少なくとも郵便局から半径15km以内に該当する
ふむ……買ったばかりの新品だがやむなしだな。
——接続開始。完了
『もしもし、私メリーさん、今「薬局の近くにいる」の…………?』
電話の向こう側から一瞬、戸惑った声が聞こえた。
電波が飛んでいく場所を分析、解析、予測、推測させておいたのだ。要するに逆探知のようなもの。相手のスマートフォンの機種はとてもとても古いものであり、おニューのスマホと
「もっと正確に伝えた方がいいかい?東京都⚪︎⚪︎区××町◻︎◻︎-△△と言ったほうが貴方にはわかりやすいかな。ここからの距離は6.89km。周囲にはコンビニとスーパーがあるだろう?あと鈴木さんと柏さんの家があって……」
『…………』
電話がぶつりと切られた。もう、また無視?
ま、とりあえずこれでもう電話が来ることはないと思う。
とか思ってたらもう来た。
そろそろ迷惑電話で通報した方がいい気がする。
「もしもし!何の用なの、メリーさん。私、貴方と面識ないよね!?」
『私、メリーさん。今……』
「はいはい、私の家の前にいるんでしょ、それももう観測済みだって——」
「あなたの後ろにいるの」
「あれぇ?」
次元移動?いや、そんなちゃちなものじゃない。近しいのは事象の固定化?
背後から0.000001秒後に感じた視線と聞こえた声に反応し、後ろを振り向いたその時……
べしっ、という嫌な音とともに私の視界が180度回転した。簡単に説明すれば私の首がへし折られたのだ。
一応、まだ人間のフリは続行しているのでそのまま倒れて死んでおく。私を殺した相手のことを知っておいた方がいいしね。
少なくとも一瞬で背後に転移して首を回せるような存在を人間とは言えない。変に混乱を生み出して近所迷惑をかけるのはごめんだ。
「ふー、ふー、つい勢いで殺しちゃったけどなんだったのよコイツ……」
倒れたフリをして観てみれば、床にいたのはまさに人形サイズの小さな金髪碧眼の少女。黒いドレスを着飾っていて無地白シャツジーパンしか持っていない私よりもオシャレのセンスがある。
首を捻ることができるような筋力を持っているようには見えない。おそらく胴長短足、黒花と同じ類の存在なのだろう。
でも見たところ、この前の2種と違って話が通じそうな雰囲気である。さっきまで通話無視されてたけど。
「そんなことより……」
どうやら勢いで殺された私の死はそんなこととして片付けられてしまったようだ。
「あの子はどこに行ったのよ……」
「あの子って誰のこと?」
「……は?」
「初めまして。私でよければ探してあげようか」
何か探し人がいそうなので力になれたいと申し上げたのだけど、肝心の彼女はこちらを見て動きを停止した。曲がった首を回し治して、しゃがんで彼女の前で手をフリフリと振ってみたものの帰ってきた反応は小さな呟きだけ。
あれ、死んじゃった?
「おーい」
「きゃ……」
「きゃ?」
「きゃああああああ、おばけぇぇぇぇぇぇ!!」
「え、いや、それこっちのセリ——ポゴフゥ」
死んだはずの私を見て驚愕した彼女のグーパンチが頬に命中し、襖を破壊して私の体をブッ飛ばして行った。首を折った時以上の威力だ。痛覚って便利だね。
地球来てから痛い目しか見てないんだけど!?
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