「で、お前は一体誰なのよ」
「こっちのセリフぅ……」
メリーさんと言う名の少女はちんまい体でありながら威風堂々たる仁王立ちをし、なぜか私は正座でちんまく首を垂れていた。なんで?
殴られた頬がいまだにヒリヒリとしている。すぐに肉体損傷を治せない人間の肉体というのは不便だな。
「私はここの部屋の現在の住居人だよ。名前は佐藤太郎。コンビニでアルバイトをしている一般人だ」
「あのね、一般人は首をへし折ったら生き返らないって知ってるの?」
「おお、へし折った張本人が言うと説得力があるね」
「黙りなさい。殺すわよ」
「首をへし折って?」
「……ちっ」
電話で話していたような可憐な少女の声はどこへ行ったのやら。少なくとも淑女らしい仕草は一切見ていない。地元のいじめっ子ヤンキー女子高生みたい。リアルで見た事ないけど。
「少なくともここにはお前しか住んでいないということはわかった。じゃあ、次の質問、お前は何?」
「佐藤太郎……という人間としての名義を出すともう一回殺されそうだから遠慮しておいた方がいいかな」
「いちいち、癪に触ることを言うな。長ったらしいたらありゃしないわね」
「ああ、すまない。なにせ自分というのもを曝け出して他者と会話する、というのは初めての体験でね。今までは自分を人間だと偽ってきたからか、本音で話すというものに興奮を隠せないでいるようだ」
人間を相手に自分を人間だと隠していた理由は単純に言っても信じてもらえないだろうから。頭のおかしいヤツという認識のされ方をする体験もいずれしてみたいが人間ビギナーとしては難易度が高すぎる。
あとついでにバレたら色々面倒なことになりそうだし。こうして正体を半分明かすような真似をしてまで彼女に近づいたのは、人間世界とは違う怪生物についての情報を収集しておくことと、友達になってみたいという好奇心から来ている。
「人間を偽るねぇ……じゃあお前も私と同じってことね。それで?どこの伝承から生まれたのかしら?」
「伝承?なんだいそれは」
「は?そんなことも知らないの?私のような噂、恨み、言葉遊び、怪談、そして伝承が入り混じってできた存在のこと!」
「そんなベタな設定あったんだ……」
「設定言うな!!」
痛い!足を踏まれた!
ということは今まで関わってきた胴長短足も黒花も同じように伝承から生まれたってことなのか。興味深い仕組みだな、人間の記憶や言葉から意志をもった固有存在が誕生するというのは私では無かった発想だ。
「ふむ……伝承から生まれたかどうかはわからないが生まれた場所なら……あっちかな」
「上?……ああ、空ね。それなら私の居場所をストーキングできたのも納得だわ」
「ああ、いやもっと上、もっと上」
どちらかといえばストーカー紛いの行為をしているのは貴方の方では?
口にしたら痛い目を見るのは間違い無いのでしないでおくけども。
「空の上……宇宙人とでも言いたいわけね」
「ま、その認識で大体構わないよ」
ほんとはもっと奥の奥、銀河よりも大きい宇宙人どころか宇宙そのものではあるのだけど、説明が難解すぎて日本語では表現しきれないから端折らせてもらおう。
「じゃあ今度はこっちが聞こう。貴方がここに来た目的は前の住居人の殺害ってことでいいのかい?」
「ええそうよ。それなのに電話に出るのは人間生活シミュレーションが好きな頭のおかしい宇宙人モドキ。勘弁してほしいわ」
「的を得てる評価をありがとう。そんなことは置いておいてその子を殺害する理由って何?捨てられたからとか?」
「そうだ、と言ったらお前は止める?」
「いいや?その子が私の知り合いもしくは友人なのであれば貴方が殺した後に生き返らせることぐらいは考えたけどね」
復讐という動作を私はまだよく理解しきれていない。バイト先の人間がそのような感情を剥き出しにしていること見たことが無いからだ。
直接、この目で
「だがせめて電話越しで別人だとわかって欲しかったな」
「それはっ……それは悪かったと思っているわ。私の持ってる受話器は廃品だからほとんど機能不全状態で音声がノイズまみれなのよ」
バツの悪そうな表情を浮かべる彼女に聞いてみれば、その前住居者の女性はずいぶん男癖が悪かったそうで、しょっちゅう別の男を家に連れ込んではあんなことやこんなことをやっていたそう。
そんな女性に引っかかる男というのはそれはもうまともな部類の人間ではなかったらしく、ドラッグなどに手を染めていたり、犯罪歴のある者もいたのだとか。
そこでついでに男も殺害する、という考えが浮かぶあたり彼女も人間のような精神性を持ち得て無いのだな、と親近感が湧く。
「そもそも死んだ相手に復讐なんてできないしね」
「……は?死んだ?」
「ここはついこの前、殺人が起きた事故物件だよ。前住んでた人間は死んだってさ」
何人もの男を連れ込んでいた、というなら観測せずともその殺人事件の原因がなんとなくわかる。
「そ、その被害者があの子かどうかはわからないじゃない!」
「ん?その言い草だと生きていて欲しい、と思っていそうだけど」
「は、はあ!?そんなわけないでしょ!自分の手で殺したくて仕方がないからよ!」
うーん……明らかに違いそうだが……
「じゃあ見てみるかい?」
「……なにを」
「その子に何があったのか」
——観測開始。終了。投影開始
部屋に1人の女子大学生が入ってきた。
それは触れることのできない過去の再現。簡易的なプロジェクションマッピングだ。
「1月24日、この家の住人である彼女は0時45分に一人で帰って来た。男は誰一人としていれずにね。貴方は押入れの中の箱でずっと眠ってた」
「あの子が連れてきた男の一人が私のことを不気味な人形とか言って閉じ込めさせたのよ」
「この時自意識はなかったのかい?その男の首をへし折れば良かったのに」
「ただの人形だった私にはまだ無理に決まってるでしょ」
そんなものなのか。
どうやら彼女の生態は私が観測した地球上の生命体のものとはかけ離れていそうだ。希薄な自己意識だけの状態とは昔の私を思い出す。
「そしてその27分後、彼女の部屋に複数の男が押しかけに来た。彼女はこの時、複数の男と同時に付き合い、詐欺紛いの行為で日銭を稼いで過ごしていたから相当恨みを買ったんだろうね」
「……」
「ボロボロの鍵だったから、扉は簡単に壊された。そしてバットや包丁を持った正常な思考力を失った男たちはすぐに彼女に襲いかかる」
『何!?やめてっ、やめてぇ!』
『痛い……痛いよ……ごめんなさい、許して、許してぇ……』
『ぎゃあ、やめてっ、引っ張らないで!!』
殴られ、犯され、髪をめちゃくちゃに引っ張られ、そして殺された。
私の隣にいるメリーさんは一般的な感性で言えば凄惨なその光景から目を逸らしていた。彼女が見ないのであれば、もうこれ以上続ける必要はない。
——投影終了
「ほらね、貴方の復讐相手はもう死んでたでしょ?」
「……そう」
「むしろ良かったじゃないか、貴方が手を汚さずに済んで」
「お前……この光景を見せておいて最初の言葉がそれなの?」
「あれれ、またポカったかな」
一般人の視点から見れば、正直自業自得な面も否めないと思う。別の観測事例から彼女が巻き上げたお金は億にも及ぶ。被害者男性の中には金が尽き、愛していはずの彼女に裏切られ自殺をした者もいる。
殺されて当然とまではいかないが、殺されても仕方がない人間と一般的感性を持つ人間は評価するのではないか。
「申し訳ないが私は彼女に哀れみというものを感じれない。俗に言う身から出た錆だ」
「でも……あの子は私の髪を綺麗って言って、こまめに掃除してくれたわ」
「貴方を箱に閉じ込めて放置し続けたのに?」
「むしろただの人形なのにずっと捨てないでいてくれた方がすごいのよ。古びた人形の私をずっと昔から丁寧にして愛してくれていた」
「やっぱり貴方はそんな彼女を最初から殺すつもりはなかったんだね」
「…………もう隠しても無駄ね。ええ、その通りよ。捨てられた恨みはあった。だって箱の中に閉じ込められたまま誰の顔も見ず、外の光も浴びないまま燃やされたんだもの。だからちょっとは脅かしてやろうかって気持ちもあった」
けれど電話に彼女は出なかった。
通話に出たのは自分の現在地をどういうわけか把握できる得体の知れない人間。そんな奇妙な人間が彼女に近づいたと思ったメリーさんは瞬時に背後に転移して私を殺害した、というのが今回の経緯というわけだ。
「……せめて私のことを思い出して、名前を呼んで欲しかったの。そうすれば私は多分満足して消えただろうから」
「消えたら貴方は死んでしまうよ」
「元々ただの人形よ。死ぬことなんて怖くないわ。……でもあの子が死んでしまったのは悲しい。それも私が気づくことができたかもしれない距離で」
そういうものなのか。
ほとんどわからない。死が恐ろしくない理屈も、捨てられたことを赦した理由も。
私には
だが私が間違いを犯したということはわかる。
「であればあのグロテスクな
「……別にもういいわ。過ぎたことよ。むしろあの子が死んだことを知らないままだったら、きっともっと厄介な亡霊になってたかもしれないから」
「しかし」
「なら私がお前を殺したこととチャラにしなさい。それでいいでしょ」
「わかった」
それでいいならば、これでおあいこだ。
メリーさんはその後、かつて彼女がいた部屋をしばらく眺め続ける。
私の部屋を見つめる瑠璃色の人工石はどこか遠い遠い世界に物思いを馳せていた。
「邪魔したわね。帰る」
「これからどうするんだい?」
「適当にぶらついて、蓄積された恨みがなくなったら消えるつもりよ」
「ならばここに行ってみたらどうだろうか」
玄関で彼女にとある住所が記された紙を手渡した。
「何よこれ」
「彼女の墓がある寺の住所だ。石に名前が刻まれているからすぐわかるだろう。丁寧に供養されているから花でも持って行ってあげればいい」
「……そう、ありがとう」
「どういたしまして」
私には彼女の憐憫をまだ理解できない。誰かを愛したことも愛されたこともないからだ。けどこれはするべきだと、なんとなく理解できる。
「それじゃあ気をつけてね。一応、連絡繋がってるから、困った時があればいつでも相談してくれていい」
「いつの間に……というかむしろお前からの相談の方が多くなりそうだけど」
「予知能力も持ってるの?」
そうして彼女は玄関から消えてどこかへ行ってしまった。
自分を曝け出しての会話は新鮮だが、如何せん人の気持ちをあまり慮れなくなっているようだ。発言には気をつけておこう。
こうして私が初めて行った未知との交流は少し物寂しい雰囲気の中幕を下すことになる。
……そういえば襖の奥の手形、彼女がつけてたような記録はまったくなかったけど一体誰がつけたんだろう。