それはコンビニバイト中の話だった。
「ねぇ、佐藤くんあの噂知らない?」
「うわさ?」
常連である佐々木さんから聞いたのはここ付近で最近、行方不明者が増えてるそうだ。老若男女関係なく、ある日忽然と消えてしまう。
「それは怖い、ですね」
「そーなのよぉ。うちの子を学校に行かせようか迷っちゃって」
佐々木さんは私が勤務する始めの時間にだいたいいつも来ていろいろと小話をしてくれる親切なタイプの人間だ。
働き始めで失敗ばかりの人間初心者の私に部外者でありながらいろいろと教えてくれたりもした。
「警察も動いてるらしいんだけどね、そっちでも何人か行方不明がでてるって噂よ!」
「それはやばい」
「そーでしょ!佐藤くんも気をつけてね?夜勤が多いから暗い場所には近づいちゃダメよ?」
そう言って、佐々木さんは冷凍食品と雑誌とコンドームを買って帰っていった。
ふむ、行方不明者か。
「貴方のせい、ではないだろうね」
私はそう言ってすぐそばの天井に張り付いているあの黒い花に問いかけた。
「からり、ころり、ころり、からり」
相変わらず意思疎通はできないようだ。
私が出会うたびに黒いものをあげ続けた影響か、この人喰い花はレジの方にまで近づいてきていた。最初は入り口までしか入れなかったはずなのに、ずいぶんとアグレッシブな観葉植物だ。
「はい、海苔」
棚から取ってきた味付け海苔を華に手渡せば、すぐに捕食し、からころと鳴いてどこかへ消滅していった。
あの花が食べるのは全身が黒い物体だけ。黒ずくめであれば人間でも食べるが、それ以外には無反応だかやあのお花がところ構わず行方不明者を出しているわけではないのだろう。
そもそもアレに食べられたら存在が抹消されるようだしね。行方不明として認識されている時点で犯人なわけないか。
「あ、いらっしゃいませー」
とはいえ私はいま探偵でも警察官でもない。そういった事件に関与するのは被害者になった時ぐらいにしておこう。
なんだかんだ何事もなく、今日の夜勤も無事に終わった。そろそろ本格的にコンビニバイト以外のこともやってみようかな。高校生とか。
「すいません、そこのお兄さんちょっといいですか?」
人気のない暗闇の中でお菓子の入ったレジ袋片手にもった私に声がかけられた。
この流れ……もしかして私が行方不明者になるパターンかな?
「警察です。ちょっとお話し伺ってもよろしいでしょうか」
暗闇の中から顔を出したのは精悍な顔つきの男性警察官だった。どうやら誘拐ではなく、事情聴取が目的のよう。行方不明被害者になるという初めての経験はどうやら未達成になりそうだ。
問題ないと了承し、私は雑談を交えながらいくつかの質問に答えていった。
「どうしてこんな夜遅くに?」
「バイトです」
「身分を証明できるものはありますか?」
「はい、どうぞ」
私の手元にはレジ袋しかないのだが、それでもしっかりと確認してくるあたり彼が警察官としての職務を全うしているのだとわかる。
高校生じゃなくて警察官もありだな。銃撃ってみたいし。
「ふむ、問題なさそうですね。失礼しました」
「行方不明者の犯人探し、ですか?」
「まだ誘拐犯だと決まったわけではありませんがね。とはいえ不審な人物を確認したらすぐさま逃げてください」
「通報は?」
「大事なのは身の安全の確保ですから。家や人気のある比較的安全性の高い場所に行ってからしてくださいね」
なるほど、しっかりしている。
身分証を確認し返し終えた警察官の彼に感心しつつ、別れて帰ろうとしたその時……
私と彼の首元によくわからない紐状の何かが巻き付いた。確認してみたが少なくとも地球上に存在しているすべての物質に何一つとして当てはまらない。
「なっ……がっ!?」
認識した時にはそれはすでに首元を強く締め付けてきており、人間の力ではどう頑張っても外れないようになっている。警官の彼が突然の出来事に急いで銃を取り出そうとするも、首元についたロープはあっという間に彼を窒息させた。
「ぐぇ」
私も同じように窒息させられ、強い力で彼の体とともにどこかへ連れて行かれる。どうやらこれは紐やロープの類ではなく、どちらかと言えば触手や尻尾に構造上近いようだ。
「○×◻︎ク#5'@%*a」
少なくとも日本語ではない。そして英語でもない。というか地球の人間が使う音声言語として適用されるものはない。見知らぬ言葉を放ちながら私たちを連れていくソレが辿り着いたのは周囲に住宅街がまったくない大きな廃墟だった。
団地かマンションかホテルかの区別はまだ私にははっきりつかないのでわからないが、おそらくホールらしき場所に私と警官の彼は連れて行かれた。
「=|¥00[:*Iに4 __」
電球や蛍光灯などないと思われていた廃墟の中は、どういうわけか緑色の蛍光色でそこそこ明るく照らされていた。人間の眼球で前を見渡せば壁際には黄緑色で光り輝く大きな卵が敷き詰められていた。中は透けていて小さな気泡が泳ぎながら胎動を続けている。
この卵を割って大きな目玉焼きを作ってみるのもありだが、卵黄らしきものが見つからないのでただの"焼き"になってしまうから辞めておこう。
いや、そんなことは置いといて。
「@`;+あsd..?>▷P”1-^」
どうやら空き巣ではないし、廃墟に巣食っているネズミの類でもない。そもそもこの地球上の生物ではないと思う。
新種かな?だったら私と警官の彼の苗字を合体させて哺乳類図鑑に載せることになりそうだ。
塗りたくられた黒色の肌……肌?いや表皮?とりあえず、全身真っ黒黒な謎の生物は四つの尻尾を動かして卵を器用に撫でている。頭部と腕部と足部があること以外に哺乳類との共通点はなさそうだ。いや、卵生なら鳥類かな?ならば共通点はさらに減ってしまった。
人間的感覚で言えばかなりグロテスクな見た目だが、少なくとも私の本体ほどではない。だって視認しても発狂するレベルではないから。
——太陽系検索開始。終了。該当なし。銀河系検索開始。該当あり。
ああ、なるほど私と同じ地球外生命体というやつか。しかし生命体としての星は持っていないようで、惑星間を彷徨ってはそこの原住民を食らって自らの種族を増やすタイプの生態。
あの卵たちは真夜中に見つけた歩行者や野良猫、鳥などを捕食して産みつけたものらしい。つまるところ、佐々木さんが話していた行方不明者の犯人はアレだということだろう。
どう考えても侵略的外来生物だね。なんて迷惑な観光客なんだ。こういうのをオーバーツーリズムと呼ぶのだと、今朝のニュースで聞いた覚えがある。
「う、うわああああ!!??」
横たわって私が周囲を分析しているうちに、眠らされていた警察官の彼が意識を復活させていて、目の前の宇宙人に対して恐怖の声をあげていた。拳銃を取り出そうにも捕まった時に落としたことに気付き、絶望の表情を浮かべていた。
そういえば窮地に陥った人間の顔を生で見るのは地球に来て初めてだ。これはまたとない機会だからできるだけ眼球に焼き付けておこう。
「|¥1ぁp⬛︎弩+】※&s Y」
「く、来るな!来るなぁ!」
警官の彼は恐怖で顔をこわばらせ、尻もちをつきながら逃げようとする。しかし腰が引けてうまく立つことができないようだ。帽子をがむしゃらに投げつけるも、もちろんへたりと落ちていくだけで当たったりはしなかった。
「…………くそっ!」
おや?あんなに腰が引けてたのに横たわっている私を見て立ち上がった?
震える足をなんとか進めながら、私とは真反対の方向へ動きまるで注意を引くように大きく手を振り上げた。
「食うなら先に俺から食いやがれ!」
どういうわけか彼は私を守ろうとしている。
その汗の流れ、声の震え、眼球の向きから彼は間違いなく目の前の存在に恐怖している。今にも逃げ出したいと思っている。
だが何故か私の正面に立ち、あのエイリアンに拳を向けていた。生物の体格差的にどう考えても勝てないような相手を前に。
なるほど、最終的に怯えるのではなく無謀にも立ち向かうのか。それも知り合って間もない人間であるはずの私のために。
面白いね、警察官というのは。
私としては彼がもう少し恐怖するところも見てみたかったのだが、こっちの表情も悪くない。
「〜¥??・あAq<./2$[*」
「!」
彼の行動を敵意をみなしたエイリアンは四つの尻尾を使い、警官の四肢を拘束して引っ張り上げる。
「ぢぃっ!」
彼がどれほど動いてもその拘束はビクともしない。
捕らえた彼に近づき、エイリアンはその頭部を開いて鋭い四つの前歯を警官の顔に向けた。死が目の前に迫ろうとしているのにも関わらず、人間は変わらず睨み続けている。
しかしどれほど抵抗の意思が強かろうとその拘束が破けるわけもなく、エイリアンの強靭な四つの顎が彼の顔を粉微塵に砕いてしまったのだ。
いや、砕かれようとしていた。にしておこう。
何故なら気が変わったから。
「……え?」
「いやいや、なかなかいいものを見させてもらった。君、名前は?」
死を覚悟し目を瞑っていたはずの彼に結局、その顎は訪れなかった。代わりに肩をポンと叩く私の手が訪れる。
ちょっと時間を曲げて私が助けてあげたのだ。理由としては気分なのもあるが、私を守ってくれたことも要因としてはある。対価をもらったのなら、対価を支払う。それが私の流儀だ。ちなみにこの流儀は今決めた。
何が起きたのかわかっていない彼はぼーっと突っ立ったままでいる。名前を教えてくれる時間はなさそうだ。代わりにエイリアンの方が怒ったように唸り声をあげている。
「@**>.<a;&)9??「」」
「あー、ごめんごめん。邪魔をして悪かったとは思っているよ」
言語が通じるわけではない。あのエイリアンには音声言語、そして個別意志というのが欠如しているからなんとなくで私がニュアンスを読み取ってるだけ。
「とはいえ貴方も少し落ち着いた方がいい。そうバンバンと人間を捕食したら迷惑だろう。少し程度というものを学んでくれ」
そう言い返してもやってくるのは先が鋭利な尻尾だけ。こちらのコミュニケーションに応じてくれる様子はないようだ。それを止めて、私は一方的に言葉を投げかける。
「正直、私はこの星の守護者でもなんでもないんだけどね。貴方の行動を阻害する権利も彼を助ける義務もない」
「’&p Iじゃ}[;+--@}」
「だけどこの星がなくなるのは困るんだ。貴方たちの種族で埋め尽くされてしまうと、多分つまらなくなる。それは避けたい」
私がこの星の好きなところは一つの意志で統一されていない"個"が何億、何兆も存在していることだ。人間、犬、ねこ、魚、鳥、虫、微生物、水、植物、大気、土……存在としてまったく異なるもの同士が奇跡にも調和をとって暮らしているというのはこれまで見てきたことがなかった。だから面白い、興味がある。好きだと言ってもいい。
だけど、このエイリアンにはそれがない。ただ種族を繁殖させるという目的があるだけで、それ以外に何もない。生きてて一体何が楽しいのだろう。
「だからこれはお願いだ。地球から消えてくれ。貴方のような迷惑観光客がいると私のように迎合して暮らしている者たちの印象が悪くなってしまう。郷に入っては郷に従え、というだろう?」
「)ー〜裏っk G9;【」
「あー、うん、うん。もういいよ」
時刻的には深夜を超えて早朝を迎えようとしている。
そろそろ朝のニュースが始まる時間だ。今日はお気に入りの芸能人がゲストとして出演予定なんだ。正直、早く帰りたい。
止めていた尻尾を離してあげれば、エイリアンはその顎を広げて私の方へ飛んできた。埒があかなくなったのはお互い様らしい。
対価には対価を。これは私がさっき決めた流儀だ。
「ぱく」
善意には善意を、悪意には悪意を、私を食べるというのなら私も貴方を食べよう。
「もぐもぐ、ごくん」
うーん、今まで食べてきた料理ランキングでは下の方かな。焼いた人肉と比べるとガリっと硬くて苦味がある。生じゃなければ味も変わったりしたのだろうか。
「……な、なんなんだ……あなたは一体?」
「とりあえず、もうこれで行方不明者が増えることはないから頑張って報告書書いといて。それじゃお疲れ様、柴田くん」
「は?なんで俺の名前を……」
あの生物の名前はシバタサトウにしておこう。ネーミングセンスはない。
とりあえず廃墟から出た私はお菓子を片手に今日のニュースを待ち侘びながら帰路についた。
それと朝食としてあの卵を使って”焼き”を食べてみたが、こっちはけっこう美味しかった。
ふつうにネタが思いつきませんでした。