異世界転生に憧れていた。
チート能力を授かって無双したり、大金持ちのお嬢様として生活したり。
毎日が劇的に変わるような何かに憧れていた。
でも実際は毎日が同じことの繰り返し。
「52番の方、お待たせ致しましたー」
ある日の朝も、いつものように起きて、いつものように電車に乗る。そしていつものように自分の席につき、今日も来館した相談者の相手をする。
ただ普通と違うのはーー
「よ、よろしく、お、お願いしやす」
「はい、書類お預かりしますねー。ええーっと、慶応の扇子の付喪神さんですね」
相談者が人ではなく、付喪神だということ。
「慶応ですかー。年季入ってますねー」
「さ、最近まで、蔵におりやした」
「なるほど、なるほど。それで本日はどう言ったご相談ですか?」
この世界には目に見えない存在を認知して生まれてくる人間がいる。私もその一人。
そして数多いる、普通は目に見えない存在の一つ、付喪神。ここはその付喪神のあらゆる話を聞く付喪神対策局相談窓口B。
「あ、あっしはこのまま蔵で朽ちていくかと思ったんす。でもこうして再び日の目を見ることができ、もうひと花咲かせたいと思うじゃないですか。けど今はあっしらも住民票なるものが必要と聞き及び、こうして馳せ参じた次第でして」
「いい判断でしたね。住民票のない付喪神さんは、問題が起きた時に問答無用で封印されるので、住民票は作っておいた方がいいです」
今日も今日とて、江戸時代の扇子の付喪神がやってきたわけだ。
「蔵仲間の
「……もしかして、蝶の彫り物の?」
「そうです、そうです! ああ見えて義理人情に厚い野郎でしてね。ああ、あっしらは人じゃないから人情じゃあ、ねぇでやんすね」
扇子の付喪神と言っても、私の目にはえらい年季の入った着物を着ている、若干透けているおっさんにしか見えない。口調的にもただの江戸っ子だ。
「ちなみに私、佐藤恵と言います」
首から下げている名札を見せつつ、やんわり訂正をする。
「ん? うめ殿じゃない?」
「さ、と、う、め、ぐ、み、です」
いつ頃からか、付喪神界隈では役所のうめで話が通るようになってしまっていた。初めて聞いた時は、何その通り名、ババアかよ、って思ったけれど。
「ああ、なるほど! だから、うめですか! こりゃ気づかなかった!」
「だからうめじゃないです」
「あっしは人間とこうやって話すことが初めてな上、久しぶりに蔵から出たら奇天烈な格好の人間ばかりじゃないですか! 柄にもなく緊張しやしたが、うめ殿が黒髪、黒目の昔ながらの日本人な、話しやすい人間で助かりやした!」
付喪神さんの共通点。思い込んだら人の話を聞かない。
今日もこうして、役所のうめとしてインプットされてしまった……。しかもさり気なく古臭い顔ってディスってる自覚は、きっとないだろう。
「あ、ここにも一つ、署名お願いします」
「おっと、こりゃあすんません」
付喪神さんたちは、透けてるくせに現実にあるボールペンを持つことができる。なんでも付喪神になるくらいなんだから、その程度朝飯前だそうだ。
書き終えた扇子のおっさんから、再び書類を受け取り、最終確認に入った。
住所 目利きの源の蔵、右の棚二段目の引き出し
雑すぎる。
「これ引っ越し前の住所ですよね?」
「あ! そうでやんす」
「現在の住所は?」
訂正印を押して書き直す。
住所 源の子孫の家、大婆さんの部屋の床の間に変更
氏名 慶応を生きた扇子
「特にお名前はないんですね?」
「そんな小洒落たもん、持ち合わせてねぇですよ」
名前とは?
生年月日 慶応だったことは覚えている
「だいぶざっくり来ましたねー」
「昔のこと過ぎて、日付がシャキッと思い出せねぇんです」
そりゃあ、昔も昔。江戸時代だしね。
まさにカオスな書類だけれど、これで通ってしまうのが付喪神対策局だ。
「住所がしっかりされてるので、これで受理されるかと思います」
「ありがとうございやす!」
扇子の付喪神のおっさんは、ホッとしたような顔をした。
「住民票ができたからと言っても、人間に迷惑かける行為が判明した場合、即座に封印されます。詳しくはこちらの冊子をご覧ください」
「いやいや、あっしは息を潜めて暮らしてくんで、」
「それでも一度、冊子に目を通しておくといいと思います」
面倒だから書類なんて、まして冊子なんて読まないと言う付喪神さんは多いものの、そこは私の仕事な管轄。無理矢理にでも冊子を持って帰ってもらう。
「ほんと、ありがとうございやした」
「また何かあれば、いつでもお越しください」
「へい。その時はまた、うめ殿にお世話になりやす」
うめじゃないからな、と心の中で思いつつ、頭を下げると、扇子のおっさんも深々と頭を下げて、その姿がみるみる消えていった。
「57番の方、お待たせ致しましたー」
「へ、へへへ。よろしくお願いします」
「はい、書類ありがとうございます。ええーっと、昭和の自動炊飯器の付喪神さんですね」
ここは付喪神対策局相談窓口。
異世界転生に憧れていたけれど、日常は何も変わらない。そんな私のもとに、異世界の方からやってきた場所だ。