役所のうめと付喪神   作:猪口零都

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子泣き爺の正体

 付喪神対策局相談窓口B担当、佐藤恵。対策局に勤めて早数年。本日初めて、

 

「おい、爺さん! 対策局に着いたぞ」

「いやじゃあー、歩きたくないんじゃあ!」

「だからおんぶしてきたんだろう! 重くなるんだから泣くなよっ!!」

 

 かの有名な子泣き爺に遭遇した……。

 

「どうしたんですか、松井先輩?」

 

 以前先輩は、声は聞こえるけど姿は見えないと言っていた。……だからか、先輩は物凄く雑に子泣き爺を床に落としていた。

 

「うめちゃん、聞いてよ! ここにいるだろ? 泣いてる爺さんが!」

「痛い、痛いのぉ。落とすなんてあんまりじゃあ」

 

 泣き声のするその言葉と共に、コンクリの床にヒビが入る。あ、これまずい奴だ。

 

「松井は姿が見えないので、落としたように思えるかもしれませんが、本人に落としたつもりはないんです」

 

 床に座り込む子泣き爺の隣に膝をつき、目線の高さを合わせてそう言った。

 声をかけた私を、子泣き爺はジーッと見つめてくる。……本当に子どもくらいな身長のお爺さんだ。

 

「お前さんはワシの姿が見えるのか?」

「はい、見えますよ。今日はどうされたんですか?」

 

 その言葉を聞いた直後、子泣き爺の顔に光が灯った……ように見えた。てゆーかここ、付喪神対策局であって、妖怪対策局ではないのでは?

 

「ワシのねぐらが崩れたんじゃあ」

「ねぐら、ですか?」

 

 床に座り続けさせるわけにもいかないので、近くの待ち合い用のソファに座ってもらいながら事情を聞くことにした。

 なんでも子泣き爺の住んでた山で土砂崩れが起こり、子泣き爺の本体であるお地蔵様(厳密にはその前掛け)が巻き込まれしまい途方に暮れて泣き崩れていたところ、松井先輩たちに保護されたらしい。とりあえず対策局に行こうとなったものの、松井先輩とバディの米山先輩は姿は見えるけど、意思疎通ができないため、松井先輩が付喪神をおんぶして、米山先輩は本体であるお地蔵様を持ち帰ってきた、と……。に

 そういえばその地域、先日の土砂崩れから雨が降り続いてるって話だったな。てことは、この子泣き爺は子泣き爺でも、妖怪ではなく、お地蔵様の前掛けの付喪神が子泣き爺の姿をしているってわけか。

 

「どうしていいのかわかんで、小僧らに言われるままついてきたんじゃ」

 

 かの有名な妖怪じゃなかったことに、どこか残念な気持ちがある私がいる。子泣き爺もとい、前掛け爺は言うだけ言って、また泣きそうになっている。ここまで泣く付喪神は初めてだ。

 

「一旦落ち着いて頂き……、飴でも舐めます?」

 

 付喪神にそれが効くのか謎だけど、子どもはお菓子を与えれば泣き止むイメージが強い私は、常備していた飴を差し出した。

 

「どうせなら茶菓子がほしいのぉ」

「お菓子なんてないですね、ここ役所なので」

「つまらんのぉ」

 

 ブツブツと文句を言いながらも、飴を受け取り舐め始めたお爺さん。なんとか落ち着いたことで、頭に直接響くように聞こえた泣き声も収まった。

 やっぱり人間の赤ちゃんの泣き声とは違うんだな、付喪神の泣き声って……。超音波でも出てそうな声だったから、ここにいる間は泣かずにいてほしいわ……。

 

「落ち着いたところで今後についてお話させて頂いてもよろしいですか?」

 

 あまりにも茶がほしそうな言い方をしていたから、松井先輩がお茶を持ってきた。それを窓口Bのカウンターに置いたものだから、あ、やっぱり私が対応するんだ……って心の中で思いつつも、お爺さんを椅子に座らせ窓口についた。

 

「定住地が決まるまでの当面の間、この役所内を避難所として使用して頂きます」

「ここがワシの新しいねぐらか?」

「仮住まいです」

 

 お爺さんが元々いた場所は、先日の土砂崩れと、続く雨の影響で復旧作業に時間がかかるだろう。……もしかしてその雨ってこのお爺さんのせいも僅かながらあるのかも……。なら余計に、そこら辺に放置するわけにもいかないから、こういう時のために対策局では付喪神避難所も用意されている。

 

「一応、個室を用意しますが、不便な様なら仰ってください」

「飯はどうなるんかのぉ?」

 

 あなた付喪神だから、飯など食わないのでは?と思いつつも、反芻して聞き返した。

 

「ワシによく供物を捧げてくれる人間がおったが、ここにはおるんかの?」

 

 あなたにというより、厳密にはあなたが掛けられてるお地蔵様にだと思う。

 ……でもそうか。実際に食べるどうこうは別として、供物で空腹を満たしていた可能性はあるわけで。

 

「では毎日お茶とお茶菓子をお供えしましょうか?」

「おお! ありがたいのぉ」

 

 お爺さんはニコニコと、実に良い笑顔になった。これでこの件はとりあえず解決かと思った時、お爺さんが耳を貸せと言わんばかりに顔を近づけてきた。

 

「お前さんは良い人間じゃから、言うがな。ワシは懲らしめる力が強いんじゃ。お前さんが気に入らん輩がおるなら、いつでも懲らしめてやるぞ」

 

 一瞬、何を言われてるのかわからなかった。ただ、付喪神の言う懲らしめるなんて、人間の懲らしめるレベルじゃないってのは本能的に悟った。

 

「いないんで大丈夫です」

「謙虚じゃのぉ。まぁいつでも言っとくれ」

 

 そう言いながらお爺さんは管理課の人に仮の居住地に案内されて行った。

 ……あのお爺さん、あんなニコニコしながらなんて物騒なことを口にするんだろ。でも付喪神の懲らしめるってどのくらい? 少し嫌な思いするくらいじゃ、ないよね? もしかして生命の危機を感じるレベルとか? ううーん、そこまでしてほしいような人、本当にいないけど、もしもの時はその手段もあるんだって覚えておこう。

 なんて。私もなかなか物騒なことを思いながら、仕事に戻った。

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