「おはようございます。今日のお供えです」
「おお、おはよう。……なんじゃ、茎わかめか」
対策局に避難してきた子泣き爺の付喪神に、出勤したらお供え物を上げるように上司から言われたのが今朝の出勤直後のこと。そもそも付喪神って何を食べるのかもわからないし、手持ちにお供えできそうな物と言ったら、小腹の足しにとカバンに潜めていた茎わかめしかなかった私は、さもそれっぽく持ってきたわけだけど。あからさまにがっかりしたような表情を子泣き爺からされてしまった……。
「久しぶりにおはぎが食べたいのぉ……」
私の金だが?
「あの甘くて優しい味が懐かしいのぉ」
「……買いに行ける時に買ってきますね」
「なんだか催促したようで申し訳ないの。うめさん、ありがとう」
このままブツブツ言われるくらいならと、折れた私に、子泣き爺はご機嫌に笑った。
「あれはいつでも有効じゃからな」
「あれ?」
「懲らしめてほしい輩が現れたら、いつでも言っとくれ」
お供えのお茶を啜りながら子泣き爺は言う。……もし何かあった時は、おはぎ箱買いでお願いしよう。
そして本日も来館者を迎える相談窓口B。
「つまり休暇がほしいと言うことでしょうか?」
「簡潔に言うならそうね」
本日の付喪神は、鎌倉時代からあるそれはそれは由緒ある神社……の、賽銭箱。本体は何代目かになるため、鎌倉時代から存在しているわけじゃないけれど、いつの頃からか付喪神としてこの世に存在していたらしい。
「まぁ、働き詰めも良くないですしね」
「そうでしょう? だいたい人間てどうしてこうも、恋愛かお金の話しかしないのかしら」
お参りに来る人間の願い事を聞きすぎて嫌気が差してきたらしい。まぁ、ぶっちゃけ私も他人の恋愛相談毎日聞かされてたら嫌になるだろうから、わからなくもない。けど神社はそういう役割なわけで……。
「そもそも賽銭箱さんにお願いしてるわけではないのでは?」
「そんなことないわよ。みんな私の前に立ってお願いしてるんですから」
だからあなたの後ろにいる御神体にお願いしてるのでは?
「人間てもっと悩みないの?」
「例えば?」
「まだ見ぬ未開の地に行けますように、とか」
現代社会では、そもそも未開の地を探すのが大変だと思います。という言葉をグッと飲み込んだ。
「では今後についてですが、管理課と相談の上対処する形になるかと思います」
「例えば?」
休暇を勝ち取りたい賽銭箱さんは、食いついてくる。わかるよ、私でも推しのイベントのための休暇だったらこうなると思うし。今推しいないけど。
「そう、ですね……。例えば賽銭箱さんの本体の修繕という形を取る、とかですかね」
「ああ! なるほど! あの場所自体から動かすわけね!」
修繕という意見を神主が聞き入れるのか? という問題もあるけど。そこはやっぱり神道を学んでいる方々なだけあり、神職に就くにあたり、付喪神対策局の存在を知らされるらしいから、きっと事情を説明すれば納得してもらえるだろう。……でもまさか、休暇くれって賽銭箱に言われるだなんて、神主も思っていないだろうな。
「じゃあ、後はうめさんにお願いするから。私のお休み確保してね」
「善処致します」
賽銭箱さんが満足気に立ち上がった。直後、何かを思い出したように短く声を上げた。
「そういえば、最近恋愛やお金の話じゃない人がいたのよ」
「未開の地に行きたいとかですか?」
私の言葉に、賽銭箱さんは大げさなほど手を振った。
「違う違う! うちはほら、一応縁結びだから、恋やお金との縁を結ぼうって人が多く来るんだけどね」
賽銭箱さんに言われて、そこの神社が縁結びの神社だって初めて知った。……ならもう、恋愛相談なんて仕方なくない?
「恨み晴らせますように、とか、そんな願い事があってね」
「恨み、ですか……」
賽銭箱さんは大きく頷く。この人、リアクションがいちいち煩いな……。常にチャリンチャリン音を鳴らされるから、リアクションが煩くなったんだろうか……。
「はっきり言えないんだけど、ほら、人間て変わった言葉話す人いるでしょ?」
「変わった言葉……?」
「うめさんは普通に話してるけど、なんかこう……少し違う話し方よ」
「ああ、もしかして方言のことですか?」
私の言葉に、手をポン、と叩きながら賽銭箱さんは頷いた。リアクションが大きい上、典型的だ。そこはやっぱり付喪神になる年長者だからだろうか。
「そうそう! きっとそれよ! その方言が似たようなところの人たちが、そういう……恨めしい感情で神社に来るのよ」
私は標準語圏で生活している。この賽銭箱さんが発音が違うというほどの方言、となると……。
そこで先日の壁掛け電話さんの話しを思い出した。西の方でよくない感情を抱いている付喪神がいるようだ、というあの話。荒御魂まではいかずとも、良くない感情を持つ付喪神の側にいる人間は多かれ少なかれ影響を受ける。もし賽銭箱さんが言う、恨めしい感情を持って神社に来る人が西の方から来てるならば……。もしその良くない感情を持つ付喪神の影響を受けているのだとしたら、思っている以上に影響力の強い付喪神が荒御魂になり得るのかも、しれない……。
「まぁ、私も? こっちが働き詰めだってのに、彼とのこの時間がずっと続きますように、なんてお願いしてくる人間見ると恨めしく思うから、わからなくもないんだけど」
賽銭箱さんの言葉に、フッと我に返る。今のはあくまで私の推測に過ぎない。きっと考えすぎなだけだ。実際上からまだ何も連絡は来ないわけだし、私にはどうしようもない。
「プラスの発言でお願いするよう促せないか、打診してみます」
「ほんとに? 助かるわー。今の神主に代替わりしてからなんだか危なっかしくて、私からは声掛けれないのよ」
じゃあよろしくね、と言いながら賽銭箱さんは消えていった。賽銭箱さんは賽銭箱さんで、思うことがあり神主には言わないようだ。……言わない、というか、そもそも姿を見せていないのかもしれない。
賽銭箱さんに言われた休暇申請と共に、参拝時の発言についても追記し、書類を書き上げた。