「もう少し働きたい、ということですか?」
本日の付喪神対策局相談窓口Bの来館者は、大正時代の壁掛け電話。住民票作成の後、別の相談をされた。
「まだまだ働けます!」
スマホが普及してしばらく。そもそも固定電話すらあまり見なくなった現代(新卒の子は、固定電話の掛け方がわからないそうだ)
大正時代の壁掛け電話さんの満ち溢れたヤル気はいいことだけど、はっきり言って需要はないに等しい。
「……就職先斡旋ということで、他の課と連携を取ってみますね」
「ありがとうございます! ……この時代では、やはり電話をする人間は減ってるんでしょうか?」
壁掛けさんは、どこか悲しげな顔をしてこちらを見てきた。
「いえ、電話はわりと大半の人間が持っているかと思いますよ」
「一家に一台ではなく? なら働き口もありそうですね!」
良かった良かったと言う壁掛けさん。この嬉しそうな表情に、スマホの存在をどう伝えるべきか考えを巡らせていた。
「少し驚かれるかもしれませんが……」
でも今ここでスマホの存在を伝え、そもそも壁掛け電話という存在自体がほぼほぼなくなっているという事実を知らせておかなければ、ぬか喜びだけさせた後の落胆が災害を引き起こさないとも限らない。
出来るだけ、やんわりと……優しく……。
「今はこちらが電話として機能していて、概ね皆さん持ち歩いています」
と、心掛けてみたけど、スマホの存在をオブラートに包んで説明なんてできるわけがなく、そのまま自分のスマホを見せながら説明した。
「……は? いやいやいや、そんな薄い板でどうするって言うんですか! いくら流行りに疎いからって、騙されませんて」
スマホを見たことない世代からしたら、こういう反応なんだろうという反応を、壁掛けさんはしてきた。
「そうですよね、信じがたいとは思いますが、事実です」
「っ!! ち、ちょっと見せてください!」
「どうぞ」
特に見られて困る物が入ってるわけでもないし、そもそもロックもかかってるから見られるわけがない私のスマホを、壁掛けさんに差し出した。
「……こ、こんな軽くて薄い物が……?」
「電話です」
「長距離も……?」
「国際電話も出来ます」
壁掛けさんの顔色が、サーッと青ざめた。
「あの……。もしかして僕はもう、必要ないんでしょうか……?」
概ね必要ないと思います。なんて、ど直球で言えるわけない。
「それは他の課と相談してみて、ですね」
「いやでも、みんながこんな薄い電話持ち歩いてたら、いちいち壁にかかってる電話なんて要らないでしょ」
自嘲めいた顔で壁掛けさんは笑う。その顔を見ると、このまま帰られるのはまずいのではと思ってしまった。
「そう、ですね……。必ずとお約束できるわけではないですが、例えば博物館とかでは展示される可能性はあるかもしれません」
「博物館……。博物館、かぁ……」
ポツリと呟くように壁掛けさんは言った。
「僕、実は昨日までの記憶があやふやなんです。気がついたら外に出ていて……。それでふらふらと彷徨ってたところ、他の付喪神から声をかけられ、役所に行くよう勧められたんです」
「なるほど」
昨日までの記憶があやふやということは、どこかの倉庫か何かの中に仕舞われていた可能性が高い。
「ここに来る途中も、いろんな付喪神を見て、なんだか生き生きしてるように感じたんですよね」
そもそも付喪神って霊体なのだから「生き生き」することなんてあるの?
「僕ももう一度働いたら、ああいう風に生き生きするかもって思っていたんですが……」
それでも壁掛けさんは、生き生きしたいらしい。生き生きしてる霊体……。鬱陶しそう。
「可能性がゼロなわけではないので、後日お越し頂いた時には、何かしらお話できるように他の課と連携させて頂きます」
「ありがとうございます。……本当に、うめさんは優しい人ですね」
「……それ、誰に聞きました?」
「はい?」
力なさげに笑った後、柔らかく微笑んだ壁掛けさんにやや身を乗り出しながら尋ねた。
「私、佐藤恵なんですが、うめがあだ名のようになってしまって。ここに来る方からは、うめと呼ばれているんです。壁掛けさんには、誰がうめと言ってました?」
「え? 誰に、って、」
「誰にって?」
「役所に行くと話が出たら、近くにいた数人の付喪神からうめさんの話を聞かされましたよ?」
どこか驚いたような顔をしながら、壁掛けさんは話す。
「僕たちの言葉を一言一句聞き取れることができる、役所の付喪神かもしれない、って」
「人間です」
壁掛けさんはケラケラと声に出して笑い始めた。
「窓口なんて初めてでしたが、うめさんがいてくれて良かったです」
そう言われて微笑まれると、どこかむず痒い気がする。
「ではまた来ますね」
「そうですね。早すぎてもお話できることがないかもしれないので、一ヶ月くらいを目処にお越しください」
「わかりました。よろしくお願いします」
深々と頭を下げ、壁掛けさんは消えていった。まだまだ働きたいという気持ちに、答えてあげたい思いはある。……ものの。文明の進化は止められないし、一度便利だと感じた生活水準はなかなか下げられないだろう。
そう考えると、付喪神は壁掛けさんのような存在は、減っていくこともあるのだろうか? いつかの黒ギャルシュシュのように、召されるのだろうか? 人と付喪神が違うのは、その生の長さだけで、さして変わらない生を歩んでいるのかも、しれない……。
「34番の方、お待たせ致しました」
そんな余計なことを考えつつも、次の仕事へと気持ちを切り替えた。