「だからね、この子の態度がなってなくて、」
「ウルセェなぁ、おばさんは!」
「んなっ!?」
「はい、一旦落ち着きましょうか」
手を一つ叩き、その場を収めた。ここは付喪神対策局相談窓口B……ではなく、今日は、現場に駆り出されていた。と、いうのも、震度自体は大きくないものの、やたら長い横揺れが続き、発生源に付喪神がいると判明。その段階で管理課が赴いたものの、荒御魂ではなく、付喪神が同士のちょっとした口論だったようで。
そんなの松井先輩がいれば良くないですか? と思ったのは私だけで、当の松井先輩から、臨時で佐藤を招集とお呼びがかかってしまい、急遽窓口を閉めて現場に到着したのはほんの2分前。
そして本日の付喪神。明治の風呂敷VS昭和のランドセル。どちらがより有能かを話し合っていたところヒートアップしてしまったらしい。すごい迷惑な話だ。
「まず風呂敷さん、一旦深呼吸しましょう」
「そーそー。キーキー言ってると皺が増えるぞ、おばさん!」
「だからあなたねぇ!」
「ランドセルさんは一旦言葉を忘れてもらえません?」
「ブハッ! 言葉忘れろって、すげぇ言い草!!」
私は知っている。この手のタイプは黙っていろと言っても口を出してくる。だからいっそ言葉を忘れてもらいたいという思いがそのまま口から出ていた。
見事功を奏したようで、ランドセルさんは笑い一瞬場が和んだ。というか、どう見ても昭和のクソガキな見た目だから、さん付けしなくても良さそうな気もしている。
「ええーっと、それで風呂敷さん。なぜいきなりランドセルに言いがかりをつけようとしたんですか?」
「言いがかりなんかじゃないわ! 私ほど有用に物を運べる布はないでしょう!?」
「けどただの布じゃん。だからこの時代じゃもう見ねぇだろ?」
「だから、あなたねぇ!」
「はい、そこまでー」
パン! ともう一度手を叩いた。ランドセルの言い分はわかる。所詮ただの布だ。でもそういうお前は、ただのランドセルじゃないのか。
「風呂敷さん。現代では確かに風呂敷ってあまり使われなくなっていますが、風呂敷はとても有用です」
「そうよね?」
「はい。大小さまざまな大きさの物を持ち運べるのは風呂敷さんのお陰です」
「そ、そうでしょう?」
「彼は所詮、小学生の荷物しか運べません。風呂敷さんは年齢を問わず誰の荷物も運べますよね?」
少し落ち着いてきた風呂敷さんに、ランドセルはケッという表情を向ける。口を挟んでこないだけマシだ。その表情は見なかったことにしよう。
「今後も風呂敷さんにしかできないことをして頂きたいと思っています」
「そうでしょう、そうでしょう」
すっかりご機嫌になってきたらしい風呂敷さん。チラリと側にいた松井先輩に目を向けると、指で丸っと作っていた。
恐らく、先ほどまでの驚くほど長い微振動が収まったということだろう。やっぱり原因は風呂敷の方だったか……。
「今後も活躍頂くためにも、管理課から本日の件の聴取をさせて頂いてよろしいですか?」
「うめさんが言うなら仕方ないわ。あの人についていけばいいの?」
あの人、と松井先輩を指差し聞いてくる。もう後は丸投げだ。
「そうですね。この後は管理課の松井が対応させて頂きますのでそちらにどうぞ」
そういうと、風呂敷さんは松井先輩の方へと向かっていった。ずっと続いていた横揺れも、すっかり収まった気がする。
「さて、残ったランドセルさんですが」
「どーせ俺はガキの荷物しか運べねぇよ」
今の間で拗ねたらしい。さすがお子様。
「何を言うんですか。ランドセルさんが運ぶ荷物で、子供の将来が決まるんですよ」
「……は?」
片眉を上げて私を見てくる昭和のクソガキランドセル。でも聞こうとする姿勢はとても好感が持てる。
「あなたが運ぶ重い荷物は、これからの日本を担う若者たちの知識の糧になるんです。あなたが荷物を運ぶことを辞めたら、迷惑人間が増えますよ?」
「あー、さっきのおばさんみたいに?」
そこに同意できるわけがない、相談窓口の国家公務員というのをわかってほしい。
「きちんと分別のある大人を一人でも多く育成するために、ランドセルさんには頑張って頂かないと」
ピクピクとランドセルの口元が嬉しそうに歪んでいく。最近気づいたのは実年齢は私よりずっと上でも、付喪神の見た目は性格が表れているということ。見た目年齢相応に、おだてにはものすごく弱いようだ。
「まー、うめがそこまで言うなら? 大人しく頑張ってやってもいいけど」
頑張ると言っても、昭和のランドセル。お前は普段、博物館で鎮座しているだけだろう。まぁでも、きちんとそこにいてくれると言うことが、ありがたいことではあるけれど。
「ご理解頂けて何よりです」
じゃあ帰るかー、って雰囲気の中で、ランドセルは急に私の方を向いた。
「うめさー、なんでそんな仕事してんの?」
一瞬、言っている意味がわからなかった。
「だって面倒じゃねぇの? 付喪神らしく、もっと別のところに行けばいいじゃん」
「私は人間です」
「うっそ! あのおばさん、話のわかる付喪神のうめを呼べって言ってたけど!?」
「人間です」
「……まぁでもそっか。うめ、付喪神のわりになんかすげぇ……生命オーラっていうの? 強ぇもんな。人間て言われて腑に落ちた」
半分透けてる輩に、生命オーラが強いと言われても説得力があるのかないのか。半分透けてる付喪神から、生命オーラが強いと言われても……。
「けど人間なら良かったな」
「……何がです?」
ニカッと音がつきそうなほど、ランドセルはいい笑顔で笑った。
「弱味握られてそんな仕事してるなら、助けてやろーかと思ったけどさ。人間なら好きでやってんだろ? だから良かったってさ」
好きじゃなくても、人間なら働かないといけないんです。と言ったところで、どうにもならないことは知っている。
それよりもこのランドセルは、私が付喪神仲間だったら助けようとまでしていたらしいことが驚きだ。恐らくこのランドセルの持ち主は、ガキ大将と呼ばれていたような子だったに違いない。口がやや悪いものの、根は優しい持ち主の性格を受け継いだんだろう。
「優しいですね。ありがとうございます」
「人間が俺に惚れるなよ」
「惚れないので心配しなくて大丈夫です」
ランドセルは朗らかに笑い、またな、と言って消えていった。一時はどうなるかと思ったけど、無事大災害を回避できたらしい。
「んー……!」
一つ大きく伸びをした。伸ばした手と共に、積み重なった何かが、空へと解き放たれたような感覚。
「さて、私も戻りますか」
スッキリした心と体で、対策局へと戻ることにした。