役所のうめと付喪神   作:猪口零都

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小さな疑惑

「うめさんのお陰で、なんとか就職先が見つかりました!」

 

 先日の大正の壁掛け電話の付喪神が、就職報告にわざわざ来館してくれた。なんでも昭和の黒電話と共に博物館に設置され、お互いのみでの通話が可能になるよう工事してもらえたらしい。

 

「まだまだ現役で頑張らないとですね」

「はいっ!」

 

 小学生くらいの子たちが面白がって利用してくれるそうだから、とても充実してるようだ。

 

「相談じゃないのに来ていいのか迷ったんですが、どうしてもお礼が言いたくて」

「わざわざありがとうございます」

 

 とくに問題を持ち込まれたわけでもないから、私としてもありがとうございます、だ。

 

「良いバディとして仲良くやってくださいね」

「ばでぃ……? あ! 相棒のことですか?」

 

 大正の電話界隈には、バディは存在しなかったようだ。

 

「そうですね。失礼しました。良き相棒として勤しんでください」

「はい! うめさんも、竹が見つかったら教えてくださいね」

 

 壁掛けさんが不意にそう言ってきた。……竹?

 

「松井さんが言ってたので。対策局の松竹梅って」

「竹は永久欠番です」

 

 食い気味に口を開いた私に、壁掛けさんは一瞬驚いた顔をした。……ものの、どこか残念そうに眉を下げた。

 そんな顔をして無駄だ。私は絶対に松竹梅トリオになんかならない。

 

「縁起良さそうなのに」

「欠番はどうにもできません」

「そっかー……。残念だなぁ……」

 

 しばらくブツブツ言った後で、壁掛けさんは立ち上がった。

 

「まぁいつかは現れるかもしれませんよね」

 

 現れたところでトリオにはなりません。という言葉を飲み込んで私も立ち上がった。頭を下げ、壁掛けさんを見送ろうとした、その時。

 

「そうだ! これ、言うか迷ったんですが、一応伝えておいた方がいいかと思うんです」

「何がです?」

 

 私の問いに、壁掛けさんはもう一度真っ直ぐ私に向き直った。

 

「長らく電話なんてしているものだから、私は他の付喪神より耳がいいんです」

 

 自身の耳を指差しながら、話し出す壁掛けさん。言いたいことが掴めず、やや片眉が上がったのが自分でもわかった。

 

「私は集中すれば、それこそ日本国内どこでも声が聞き取れるかと思います」

「そ、れは、すごいですね」

 

 相槌を打った私に、壁掛けさんは少し視線を彷徨わせた。何をそこまで躊躇うのかと、口を開きかけた時。

 

「少し……良くない方向へ行きかけてる付喪神がいるのではと思います」

 

 言いにくそうに言葉を淀ませつつ、それでも壁掛けさんは言い切った。

 

「……良くない、とは?」

 

 壁掛けさんは視線を落とし、少し考えるような仕草をした。そしてゆっくりと、その口を動かした。

 

「はっきりとしたことは何もわかりません。私の所から西の方にいる、くらいしか……。でも声の主は恐らく私よりも古い付喪神で、とても……重く暗い声で『許さない』そう言っていました」

 

 思わず息を飲んだ。壁掛けさんは、実に表情豊かな付喪神だ。その彼がこうも深刻な顔で告げる、どこかの付喪神の「許さない」の声。それはつまりーー

 

「荒御魂《あらみたま》に変わる恐れが……?」

 

 壁掛けさんは目を閉じ黙った。それは無言の肯定と取れる。

 幸いなことに私がここで勤め始めてから、荒御魂に遭遇したことはないけれど。それこそ先輩たちからの話や、資料を読み知識だけは知っている。荒御魂のその感情が根深いほどに、顕著に災害として表れる。そしてその災害は、甚大な被害になり得る。

 

「この件は必ず局内で共有致します。壁掛けさんも、また何か気になることがありましたら、いつでもお越しください」

「その時はぜひ」

 

 私の言葉に、壁掛けさんは柔らかく微笑み消えていった。

 西にいる、荒御魂になり得る可能性を秘めた付喪神のことを、早急に上層部へ報告をあげるべく書類作成に取り掛かった。

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