先日の荒御魂な可能性を孕んだ付喪神の件を、書類片手に上に報告した。後は上からの指示待ちな平社員の私は、今日も窓口Bで粛々と己が仕事に励んでいる。
本日の来館者は、大正後期の大時計。
「ええー、っと、要点をまとめさせて頂くと、」
「カチッ」
全てがデジタル化されつつある現代において、アナログな時計のあの秒針が動く音はどこか落ち着く。そして目の前の大時計さんも、元を正せば大時計だからだろうか。あのリズミカルなカチカチッという音を口にする。
「故障ではないと言われたものの、時の流れが早い、ということでよろしいでしょうか?」
「カチッ! そう言ってるでしょ。何度も言わせないで」
そう。比喩とかでもなく、目の前の付喪神は、カチッと口にしている。
……これはもしかして人間で言うところの、舌打ちをされているんだろうか?
「一度修理に出された上で、そういう感覚に陥っているということですよね?」
「カチッ! だから感覚だけじゃないのよ!」
やっぱりこれは「チッ」てことなんだろうな……。見た目は上品そうなおば……お姉さんなのに。
「実際に時間が進んでいる、と?」
「それは……」
「進んでいない?」
「カチッ」
大時計さんは舌打ちならぬ秒針打ちをしながら下を向いた。
「そうですねぇ……。一度、当局が指定した時計職人に見てもらう形になるかと思います」
「カチッ。 ……それは信用できる人なの?」
「時計職人ですか? 付喪神対策局が指定した方なので、身元もしっかりしていますし、信用できるのではないかと思います」
「カチカチッ」
おっと、カチッが一回増えた。これは私たちで言うところの「チッチッ」ということだろうか?
「どこか心配なところがありますか?」
「心配というか……。だってどうせその職人、男の人でしょう?」
「え? どう、でしょう、か……。連絡を取ってみなければわからないですが、その可能性もありますね」
「ほら、やっぱり!」
大時計さんは、大げさに身を仰け反らして言う。
「男性の職人だと問題が?」
「大アリでしょう! 私の体を男が触るのよ!カチカチカチッ」
私の体というけれど、触るのは大時計であって、今私の目の前にいる女性の体じゃないですよね? とは思うものの、秒針打ちが「カチカチカチッ」とさらに増えたので言うのを止めた。きっと人間で言うところの「チッチッチッ」ってことだと思うし。
……チッチッチッ? もはや大時計じゃなく、メトロノームか?
「出来るだけ女性の職人でと申請を出してみます」
「そうしてくれると助かるわ、カチッ」
……今の流れでも秒針打ち? え? おかしくない?
「すみません、一つお聞きしたいのですが」
「なんですか?」
あまりに気になった私は、もういっそ聞いてしまえと口を開いた。大時計さんは少し首を傾げながら私を見てきた。
「先ほどからの『カチッ』と言うのは、合図か何かでしょうか?」
「…………かち、ですか?」
今度は逆方向に首を傾げながら、大時計さんは言う。
「まさか自覚がない?」
「カチッ。なんのことですか?」
「あ! ほら、今も」
「えっ!? な、何言って……カチッ、ハッ!?」
大時計さんはあたかも今気づいたかのように、ハッと驚いた顔をしながら口元を抑えた。
「私……かちって言いましたよね?」
「言いましたね」
「も、もしかしてずっと言ってたんですか!?カチッ」
直後もカチカチ言う自分の口元を、今度は両手で抑えた。
「癖か何かですかね?」
「ど、どうでしょう……? 今までそんなこと意識したことなくて……カチッ。ああっ! また!」
大時計さんは慌ててる。あのカチカチは、人間で言うところの舌打ちではなかったということで。それはまるで秒針のようで……あっ!
「あの、一つ推測というか、もしかしたらなんですが……」
躊躇いがちに話し出した私に、大時計さんは答えることなく目を少し大きくして先を促した。
「ご自身で時間を早めてたりしません?カチカチ、って」
それはまるで秒針が時を刻むような音で。そして今日大時計さんは、故障もしていないのに時の流れが早く感じるからここに相談に来ていた。
それはもしかして、時の流れが早くなっているのではなく、自分でカチカチと時の流れを進めているせいなのかもしれない……。
「そ、そんな馬鹿なことありますか!?カチッ」
どうしてもカチカチ言ってしまう大時計さんは、再び口元を手で抑えた。
「あくまで仮説の一つだと思ってください。でも原因がわからない以上、それも調べてみる価値はあるかと思います」
私の言葉に大時計さんは忙しなく目を右に左に動かした後、ため息と共に大きく一つ頷いた。
「ではこちらが指定した方にその線も調べてもらうと言うことでよろしいでしょうか?」
「……」
大時計さんはもう、口を開くことなく、頷くことで返事をし消えていった。
……実際のところはわからないけど……。わりと付喪神はなんでもアリだと思うし、自分で時計の針を進めることだってしてしまうかもしれない。その懸念も書類にまとめ、次の来館者番号を呼んだ。