100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
翌朝、約束の時間より少し早く冒険者ギルドへ着くと、既に何人かの若い冒険者が集まっていた。
受付の前ではリーシャが参加者の確認をしており、昨日と同じ笑顔で俺に気付く。
「おはようございます、リコレットさん」
「おはようございます」
「初心者講習ですね。参加者の皆さんは訓練場へ集まっていますので、奥へどうぞ」
「ありがとうございます」
案内された扉を抜けると、建物の裏には思っていたより広い訓練場があった。
木剣を振るための人形や弓の的、荷物運びの訓練に使うらしい丸太まで並んでいる。
「結構本格的なんだな」
冒険者は実力主義の世界だ。
講習も座学だけでは終わらないのだろう。
辺りを見回すと、参加者は十数人ほど。
年齢はほとんど俺と同じくらいに見える。
その中でも、自然と目を引く四人がいた。
一人は背が高く、肩幅も広い少年。
日に焼けた肌に短く刈った茶髪。腕を組んで豪快に笑っている。
「おいエリオ! 講習なんて気楽に受けりゃいいんだよ!」
声もよく通る。
いかにも前衛職という雰囲気だ。
隣にいる金髪の少年は対照的だった。
整った顔立ちで物腰も柔らかく、困っている参加者へ積極的に声を掛けている。
「初めてだと緊張しますよね。でも皆同じですから、一緒に頑張りましょう」
面倒見が良さそうだ。
その二人の後ろでは、黒髪の細身の少年が苦笑している。
「お前ら、朝から飛ばしすぎだって」
口では呆れているが、三人は随分と仲が良さそうだった。
(あの三人は、もう知り合いなのかな)
昨日リーシャが言っていた。
初心者でも、登録前から知り合い同士で冒険者になる者は珍しくないと。
きっとそういう関係なのだろう。
そして、もう一人。
少し離れた場所で、一人きりで立っている少女がいた。
茶色の髪を後ろで一つに結び、腰には使い込まれた剣を下げている。
時折周囲へ視線を向けては、すぐに目を逸らす。
誰かへ話しかけようか迷っているようにも見えた。
(緊張してるんだろうな)
俺も初めて会社へ出勤した日は、似たような気持ちだった。
話しかけるタイミングを探しているうちに、結局昼休みまで誰とも話せなかったことを思い出す。
その気持ちはよく分かる。
「皆さん、お待たせしました!」
リーシャの声が響く。
参加者全員が自然と前へ集まった。
その後ろから、一人の大男がゆっくり歩いてくる。
身長は2メートル近い。
肩へ大剣を担ぎ、短く刈った黒髪にはところどころ白いものが混じっている。
左頬を走る古傷が歴戦の冒険者であることを物語っていた。
「今日の講師を務めるローガンだ」
低く響く声。
それだけで場が引き締まる。
「ルビー級冒険者で、『銀狼』のリーダーをやってる」
ルビー級。
一流と呼ばれる冒険者だ。
周囲から小さなどよめきが起きる。
「そんなに構えるな」
ローガンは豪快に笑った。
「今日は剣の振り方を教えに来たわけじゃねぇ。もっと大事なことを覚えて帰ってもらう」
その言葉に、新人たちは真剣な表情になる。
ローガンは一人ひとりを見渡してから、ゆっくり口を開いた。
「冒険者として一番大事なのは、強くなることじゃない」
少し間を置く。
「生き残ることだ」
その一言には、不思議な重みがあった。
実際に何度も仲間を失い、それでも前へ進んできた人だけが言える言葉なのだろう。
「強い奴でも死ぬ。才能がある奴でも死ぬ。逆に、大した実力がなくても生き残る奴は生き残る」
ローガンは腕を組む。
「無茶をしない。退く時は退く。仲間を見捨てない。そして、自分も死なない。それができる奴が、最後には一番強くなる」
ローガンはおとなしく話を聞く俺たちを見て、満足そうに頷いた。
「それじゃあ、まずは自己紹介から始めるぞ」
ローガンの一言で、新人たちが順番に前へ出ていく。
名前、得意武器、冒険者になった理由。
内容は人それぞれだった。
「ガレスだ! 将来はドラゴンを倒す!」
最初に名乗った大柄な少年は、やはり豪快だった。
「エリオです。人の役に立てる冒険者を目指しています」
金髪の少年は穏やかに笑う。
「ニール。稼げるって聞いたから来た」
黒髪の少年は肩をすくめるが、その言い方に嫌味はない。
三人とも幼なじみらしく、自己紹介の最中も息がぴったりだった。
そして。
「……セレナです」
茶色の髪を結んだ少女が前へ出る。
「剣を使います。よろしくお願いします」
短い挨拶だけで頭を下げ、足早に列へ戻ってしまった。
やっぱり少し緊張しているらしい。
俺の番になり、一歩前へ出る。
「リコレットです」
視線が集まる。
昨日の受付と同じように、年齢より幼く見えることへ驚いている人も少なくない。
「魔法を少し使えます。よろしくお願いします」
必要以上のことは言わない。
新人冒険者らしく。
それが今の方針だった。
自己紹介が終わると、ローガンは午前の講習を締めくくった。
「十分休め。午後は実技だ」
参加者たちが一斉に散っていく。
その様子を眺めていると、案の定というべきか、ガレスたち三人がセレナの方へ歩いていった。
「なあ!」
ガレスが屈託なく笑う。
「お前、一人なんだろ?」
「え……?」
セレナが小さく肩を震わせる。
「俺たち三人でパーティ組む予定なんだけどさ!」
「あと一人いた方が依頼も受けやすいし」
エリオが穏やかに補足する。
「良かったら一緒にどうかな?」
誘い方そのものは悪くない。
むしろ親切なくらいだ。
だが。
「えっと……私は……」
セレナは困ったように視線を泳がせる。
断りたいわけではない。
でも、急に三人から囲まれてしまい、どう返事をすればいいのか分からない。
そんな様子だった。
「遠慮しなくていいって!」
ガレスは悪気なく笑う。
「俺たち強くなるぞ!」
「その方が安心だしね」
エリオも笑顔のままだ。
ニールだけは「少し押しすぎじゃないか?」という顔をしているが、止めるほどではないと思っているらしい。
……なるほど。悪い子たちではないな。
ただ、勢いが強いだけだ。
営業時代にも、こういう場面は何度か見た。
押しの強い営業担当に、気の弱い新人が返事をできなくなってしまう光景。
そんな時は、話題を変えるか、自然に逃げ道を作るのが一番早い。
俺は三人へ近付いた。
「あの」
四人が一斉にこちらを見る。
「その子なら、私とパーティを組む予定なんです」
もちろん予定などない。
今この瞬間に決めた。
「え?」
セレナが驚いたように俺を見る。
「そうだったのか?」
ガレスはあっさり納得しかけた。
……と思ったら。
「だったらお前も一緒に来いよ!」
「5人パーティなら、もっといいじゃない」
エリオまで笑顔で頷く。
「そうそう」
ニールも肩をすくめる。
「人数は多い方が楽だし」
そうきたか。思った以上に前向きな奴らだな。営業の同僚だったら頼もしいんだが……。
さて、どうしようか。
強く断れば角が立つ。
(ここは、うやむやにしてしまうか)
俺はさりげなく指先を袖の中へ隠した。
誰にも気付かれないよう、ごく小さな魔法陣を展開する。
世界調律師の魔法ではなく、誰でも使える初歩的な風魔法。
ほんの少しだけ風の流れを変えるだけの、小さないたずらだ。
三人の鼻先へ、ふわりと風を送る。
「……ん?」
ガレスが鼻をひくつかせた。
「はっ……」
「へっ……」
「くしゅっ!」
三人がほぼ同時にくしゃみをした。
「なんだ?」
「急に鼻が……」
「砂ぼこりでも飛んでるのか?」
顔を見合わせて首をかしげる。
今だ。
「セレナさん」
俺は自然な笑顔を向けた。
「少し向こうに行こう?」
「え? あ、はい」
セレナも状況を察したのか、小さく頷く。
そのまま二人で少し離れた木陰まで歩いていく。
後ろではまだ三人がくしゃみを繰り返していた。
「ご、ごめんなさい」
セレナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「私のせいで……」
「気にしないでください」
俺は苦笑する。
「あの人たちも悪気はなかったと思います」
「はい……」
「でも、困っていましたよね?」
セレナは少し迷ってから、小さく頷いた。
「初対面の男の人と、急にパーティを組むのは少し怖くて……」
やっぱりそうだった。
断る勇気がないだけだったのだ。
「さっき言った『パーティを組む予定』っていうのは、とっさに思い付いただけなんですなんですけど」
「もし良かったら、本当に私とパーティを組みませんか?」
セレナは少しだけ表情を和らげた。
「その……もし、ご迷惑でなければ」
遠慮がちにこちらを見る。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その瞬間、セレナは今日初めて、心から安心したような笑顔を見せた。