100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
翌朝。
窓から差し込む朝日で目が覚めた。
昨日泊まった白樺亭は、思っていた以上に快適だった。
夜遅くまで酒場の騒ぎが聞こえることもなく、寝台も柔らかい。旅暮らしが長くなれば、こういう宿を知っているかどうかで疲れの取れ方も変わるのだろう。
身支度を整えて食堂へ降りると、女将が大皿を片手に声を掛けてきた。
「よく眠れたかい?」
「はい。すごく快適でした」
「そりゃ良かった」
豪快に笑う姿が頼もしい。
朝食を済ませ、宿を出る。
朝のヴェルグラードは、昨日とはまた違う表情を見せていた。
荷車を引く商人が街道を行き交い、露店では焼きたてのパンの香りが漂う。開店準備を始めた店からは威勢のいい声が聞こえ、街全体がゆっくりと目を覚ましていくようだった。
「リコレット!」
冒険者ギルドの前へ着くと、セレナが手を振っていた。
昨日より表情が柔らかい。
「おはよう」
「おはよう」
自然に挨拶を交わしたところで、二人とも少しだけ笑ってしまう。
「どうしたの?」
「ううん」
セレナが照れくさそうに頬をかく。
「昨日まで『リコレットさん』って呼んでたのに、もう普通に話してるなって」
「ああ」
確かにそうだ。
昨日はまだ遠慮があった。
でも、一緒に講習を受けて、パーティを組む約束をしただけで、随分と距離が縮まった気がする。
(これからしばらくセレナと行動することだし、堅苦しいのは無いほうがいいよな)
「ねえ」
意識的に少し真面目な顔をしてセレナに提案する。
「せっかくパーティを組むんだし、お互いに敬語はやめない?」
セレナの顔がぱっと明るくなる。
「私も、その方がうれしい!」
冒険では息を合わせることが大切になる。
そのたびに堅苦しい話し方をしていたら、きっと疲れてしまうよな。
「じゃあ、今日から改めてよろしくね」
「よろしく」
セレナと握手をして笑いあった。
たったそれだけのことなのに、不思議と「仲間になった」という実感が湧いてきた。
「そうだ」
歩き始めると、セレナが思い出したように口を開く。
「昨日はありがとう」
「昨日?」
「ガレスたちのこと」
「ああ」
初心者講習の休憩時間。
押しの強い三人から助けた場面を思い出す。
「困ってるように見えたから。それにお礼なら昨日も言ってもらったしもう十分だよ」
「本当に困ってたの」
セレナは苦笑した。
「悪い人じゃないのは分かるんだけど、やっぱり男の子は苦手で……」
「だと思った」
営業時代にも、押しの強い人は何人も見てきた。
まあ、営業なら意図的に断りづらくするんだが……。
「実はね」
セレナは少し言いづらそうに続ける。
「昨日泊まった宿でも、ちょっと似たようなことがあって」
「え?」
「夕食を食べてたら、お酒を飲んだ冒険者の人たちに絡まれちゃって」
思わず眉をひそめる。
「大丈夫だった?」
「宿の人が止めてくれたから」
そう言って笑うものの、その笑顔は少し引きつっていた。
「『一緒に飲もう』くらいならまだ良かったんだけど、『俺たちのパーティに入れ』って何度も言われて」
「それは大変だったね」
「うん、だから宿は変えたいなって」
ヴェルグラードは冒険者の街だ。
人が多い分、そういうことも珍しくないのだろう。
「今日はまず買い物だったよね?」
「うん。でも、その前にリーシャさんへ聞いておきたいことがあるの」
「宿のこと?」
「それもあるけど、お店も」
「宿だったら、私が昨日泊まった宿は良かったよ。私、こんな見た目だけど絡んでくる男もいなかったし」
「そうなんだ。じゃあ私も同じところにしようかな」
冒険へ出るなら、どこで装備や日用品を買うのがいいのか知っておきたい。
土地勘のない俺たちだけで歩き回るより、その方が確実だ。
「じゃあ、先に受付へ行こうか」
「そうしよう」
二人は並んで冒険者ギルドの扉を開けた。
ギルドへ入ると、昨日までの慌ただしい空気とは少し違っていた。
朝一番ということもあり、依頼書の前には冒険者たちが集まり、真剣な表情で紙を見比べている。
「薬草採取ならこっちだ」
「いや、森の方は昨日の雨で足場が悪いぞ」
そんな会話があちこちから聞こえてきた。
「朝は依頼を探す人が多いんだね」
「うん。良い依頼は早い者勝ちだから」
セレナが小声で教えてくれる。
なるほど、条件の良い案件は競争率が高いということだな。
冒険者もサラリーマンも似たようなものらしい。
受付へ近付くと、リーシャがこちらへ気付いて柔らかく微笑んだ。
「おはようございます。今日はお買い物でしたよね」
「うん。その前に少し相談があって」
セレナが昨日の宿での出来事を簡単に説明する。
リーシャは最後まで聞くと、小さく息をついた。
「やっぱりありましたか」
「やっぱり?」
「初心者の方や女性の方は、ときどき絡まれてしまうんです」
困ったように笑う。
「もちろん度が過ぎればギルドから注意しますし、悪質なら処分もあります。でも、お酒が入ると気が大きくなる方もいらっしゃるので……」
冒険者の街らしい悩みだ。
「おすすめの宿はありますか?」
「でしたら、白樺亭ですね」
「あ、やっぱりそこおすすめなんだ」
リーシャが地図を広げ、一軒の宿を指差す。
「女将さんが元冒険者なので、問題を起こすお客様はほとんどいません。女性冒険者にも人気ですよ」
「ありがとう」
「それから、お買い物でしたらこちらもおすすめです」
今度は地図へ二つの丸を付ける。
「武具ならアイゼン武具店。新人向けの品が多くて、押し売りもしません」
「押し売りしないって大事なんだ」
「ええ」
リーシャは少し苦笑した。
「冒険者になったばかりだと、高価な装備を勧められて困る方もいますから」
なるほど、道理だ。
初心者ほど知識がないから、信頼できる店選びも重要ということか。
「日用品でしたら青葉雑貨店です。旅道具も揃っていますし、店主さんが親切ですよ」
「助かるよ」
「お役に立てて良かったです」
リーシャは嬉しそうに微笑んだ。
ギルドを出ると、まずは昨日泊まった白樺亭へ向かう。
「いらっしゃい!おや?そっちの子はもう戻ってきたのかい?」
奥から現れた女将は堂々とした女性で、昨日は気にしていなかったが日に焼けた腕はたくましく、元冒険者という言葉に納得してしまった。
「うん、今日も泊まりたいけど、この子も一緒に」
「一泊銅貨三十枚、朝食付きだよ」
セレナへの説明はそれだけ。余計な売り込みもない。
昨日泊まって分かったが、寝台も掃除が行き届いているんだよな。
「ここなら安心できそう」
セレナがほっと息をつく。
「昨日の宿とは全然違うよ」
「やっぱり宿選びって大事なんだな」
「うん」
二人で宿を後にすると、石畳の通りを並んで歩き始めた。
朝の陽射しを浴びながら賑わう商店街を歩いていると、自然と足取りも軽くなる。
「次は武具店だね」
セレナが地図を見ながら言う。
通りの先には、大きな剣の看板が掲げられた店が見えていた。
俺たちはその店へ向かって歩き出した。
アイゼン武具店は、街でもひときわ大きな店だった。
入口の扉を開けると、鉄を打つ乾いた音と油の匂いが迎えてくれる。
壁には剣や槍が整然と並び、棚には盾や胸当てが所狭しと置かれていた。
「いらっしゃい」
奥から現れた店主は、白髪交じりの大柄な男だった。
俺たちの装備へ一度だけ視線を向けると、営業用の笑顔ではなく職人らしい落ち着いた表情で頷く。
「新人冒険者か」
「はい」
「なら今日は見るだけでも構わん。分からないことがあれば聞け」
ここも売り込む様子はない。
リーシャが勧めてくれた理由が何となく分かった。
店内を見て回っていると、俺の視線は自然とセレナの剣へ向いた。
飾り気はない。
柄には長年使われた跡があり、新品とは言えない一本だった。
それでも刃は丁寧に研がれ、鞘にも傷一つない。
「その剣、大事にしてるんだね」
そう言うと、セレナは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「お父さんにもらった剣なの」
「お父さんが使ってたの?」
「うん。昔は冒険者だったんだって」
柄へそっと触れる。
「引退する時に『今度はお前が使え』って」
その声には誇らしさが滲んでいた。
「だから、一人前になるまではこの剣を使い続けたいの」
「いい話だね」
自然と言葉が漏れる。
武器そのものではなく、受け継いだ想いが大切なのだろう。
「リコレットの剣も、すごく手入れが行き届いてるよね」
今度はこちらが尋ねられた。
「リコレットって魔法使いだけど、剣も使えるの?」
「護身術くらいかな」
嘘ではない。
世界調律師の修行で叩き込まれたとは、とても言えないだけだ。
「一応、師匠に教わったから」
「へぇ」
セレナは感心したように頷く。
「じゃあ、今度教えてもらおうかな」
「期待しないでね」
本気で教えたら、たぶん新人向けでは済まなくなる。
心の中だけでそう付け加えた。
武具店では砥石と手入れ用の油だけを購入し、二人は次の店へ向かう。
青葉雑貨店は武具店とは対照的だった。
木の棚へ生活用品がぎっしり並び、旅人や主婦らしき客で賑わっている。
「あ、収納袋」
棚の上へ、小さな革袋が飾られていた。
店員がすぐに説明してくれる。
「こちらは初心者向けの収納袋になります」
「いくらですか?」
「金貨三十枚です」
思わず値札を見直した。
……思ったより高いな。
宿なら何百泊もできる金額だ。
「収納魔法は高度な魔法ですからね」
店員は慣れた様子で笑う。
「冒険者でも持っている方は多くありません」
「そうなんだ」
俺は思わず肩へ掛けた収納袋へ手をやりかけて、慌てて止めた。
そういえば、これは空間魔法の偽装のためにカサンドラが用意してくれた品だが、それ自体一般の冒険者が気軽に持てる物ではなかったらしい。
「便利そうだけど、今は無理だね」
セレナも苦笑する。
「いつか買えるように頑張ろう」
「そうだね」
買い物を終える頃には、日が傾き始めていた。
二人は近くの食堂へ入り、温かい煮込み料理を注文する。
素朴な味だったが、歩き回った後の体にはよく染みた。
「明日はいよいよ初依頼だね」
セレナが期待に満ちた声で言う。
「薬草採取なら、私たちにもできそう」
「最初は経験を積むことが大事だからね」
ローガンやサイラスの言葉を思い出す。
焦る必要はない。
一歩ずつ進めばいい。
「じゃあ、明日の朝もギルドで」
「うん、約束」
食事を終え、それぞれの部屋へ戻るため白樺亭へ向かう。
窓から見えるヴェルグラードの夜景は、昼とは違う活気に満ちていた。
酒場から漏れる笑い声。
街灯に照らされた石畳。
どこか遠くで奏でられる楽器の音。
宿の部屋へ戻った俺は、荷物を整理しながら小さく息をついた。
冒険者登録も済ませた。
仲間もできた。
宿も決まった。
買い物も終えた。
「よしよし、順調だな」
明日からは本格的に冒険者として働き始める。
世界調律師だということも誰にも知られていない。
うん。ここまでは完璧なんじゃないか?
「これなら、ちゃんと一般人として溶け込めてるはず」
そう一人で満足しながら、俺は明日の依頼に備えて早めに寝台へ潜り込んだ。
もちろん、その自信が本人だけのものだとは、まだ気付いていなかった。