100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
翌朝、まだ朝露の残る時間に宿を出る。セレナはすでに宿の入口で待っていた。
「おはよう、リコレット」
「おはよう。待たせた?」
「ううん、私も今外に出たところ」
ぎこちない雰囲気はもうない。やっぱり早い段階で敬語をやめて正解だったと思った。
しばらく二人で並んで話しながら歩く。そうしているうちに冒険者ギルドに到着した。
「じゃあ、依頼を探そう」
依頼掲示板の前には、朝早くから多くの冒険者が集まっていた。
討伐、護衛、荷運び、採集。
様々な依頼が並ぶ中から、俺たちは昨日決めていた薬草採取の依頼書を見つける。
『薬草採取 報酬:銅貨40枚』
初心者向けと書かれた依頼だ。
「これでいい?」
「うん。最初は経験を積むのが大事だから」
受付へ持っていくと、リーシャが依頼書を確認して微笑んだ。
「薬草採取ですね。街の北にあるルーベルの森が採取場所です。街道沿いなので迷うことはありませんが、まれにはぐれた魔物が出ることがありますので気を付けてください」
「分かりました」
依頼票を受け取り、二人でギルドを後にする。
街を抜けると、石畳はやがて土の街道へ変わった。
朝の風は心地よく、遠くには森が広がっている。
「ここは、お父さんによく連れてきてもらった森なんだ」
セレナが懐かしそうに目を細める。
「小さい頃から?」
「うん。剣だけじゃなくて、薬草の見分け方も教えてもらったの」
そう言って胸を張る姿は少し誇らしげだった。
森へ入ると、空気がひんやりと変わる。
木漏れ日が地面へ落ち、小鳥の鳴き声が静かな森へ響いていた。
「依頼の薬草はね、湿った場所に生えやすいの」
セレナは迷いなく歩き始める。
「葉っぱの縁が少しギザギザしてて、裏側が少し白っぽいのが目印。似た草もあるけど、茎の香りが違うから分かるよ」
一本摘み取って俺へ差し出した。
「ほら、この香り」
爽やかな青い香りが鼻をくすぐる。
「なるほど」
実践を交えて説明してくれるから分かりやすい。
お父さんから教わったという話は本当らしい。
もっとも――。
(そこまでしなくても場所は分かるんだけどな)
俺の視界には、この森全体へ広げた魔力の流れが自然と映っていた。
一般人には見えないほど薄く広げた探査術式だ。
世界調律師として使うにはあまりにも初歩的な術式だが、人に見られても気付かれない程度に抑えれば問題ない。
目的の薬草が生えている場所だけが、視界に投影した地図へ自然と浮かび上がってくる。
「セレナ、この辺りにもあるみたい」
「え?」
俺が指差した木陰へ近付くと、そこには薬草が数株まとまって生えていた。
「あ、本当だ」
セレナが少し驚いたように俺を見る。
「よく見つけたね」
「なんとなく、生えそうな場所かなって」
もちろん演技だ。
「勘」という便利な言葉は、こういう時に助かる。
「あ、それなら私も負けてられない」
セレナは楽しそうに笑い、別の方向へ歩いていく。
その後も二人で森の中を歩き回り、薬草を摘み取っていく。
セレナは父から教わった知識を頼りに、一株ずつ丁寧に探していく。
一方の俺は、探査術式で場所を把握し、自然な速度に見えるよう気を付けながら採取していった。
……このくらいなら、不自然には見えないはずだ。
森へ入って30分ほど経つ頃には、依頼で必要な量の半分近くを採取できていた。
「順調だね」
セレナは摘み取った薬草を籠へ入れながら満足そうに笑う。
「初めてでこんなに見つかるなんて思わなかった」
「今日は運が良かったのかも」
そう答えながらも、内心では少し反省していた。
俺が探査術式で場所を把握している以上、「運が良い」程度へ収めなければならない。
見つけるたびに真っ直ぐ薬草の場所へ向かえば不自然になるので、途中で別の植物を眺めたり少し遠回りしたりして時間を調整している。
一般人を演じるというのは、力を隠すだけじゃない。
知っていることを知らないふりをする技術も必要だ。
「リコレット」
セレナがしゃがみ込み、一株の薬草を指差した。
「これは根っこから抜いちゃ駄目なんだよ」
「そうなの?」
「うん。根を残しておけば、また来年も生えてくるから」
そう言って、茎だけを器用に摘み取ってみせる。
「依頼は採れればいいってわけじゃなくて、次の人のことも考えないと駄目なんだって、お父さんが言ってた」
なるほど。冒険者にも資源を管理するという考え方があるわけだ。
当たり前のことのようだが、それをきちんと教えてくれる父親だったらしい。
「勉強になるよ」
「えへへ」
褒められたことが嬉しかったのか、セレナは少し照れくさそうに笑った。
それからさらに採取を続け、依頼で指定された数量は無事に集まった。
「これで終わりかな」
「うん、十分だと思う」
セレナが籠を見下ろいて頷く。
俺は収納袋の口を開き、採取した薬草を傷付けないよう丁寧に中へ納めていく。
「えっ?」
手を止めたセレナが、収納袋と俺の顔を何度も見比べた。
「どうしたの?」
「その袋……収納袋だったの?」
しまった。
昨日、雑貨屋で値段を見て「高いな」と思ったばかりなのに、普通に使ってしまった。
とはいえ、今さら隠す方が不自然だ。
「ああ、これ?」
収納袋を軽く持ち上げる。
「師匠から餞別にもらったんだ」
嘘ではない。
カサンドラから渡された品なのは事実だ。
「すごい……」
セレナは目を丸くしたまま袋を見つめている。
「昨日お店で見たよね。金貨30枚もしたのに」
「私もびっくりした」
これも嘘ではない。
値段を聞いた時は本当に驚いた。
「師匠って、すごい人なんだね」
「うん」
それは間違いない。
世界で一番すごい人の一人だ。
ただ、その説明だけは絶対にできなかった。
「いいなあ」
セレナは少し羨ましそうに笑う。
「収納袋があったら、薬草も潰れないし、水も食料もたくさん持ち歩けるのに」
「便利なのは確かだね」
「いつか冒険者として頑張って、お金を貯めて買いたいな」
「そうだね。でも一緒に冒険している間はセレナの荷物も預かれるよ」
そう言うとセレナは嬉しそうに笑った。
……そんな話をしながら、森の奥へちらりと視線を向ける。
探査術式の端が、わずかな魔力の揺らぎを捉えていた。
人間ではない。
魔物だ。
しかも単独でこちらへ近付いてきている。
(リーシャが話してた"はぐれ魔物"か)
まだ距離はある。
セレナは気付いていない。
俺は何事もない顔を保ったまま、揺らぎの動きを静かに追い続けた。
魔力の揺らぎは、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。
数は一体。
大きさからして、おそらくゴブリンだ。
(はぐれなら新人でも対処できる相手だけど……)
俺一人なら一瞬で終わる。
けれど今は新人冒険者として行動しなければならない。
「セレナ」
小声で呼び掛ける。
「……どうしたの?」
「向こうから何か来る」
セレナの表情が引き締まる。
すぐに剣の柄へ手を掛け、俺が見ている方向へ視線を向けた。
ガサリ。
茂みが揺れ、小柄な人影が飛び出してくる。
緑色の肌。
粗末な棍棒。
ゴブリンだった。
「ゴブリン!」
セレナが一歩前へ出る。
だが、その距離では少し遠い。
このままでは先に向こうが飛び込んでくる。
(新人らしく……新人らしく)
頭の中でサイラスの言葉がよみがえる。
――目立つな。
――力を見せる必要はない。
よし。
普通の魔法使いらしく、一発だけ撃とう。
もちろん世界調律師の術式ではなく、冒険者なら誰でも知っている初級魔法だ。
俺は短杖を構えて魔力を細く収束させる。出力も必要最小限に抑える。
炎は一直線に飛び、ゴブリンの頭を撃ち抜いた。
「ギャッ!」
短い悲鳴を上げ、ゴブリンはその場へ倒れ込んだ。
しばらく痙攣した後、動かなくなる。
「……倒した」
セレナが目を丸くする。
「一撃で?」
「頭を撃ちぬいたからね」
俺は杖を下ろした。
威力はかなり抑えた。
普通の初級魔法と大差ないはずだ。
「大丈夫?」
「う、うん」
セレナは警戒しながらゴブリンへ近付き、剣先で軽く突いて確認する。
「もう動かない」
ほっと息をつき、こちらを振り返った。
「助かったよ」
「怪我がなくて良かった」
これなら十分新人らしい対応だっただろう。
派手な魔法も使っていない。
森も吹き飛ばしていない。
サイラスが見ていても合格点をくれるはずだ。
「それにしても……」
セレナは不思議そうな顔で首をかしげる。
「リコレットって、本当に魔法が上手なんだね」
「そう?」
「講習の時も思ったけど、ちゃんと狙った場所へ当てるし」
「ああ、それは師匠が厳しかったから」
これも事実ではある。
外せば100回でも1000回でもやり直しだった。
今思い返しても、修行はなかなか厳しかったと思う。
「その師匠って、やっぱりすごい人なんだ」
「うん」
世界最強の7人のうちの一人なんです……とはもちろん言えないな。
「よし」
セレナは剣を鞘へ納める。
「薬草も集まったし、依頼達成だね」
「帰ろうか」
二人は森を後にした。
街道を歩きながら、俺は小さく胸をなで下ろす。
収納袋のことは少し驚かれた。
でも、師匠からの贈り物で納得してもらえた。
ゴブリンも一般魔法で倒した。
うん。
今日も新人冒険者らしく振る舞えたと思う。
これなら誰にも世界調律師だとは気付かれないだろう。
◇
その隣で歩くセレナは、ちらりとリコレットを見上げた。
(収納袋を普通に持ってて)
(ゴブリンを一撃で倒して)
(それで本人は「普通」だと思ってるんだよね……)
口には出さない。
出したら失礼な気がした。
けれど、小さく笑みだけは浮かんでしまう。
「どうしたの?」
「ううん」
セレナは首を横へ振った。
「何でもない」
そう答えながら、少しだけ思う。
――リコレットって、やっぱり少し変わった子だ。
そんなことには当の本人だけがまったく気付かないまま、二人は冒険者ギルドへの帰路を歩いていった。