100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
薬草を抱えて冒険者ギルドへ戻ると、朝よりもずっと賑やかになっていた。
依頼を終えた冒険者たちが受付前へ列を作り、討伐した魔物を運び込む者や、新しい依頼票を手に外へ出ていく者が絶えない。
「結構混んでるね」
「この時間が一番多いのかも」
セレナと並んで列へ加わる。
依頼一つ終えただけなのに、不思議と少し誇らしい気分だった。
もちろん、一般の冒険者として見ても薬草採取など散歩のようなものだ。それでも初めて受けた依頼を最後までやり遂げたという達成感はある。
しばらく待つと、リーシャがこちらへ気付いて笑顔を向けた。
「リコレットさん、セレナさん、お疲れさまでした」
「ただいま戻りました」
「薬草採取ですね。確認しますので、お預かりします」
俺は収納袋から薬草を取り出して机へ並べる。
収納袋を見たリーシャは一瞬だけ目を丸くしたが、特に何も言わず薬草の状態を確かめ始めた。
「量も品質も問題ありません。綺麗に採れてますね」
「セレナが採り方を教えてくれたので」
「そうだったんですね」
リーシャは微笑みながら薬草を箱へ移す。
「初心者の方は根まで抜いてしまうことも多いんですが、これはきちんと茎だけ採れています」
隣でセレナが少し照れたように笑う。
「父から教わったことを伝えただけです」
「それでも大切なことですよ」
受付嬢らしい穏やかな口調だった。
依頼票へ印を付けると、リーシャが次の書類へ手を伸ばす。
「それと、ゴブリンを討伐されたんですよね?」
「あ、はい」
森を出る前に魔石だけは回収しておいた。
世界調律師としては魔物を魔力へ還元して終わりでいいが、冒険者はそうはいかない。魔石を持ち帰って初めて討伐した証明になる。
収納袋から小さな魔石を取り出して差し出すと、リーシャは慣れた手つきで光へかざした。
「大理石級ゴブリンですね。問題ありません」
石板のような台へ魔石を置くと、淡い光が走る。
「これは?」
思わず尋ねると、リーシャが説明してくれた。
「魔石の品質を確認する魔道具です。割れていたり、魔力が抜けていたりすると買い取り価格が変わることがありますので」
なるほど。
世界調律師の目でよく見れば仕組みはすぐ分かった。内部に組まれた簡易術式が魔力密度を測定しているだけだ。
もちろん、そんなことは口にしない。
「綺麗な状態ですね」
リーシャは魔石を木箱へしまった。
「今回は薬草採取の依頼達成報酬が銅貨40枚。それとゴブリンの魔石買い取りが銀貨1枚です」
そう言って並べられた硬貨を見て、俺は少しだけ驚いた。
薬草採取より魔石の方が高い。
「討伐の方が報酬がいいんですね」
「ええ。危険が伴いますから」
リーシャは頷く。
「魔物討伐は、依頼とは別に魔石を買い取る仕組みなんです」
「依頼じゃなくても?」
「はい。街の近くで偶然魔物を倒した場合でも、魔石を持ってきていただければ買い取りできます」
なるほど。
だから冒険者は魔石を回収するのか。
世界調律師としては魔物を倒すこと自体が目的だったので、素材や魔石の流通までは深く考えたことがなかった。
営業職だった頃の癖なのか、こういう経済の仕組みは少し興味が湧く。
「素材も同じですか?」
「はい。例えばウルフの毛皮やオークの素材など、需要のあるものは別料金で買い取ります」
リーシャは受付の後ろに掛けられた一覧表を指差した。
「素材は鮮度や傷の有無で値段が変わりますし、その時々の需要でも変動します。魔石は比較的価格が安定していますね」
「へぇ……」
「ダンジョンへ行くような冒険者になると、依頼報酬より素材の売却益の方が多いことも珍しくありませんよ」
完全に市場原理で動いているらしい。
カサンドラからは世界全体のことは習ってきたが、冒険者一人ひとりの生活となると新鮮な発見ばかりだった。
「勉強になります」
「分からないことがあれば、いつでも聞いてくださいね」
リーシャは硬貨を袋へ入れて差し出した。
「それでは、こちらが今回の報酬です」
俺は袋を受け取り、中を軽く確認する。
銅貨40枚と銀貨1枚。
金額そのものより、『自分で働いて得たお金』という感覚の方が大きかった。
「ありがとうございます」
「ありがとうございました」
俺とセレナは揃って頭を下げ、受付を離れた。
ギルドを出ると、セレナが嬉しそうに報酬袋を揺らした。
「初依頼、成功だね」
「そうだね」
依頼そのものは順調だった。
薬草採取も問題なく終わり、はぐれゴブリンも倒せた。
新人としては上出来だろう。
「この後どうする?」
「時間もまだあるし、お昼でも食べようか」
「賛成」
近くの食堂へ入り、窓際の席へ腰を下ろす。
昼時ということもあり、店内は冒険者や商人で賑わっていた。
注文を済ませると、セレナが報酬袋を開く。
「銀貨一枚って、思ったより大きいね」
銀貨を光へかざしながら、しみじみと呟いた。
「お父さんからは『最初の頃は宿代で消える』って聞いてたけど、本当にそんな感じ」
「宿代が銅貨三十枚だから……」
頭の中で簡単に計算する。
薬草採取の報酬だけでは、二人で一泊すればほとんど残らない。
今回は魔石の買い取りがあったから少し余裕ができたが、毎日魔物を倒せるとは限らない。
「新人がいきなり稼げる仕事じゃないんだね」
「うん」
セレナは頷く。
「だから無理をして怪我をする人もいるって、お父さんが言ってた」
報酬の高い依頼ほど危険も増す。
生活費を稼ぐために背伸びをして命を落とす。
そういう話なのだろう。
料理が運ばれてくる。
香ばしく焼かれた鶏肉に、焼きたてのパン、それから野菜のスープ。
素朴だが、働いた後の食事は格別だった。
「美味しい」
「うん」
しばらく無言で食べ進める。
食事を終えた頃、セレナがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、リコレットって収納袋を持ってるよね」
「うん」
「それなら、今度から共同の荷物は全部お願いしてもいい?」
「もちろん」
そのための収納袋だ。
「食料とか、水とか、ロープとか」
「薬草も潰れないしね」
「助かる!」
セレナはほっとしたように笑う。
「私、一人だったら収納袋なんて当分買えそうにないから」
「パーティなんだから、それくらい気にしなくていいよ」
収納袋が一つあるだけで、行動できる範囲は大きく広がる。
食料を多く持ち運べる。
予備の武器も運べる。
回収した素材も傷めずに済む。
高価なのも納得だった。
食堂を出ると、二人は街をゆっくり歩きながら宿への道を戻る。
「明日はどうする?」
セレナが尋ねる。
「もう一度薬草採取でもいいし、別の依頼でもいいけど」
俺は少し考える。
昨日と今日で、この街の冒険者の雰囲気はだいぶ分かってきた。
新人は無理をしない。
少しずつ経験を積む。
ローガンもそう言っていた。
「もう少し薬草採取を続けよう」
「私もその方がいいと思う」
二人の意見は一致した。
焦る必要はない。
世界調律師としてではなく、一人の新人冒険者として歩むなら、このくらいの速度がちょうどいい。
「じゃあ明日も朝ギルドで」
「うん、約束」
軽く手を振って、それぞれ自分の部屋へ戻る。
宿の廊下を歩きながら、俺は今日受け取った報酬袋を軽く握った。
自分の力で働き、稼いだお金。
サラリーマンだったからか、その重みは銀貨一枚以上の価値があるように感じられた。
明日もまた、冒険者として一日を積み重ねよう。
そんなことを考えながら、俺は部屋の扉を静かに開けた。
◇
翌朝。
目を覚ました瞬間、何となく身体が重かった。
「……昨日歩き回ったからかな」
薬草採取くらいで疲れるような身体ではないはずだが、妙に腰の辺りが落ち着かない。
寝返りを打とうとした時、違和感がさらに強くなった。
「ん?」
寝台から起き上がり、何気なく掛け布団へ視線を向ける。
赤い染みが目に入った。
「…………え?」
一瞬、思考が止まる。
怪我をした覚えはない。
昨日のゴブリンとも距離を取って戦った。
なら、この血は――。
「……あ」
そこでようやく思い至る。
思春期の女の身体。
そして昨日まで何事もなかった。
「もしかして……生理?」
頭では知っている。
女性なら誰もが経験する自然なことだとは思うが、生憎100年間男として生きてきた身だ。
知識として知っていることと、自分の身に起きることは全く違った。
「ど、どうしよう」
思わず部屋を行ったり来たりする。
世界調律師として100年生きてきて、この状況が一番動揺している気がする。
「カサンドラに相談……」
そこまで考えて首を振った。
いや。
こんなことで朝から通信を飛ばしたら、きっと呆れられる。
『女性なら普通のことです』
と一言で終わる未来が見えた。
「……普通に考えよう」
今必要なのは、経験者へ聞くことだ。
幸い、一人心当たりがある。
俺は身支度を整えると、少し緊張しながら隣の部屋をノックした。
「セレナ、起きてる?」
扉が開き、セレナが眠そうな顔を覗かせる。
「リコレット? どうしたの?」
「その……相談があるんだけど」
俺の表情を見た瞬間、セレナの眠気が吹き飛んだようだった。
「何かあった?」
「実は……」
周囲を気にしながら、小さな声で事情を話す。
数秒後。
「ああ」
セレナは納得したように頷いた。
「リコレット、初めてなんだね」
「うん……」
恥ずかしくて目を合わせられない。
「大丈夫、大丈夫」
セレナは慌てる様子もなく部屋へ招き入れてくれた。
「私も最初はびっくりしたから」
その一言だけで、少し肩の力が抜ける。
「まずは替えが必要だね」
収納箱から布を取り出し、使い方を一つずつ説明してくれる。
「最初は違和感があると思うけど、すぐ慣れるよ」
「ありがとう……」
本当に助かった。
一人だったらどうしていいか分からなかっただろう。
「下着も替えた方がいいね」
「あ……」
そういえば。
"そういう"下着など一枚も持っていない。
これまでは魔法で適当に作った下着だけで困らなかった。
「じゃあ、お店へ行こう」
「今から?」
「うん。必要なものだし」
セレナは当然のように頷く。
「女の子なら誰でも通る道だから、気にしなくていいよ」
その言葉に背中を押され、二人で街へ出た。
案内された衣料品店は、女性客ばかりだった。
「いらっしゃいませ」
店員の笑顔に、なぜかこちらまで緊張する。
「初めてなら、この辺りがおすすめですよ」
手際よく品物を選び始める店員とセレナ。
一方の俺は、完全についていけなかった。
「こっちは普段用で」
「替えも何枚かあった方がいいかな」
「素材はこちらの方が――」
専門用語が飛び交う。
「……難しい」
思わず本音が漏れた。
「リコレット?」
「いや、魔法の理論書より難しい気がして」
その一言に、セレナは吹き出した。
「普通そこは比べないよ」
「そうかな」
「そうだよ」
二人で笑い合う。
気付けば、さっきまでの動揺はすっかり消えていた。
買い物を終えて宿へ戻る途中、セレナが何気なく言う。
「困ったことがあったら、これからも遠慮なく聞いてね」
「うん」
素直に頷く。
「今日は本当に助かった」
「お互い様だよ。パーティなんだから」
セレナがいてくれて助かった。
今日の依頼は休むことになったけれど、悪い一日ではなかった。
世界調律師としての知識があっても、一人ではどうにもならないこともある。
でも、誰かへ頼れるというのは、悪くないものだ。
そんな当たり前のことを考えていた。
魔法で汚れを分解すれば良かったと気づくのは、寝る直前になってからだった。