100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
リコレットとパーティを組んでから数日。
私は宿の部屋で、一人ぼんやりと天井を眺めていた。
今日は依頼を休みにした。
リコレットが体調を崩したからだ。
……いや、体調を崩したという言い方は少し違うかもしれない。
女の子なら誰でも経験する、ごく普通のこと。
今朝、真っ青な顔で私の部屋を訪ねてきたリコレットを思い出す。
『その……相談があるんだけど』
あんなに困り切った表情は初めて見た。
収納袋を当たり前のように持ち歩いて、ゴブリンを一撃で倒してしまう子なのに、生理が初めてで右往左往している姿は、年相応の女の子そのものだった。
思い出すと、自然と口元が緩む。
「ふふっ……」
最初は、少し変わった子だと思っていた。
初心者講習で初めて会った時もそうだ。
見た目は私より幼く見えるのに、話し方はどこか落ち着いていて、大人びている。
それでいて、男の子たちに囲まれて困っていた私を、何でもないことのように助けてくれた。
おかげで、講習の残りは安心して受けることができた。
その時は、優しい子なんだな、くらいにしか思っていなかった。
でも、一緒に買い物へ行って、その印象は少し変わる。
武具店では店主さんの話を真剣に聞いていたし、雑貨店では商品の値段を見て、本気で驚いていた。
収納袋を見て目を輝かせていた時なんて、子どもみたいだった。
それなのに――。
『セレナの荷物も預かれるよ』
自分では高価な収納袋を持っていることを、まるで特別だと思っていない様子だった。
師匠からもらった、と当たり前のように話していたけれど、金貨30枚もする品を弟子へ贈るなんて、普通の師弟じゃない。
きっと、とても立派な人なんだろう。
薬草採取へ行った時も驚かされた。
薬草を見つけるのが妙に上手だったし、はぐれゴブリンが現れた時も落ち着いていた。
あの時の炎の魔法。
一瞬でゴブリンの頭を撃ち抜いて、それで終わり。
派手ではなかった。
だからこそ分かる。
狙った場所へ、狙った威力だけを届けるなんて、簡単にはできない。
父も昔、「本当に上手い人ほど無駄な動きをしない」と言っていた。
リコレットも、それに近いものを感じる。
「師匠、厳しかったから」
そう笑っていた姿を思い出す。
きっと何年も修行したんだろう。
……何年くらいなんだろう。
十年?
いや、私と同じくらいの年齢にしか見えないんだから、それはないかな。
そんなことを考えていると、故郷のことを思い出した。
私の村は、ヴェルグラードから何日も離れた小さな農村だ。
畑仕事をして、収穫の時期になれば村のみんなで喜んで、冬が来れば薪を集める。
そんな穏やかな場所だった。
父は昔、冒険者だった。
でも、大きな怪我をして引退し、村へ戻ってきた。
それからは畑を耕しながら、暇を見つけて私へ剣を教えてくれた。
『力だけじゃ駄目だ』
『相手をよく見ろ』
『勝てない相手からは逃げろ』
何度も聞かされた言葉。
子どもの頃は臆病だと思っていた。
でも、初心者講習でローガンさんも同じようなことを言っていた。
父は、自分の経験から教えてくれていたんだと思うと嬉しくなった。
村を守れるくらい強くなりたい。
父みたいに誰かを守れる人になりたい。
それが私の夢。だから私は冒険者になった。
でも、村を出てすぐに思い知る。
世の中には、自分よりずっとすごい人がたくさんいる。
ガレスみたいに力の強い人。
ニールみたいに素早い人。
エリオみたいに魔法が得意な人。
そして――リコレットみたいな人。
不思議な子だ。
強いのに威張らない。
知識があるのに、自慢しない。
困っている人を見つけたら、自然に手を差し伸べる。
それなのに、自分のことになると少し抜けている。
さっきだって、生理用品を選びながら真剣な顔で悩んでいた。
『魔法の理論書より難しい気がして』
あれには思わず笑ってしまった。
普通、そんな比べ方はしない。
でも、あの子は本気でそう思っていたんだろう。
そんなところも、少し可愛いと思ってしまう。
私は苦笑しながら寝返りを打った。
依頼を休んだおかげで、今日は珍しくゆっくりできている。
リコレットも、今日は部屋で休んでいるはずだ。
宿の窓から差し込む夕日が、部屋をオレンジ色に染めていた。
私はゆっくりと身体を起こし、小さく伸びをする。
今日は依頼を休んだおかげで、久しぶりにのんびり過ごせた。
……とはいえ、一日中休んでいたわけじゃない。
午前中はリコレットに付き添って街へ出て、必要な物を買い揃えた。
最初はどうなることかと思ったけれど、帰る頃にはいつもの調子を取り戻していた。
あの立ち直りの早さも、リコレットらしい。
コンコン。
不意に扉がノックされた。
「セレナ、起きてる?」
ここ数日で聞き慣れた声。
「起きてるよ」
扉を開けると、リコレットが少し照れくさそうに立っていた。
「今日はありがとう」
開口一番、その言葉だった。
「急に押しかけちゃったのに、いろいろ教えてくれて」
「気にしなくていいよ」
私は笑って首を振る。
「私だって最初はお母さんに教えてもらったし」
困った時は助けてもらう。
今度は自分が誰かを助ける。
それだけの話だ。
リコレットはほっとしたように笑う。
「実はね」
少し言いづらそうに頭をかいた。
「女の子って大変なんだなって思った」
思わず吹き出してしまう。
「今さら?」
「今さら」
真面目な顔で頷くものだから、余計におかしかった。
「まあ、そのうち慣れるよ」
「慣れたいような、慣れたくないような……」
そんなことをぼやく姿は、昨日まで森でゴブリンを一撃で倒していた人とは思えない。
本当に不思議な子だ。
「そういえば」
リコレットが表情を明るくした。
「明日からは依頼に行けそう」
「本当に?」
「うん。下着も買ったしもう大丈夫」
その一言を聞いて安心した。動けない時間は個人差が大きいから。
今日のリコレットの様子から、彼女は一日休めば十分だろうとは思っていたけれど、本人の口から聞けるとやっぱり安心する。
「じゃあ、また薬草採取?」
「どうしようかな」
少し考え込む。
「薬草採取もいいけど、他の依頼も見てみたい気がする」
「私も」
経験を積むなら、いろいろ挑戦した方がいい。
もちろん危険な依頼はまだ早いけれど、荷運びや採集なら選択肢は増えるはずだ。
「明日ギルドで相談しようか」
「そうしよう」
約束を交わし、リコレットは自分の部屋へ戻っていった。
扉が閉まる音を聞きながら、私は静かに息を吐く。
村を出る時、お父さんは言っていた。
『一番大事なのは、信頼できる仲間を見つけることだ』
当時は、強い仲間のことだと思っていた。
でも今なら少し分かる。
信頼できるというのは、強さだけじゃない。
困った時に助け合えて。
嬉しい時には一緒に笑えて。
安心して背中を預けられること。
そういう相手のことを言うんだ。
リコレットは、少し……いや、かなり変わっている。
収納袋を当たり前のように持ち歩いていたり。
魔法の腕が新人離れしていたり。
ときどき年齢以上に大人びたことを言ったかと思えば、生理くらいで真っ赤になって慌てたり。
見ていて飽きない。
それでも、一つだけ確信していることがある。
あの子は人を騙そうとはしていない。
だから安心できる。
だから一緒に冒険したいと思える。
窓の外では、夕焼けが少しずつ群青色へ変わり始めていた。
「明日も頑張ろう」
小さく呟く。
冒険者になってまだ数日。
不安はもちろんある。
でも、一人じゃない。
隣にはリコレットがいる。
そう思うだけで、明日が少し楽しみになるのだった。