100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
俺たちはヴェルグラードの大迷宮、その入口へ続く道を歩いていた。
街の中心部から少し離れた場所にある大迷宮は、遠目からでも分かるほど大きな建造物に囲まれている。
入口そのものは、拍子抜けするほど普通だった。
巨大な石造りの門。
その向こうへ、多くの冒険者が出入りしている。
大迷宮という名前から、もっと物々しい場所を想像していたのだが、少なくとも入口付近は冒険者ギルドの延長線上にあるような雰囲気だった。
「ここが大迷宮か……」
セレナが門を見上げる。
「思ってたより普通ですね」
フリーダも同じような感想を口にした。
「中に入れば分かるって話だ。1層からいきなり普通の洞窟じゃないらしいからな」
ガレスが答える。
その隣ではニールが周囲を見回していた。
「昨日聞いた話だと、1層へ入った直後から廃墟の街が広がってるらしいぞ」
「本当に街になっているんでしょうか?」
「さあな。俺も実際に見るのは初めてだ」
エリオが持ってきた荷物を確認する。
「水と食料は十分あります。怪我をした場合のための薬もありますし、エリオの治癒もある。準備としては問題ないでしょう」
「それなら行こう」
ガレスが先頭へ立った。
俺たちも続く。
門を抜ける。
その瞬間、周囲の景色が変わった。
「……え?」
セレナが立ち止まった。
俺も同じように足を止める。
そこにあったのは、洞窟ではなかった。
石畳の道。
左右に並ぶ建物。
崩れた壁や屋根。
道の先には、どこまでも続いているように見える街並みが広がっている。
空は曇っていた。
雨が降っているわけではないのに、太陽の光はどこにもない。それでも真っ暗というわけではなく、薄暗い昼間くらいの明るさが保たれている。
「……本当に街だ」
セレナが呟いた。
「聞いてはいましたけど、これはすごいですね」
フリーダが周囲を見回す。
俺も建物を眺めた。
確かに、普通の街にしか見えない。
ただし、人の気配だけが完全に欠けている。
窓は割れ、扉は外れ、道には長い年月を経たような土埃が積もっている。
それでも建物の形は残っている。
まるで、誰もいなくなった街をそのまま切り取って、別の場所へ持ってきたようだった。
「これ、本当にダンジョンなんだよな?」
ガレスが確認する。
「そういうことになっています」
フリーダが答えた。
「どういうことになっているんだよ」
「私にも分かりません」
フリーダは真面目な顔で答えた。
それもそうか。
ダンジョンとは、周囲に溜まった魔力が内部の構造や魔物まで作り変えてしまう空間だ。
原理を知っている俺からすれば、この景色自体に不思議はない。
ただ、実際に見ると規模が大きすぎる。
「とりあえず、勝手に動かないようにしよう」
ガレスが全員を見る。
「俺が前を歩く。セレナも前衛として少し後ろについてくれ。ニールは周囲を警戒。エリオは中央。フリーダは後ろから魔法で援護。リコレットは……」
「私も治癒と補助魔法が使えるから、エリオと同じで中央にいる」
「じゃあ、セレナとフリーダの間くらいで頼む」
自然な配置になった。
ガレスが先頭。
その少し後ろにセレナ。
中央に俺とエリオ。
後方をフリーダとニールが警戒する。
……悪くない。
前衛が2人いることで、俺たち3人だけの時よりも余裕がある。
それにニールが後方を見てくれるので、不意打ちへの対応もしやすい。
「何か見つけたら声をかけてくれ」
「分かった」
ガレスの指示にセレナが頷く。
俺たちは廃墟の街を歩き始めた。
しばらく進んでも、景色はほとんど変わらない。
建物が並び、道が続く。
たまに道が分岐する。
時々、建物の中へ続く扉も見つかる。
「これ、どこまで続いてるんだろう」
セレナが呟いた。
「分からないらしい。1層だけでもかなり広いって話だからな」
ガレスが答える。
そのとき、ニールが足を止めた。
「待った」
全員が止まる。
ニールが前方の建物を指差した。
「道の先に何かいる」
目を凝らす。
建物の陰から、緑色の身体が覗いていた。
「ゴブリンだ」
セレナが剣へ手をかける。
「数は?」
「3……いや、5だ」
ニールが答えた。
俺も魔力で周囲を確認する。
他にはいない。
5匹。
大理石級の魔物としては珍しくない。
問題なく対応できるだろう。
「俺とセレナで前を押さえる」
ガレスが斧を構える。
「エリオは支援を頼む。フリーダは隙ができたら魔法を」
「分かりました」
「任せてください」
俺は少し後ろへ下がった。
ここで俺が目立つ必要はない。
ガレスが踏み込んだ。
ゴブリンの1匹が棍棒を振り上げる。
ガレスは正面から受け止めず、身体を横へずらして攻撃を避ける。そのまま斧を振り下ろし、相手を大きく後退させた。
セレナも別の1匹へ向かう。
2人の前衛がそれぞれ敵を引き受けることで、ゴブリンの群れが分断されていく。
「今です!」
フリーダが杖を構えた。
杖先へ炎の術式が組み上がる。
飛び出した炎が、セレナとガレスの間を抜けてゴブリンへ向かう。
直撃した1匹が倒れた。
「あと3匹!」
ニールが短剣を構えた。
そのまま横から回り込み、ゴブリンの背後へ入る。
無理に正面から戦わず、相手がガレスへ気を取られた瞬間に短剣を突き込む。
ゴブリンが倒れた。
残りは2匹。
セレナが1匹を引きつけ、ガレスがもう1匹を押さえる。
俺はその様子を見ながら、必要な場所だけへ手を加えることにした
「ガレス!補助いくよ!」
ガレスの足元に小さな風を流す。
僅かに身体が軽くなる程度の補助だが、ガレスには十分だろう。
セレナの剣が振り抜かれる。
その軌道をほんの少しだけ補助する。
結果として、ゴブリンの腕をかわした刃が肩口へ入った。
最後の1匹は、エリオが放った神聖術式で動きを鈍らせ、フリーダの魔法が仕留めた。
「終わったな」
ガレスが斧を下ろす。
「怪我は?」
「俺は大丈夫」
「私も大丈夫です」
セレナが腕を確認する。
「エリオのおかげで助かったよ」
「これくらいなら任せてください」
エリオが嬉しそうに答える。
俺は倒れたゴブリンを見た。
魔石を取り出せば、ギルドで買い取ってもらえる。
戦闘自体は問題ない。
6人なら、確かに大理石級の魔物は余裕を持って処理できる。
「じゃあ、先へ行こう」
ガレスの言葉に、俺たちは再び歩き始めた。
それからしばらく進んだところで、俺は建物の壁に妙なものがあることに気づいた。
看板だ。
建物の入口の上に、文字が書かれている。
昨日、ガレスたちが話していたものだ。
「これが読めない文字か」
セレナが見上げる。
「見たことのない形ですね」
フリーダも看板へ近づいた。
「文字そのものは、何か規則性があるように見えますけど……」
俺も看板を見る。
当然、読める。
書かれているのは、この世界のどの国でも使われていない文字だ。
旧世界の文字でもない、異界の言語。
だが世界調律師である俺には読むことができる。
そして、この看板には――。
「食料品店、かな」
俺は何気なく呟いた。
「……え?」
フリーダが振り返った。
しまった。
「今、なんて言いました?」
「いや、たぶん食料品店かなって」
「どうしてですか?」
フリーダが看板を見る。
「文字、読めないんですよね?」
「……雰囲気で」
「雰囲気で?」
フリーダが首を傾げる。
まずい。
魔法で翻訳したと言うわけにもいかない。
「ほら、絵が描いてあるし」
看板の端には、確かに何かの食材らしき絵が描かれている。
苦しい。
かなり苦しい説明だ。
フリーダは看板と俺を交互に見る。
「……なるほど?」
本当に納得したのか、それとも納得したことにしてくれたのかは分からない。
「でも、リコレットって時々変なこと知ってますよね」
「そうかな?」
「はい。魔法のこととか、治癒術式のこととか」
「冒険者をやってると、そのくらい覚えることもあるよ」
「そうでしょうか」
フリーダはまだ何か言いたそうだったが、やがて看板へ視線を戻した。
助かった。
今度から余計なことは言わないようにしよう。
普通の人が知らないような知識を、全部そのまま披露するわけにはいかない。
「この建物、入ってみる?」
ニールが尋ねる。
「いや、今日はやめておこう」
ガレスが答えた。
「宝箱がある可能性はあるけど、今はまだ道を覚える方が優先だ。帰る道が分からなくなったら困る」
なるほど。
確かにその通りだ。
ダンジョンは一定期間で内部が変動する。
今見つけた道が、次に来たときも同じとは限らない。
それでも探索中に自分たちの位置を把握することは重要だ。
「じゃあ、この道をまっすぐ進んでみよう」
6人で進む。
廃墟の街には、時々妙なものが残されていた。
壁に描かれた絵。
何かを並べるための棚。
用途の分からない道具。
そして、誰にも読めない看板。
まるで誰かが暮らしていた街を、そのまま閉じ込めたような場所だ。
俺はそれらを眺めながら歩いた。
このダンジョンがどのようにして発生したのか、その理由は知っている。
けれど、そこに存在するものすべてが単純な魔力の産物というわけでもない。
少なくとも、この街には元になった何かがあるように見える。
だからこそ、人はダンジョンへ惹かれるのだろう。
知らないものを見つける。
まだ誰も知らない場所へ進む。
その結果、何かを手に入れる。
それは冒険者にとって、十分な理由になる。
「リコレット、こっち」
セレナの声が聞こえた。
「どうしたの?」
「建物の向こうに道があるみたい」
「分かった」
俺は考えを切り替え、セレナたちの後を追った。
6人で並んで歩く。
先頭のガレスが周囲を警戒し、セレナがその後ろを支える。
ニールは時折後方を確認し、エリオが全体を見ながら歩いている。
フリーダは魔法を使う準備をしながら、珍しいものを見つけるたびに興味深そうに眺めていた。
そして俺は、バレないように探査術式を使いつつ、そんな5人を見ながら歩く。
3人では不安だった大迷宮も、6人なら今のところ問題ない。
初めての探索としては、悪くない滑り出しだった。