100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
それからしばらく、俺たちは1層の探索を続けていた。
大迷宮の低層1層は、どこまで行っても同じような廃墟の街が続いている。建物の形や道幅には違いがあるものの、人が暮らしていた痕跡だけを残して誰もいなくなった街という印象は変わらない。
ただ、魔物の数はそれほど多くなかった。
ゴブリンやウルフが時折姿を見せる程度で、6人で行動している俺たちなら危なげなく対処できる。
「こっちに足跡がある」
先頭を歩いていたガレスが、道端を指差した。
近づいて見ると、確かに土埃の上にいくつかの足跡が残っている。
「ゴブリンかな」
「たぶんそうだと思う」
ニールがしゃがみ込み、足跡を確認する。
「まだ新しい。こっちへ行ったみたいだな」
「じゃあ、追ってみる?」
セレナが剣へ手を添える。
「待って。少しだけ確認する」
ニールは周囲の建物を見回した。
「足跡は複数あるけど、数までは分からない。道の先に建物があるから、そこを通るなら警戒した方がいい」
昨日のニールとは少し印象が違う。
初心者講習の頃は軽口ばかり叩いていたが、実際にダンジョンへ入ってみると、こういう細かなところをよく見ている。
「それなら、俺とセレナが前を行く」
ガレスが言った。
「エリオは後ろを見てくれ。フリーダは中央から周囲を警戒。リコレットは――」
「足りないところを補うよ」
「頼む」
ガレスが頷いた。
6人で慎重に進む。
建物の角を曲がったところで、セレナが手を上げた。
「……待って」
全員が足を止める。
セレナは前方を見ながら、少しだけ身体を低くした。
「何か聞こえる」
耳を澄ます。
遠くから、何かを引きずるような音が聞こえた。
ガリ、ガリ、と石を擦る音。
それに混じって、複数の足音もある。
「近いな」
ガレスが斧を構えた。
ニールが周囲を確認する。
「前から来る。数は……」
そこで、突然地面が揺れた。
「え?」
セレナが驚いて足元を見る。
小さな揺れではない。
石畳が震え、建物の壁から細かな砂埃が落ちてくる。
「全員、その場から動かないで!」
エリオが声を上げた。
その判断は正しかった。
俺たちがいた道の先で、石造りの建物が音を立てて動き始めた。
崩れた壁が押し合うように移動し、道を塞いでいく。
逆に、さっきまで壁だった場所がゆっくりと開き、その向こうに別の道が現れた。
ダンジョンの変動だ。
「これが……」
フリーダが呟く。
「話に聞いていた変動ですか?」
「ああ。たぶんそうだ」
ガレスが答える。
問題は、変動が起きている最中だということだった。
俺たちの周囲でも建物が動いている。
その向こう側から、さっき聞こえていた足音が近づいてきた。
「来るぞ!」
ニールが叫んだ。
建物の陰から、ゴブリンが飛び出してきた。
1匹ではない。
2匹、3匹と続き、その後ろからさらに姿を現す。
「多い!」
セレナが剣を構えた。
ざっと見ただけでも10匹以上いる。
大理石級のゴブリンそのものは、6人なら問題なく倒せる。
ただし、この数を一度に相手にするとなれば話は変わる。
「ガレス、防御をかけるから前をお願い!」
「任せろ!」
俺が防御術式を発動させると、即座にガレスが踏み込んだ。
最初のゴブリンの棍棒を斧で受け流し、そのまま肩からぶつかって後ろへ押し飛ばす。
セレナも横から入り、別のゴブリンへ剣を振る。
だが、数が多い。
1匹を倒している間に、別の個体が横から回り込んでくる。
「右!」
ニールが叫んだ。
セレナが振り返るより早く、ニールの短剣が飛んだ。
ゴブリンの手に当たり、棍棒が地面へ落ちる。
「今!」
セレナが踏み込んだ。
無防備になった相手を斬り伏せる。
「助かった!」
「気にするな!」
ニールは短剣を回収しながら、次の敵を探す。
なるほど。
ニールは単純に背後から攻撃するだけではなく、仲間が動きやすくなるように敵の手数を減らしている。
その間にも、フリーダが魔法を組み上げていた。
「数が多すぎます。少し下がってください!」
杖先へ炎が集まる。
前衛が下がった瞬間、炎がゴブリンたちの足元へ広がった。
直接倒すためではなく、進路を塞ぐための攻撃だ。
ゴブリンたちの動きが止まる。
「今のうちに数を減らそう!」
セレナが踏み込んだ。
ガレスと並んで前へ出る。
エリオはその後ろから全体を見ていた。
「セレナ、左腕!」
セレナが反応する。
直後、死角から飛び込んできたゴブリンの棍棒を剣で受け止めた。
「ありがとう!」
「怪我はありませんか?」
「大丈夫!」
エリオは頷くと、今度はガレスへ視線を向ける。
「ガレス、後ろ!」
「なにっ?」
ガレスが振り返る。
そこへゴブリンが迫っていた。
俺はとっさにガレスの後ろに障壁を張った。
「うおっ!」
ガレスに切りつけようとしたゴブリンが障壁に当たり、ガラスが割れるような音とともに後ろに吹き飛ばされる。
「……今のはリコレットの魔法か?」
「そう! でも、今の魔法はもう切れてるから気を付けて!」
「そうか!ありがとな!」
俺は周囲を確認する。
まだ数は多い。
このままでも勝てるが、問題はダンジョンの変動が続いていることだ。
さっきまで通れた道が壁になり、逆に別の場所が開いている。
戦闘中に足場まで変われば、6人全員を守りながら戦うのは難しくなる。
「エリオ、フリーダ!」
俺はこっそり迷宮の魔力の流れを読み取り、足場の変化がなさそうな場所を見つけて2人に声をかけた。
「この辺りで維持できそう?」
「やってみます!」
「分かりました!」
エリオが神聖術式を展開し、周囲の仲間を支える。
フリーダは炎の術式を細く調整し、ゴブリンの進路だけを狙って牽制する。
それによって敵の動きがまとまり、ガレスとセレナがまとめて相手をできるようになった。
数分後。
最後のゴブリンが倒れた。
「……終わった」
セレナが残心を解く。
「みんな、怪我は?」
「俺は平気だ」
「僕も問題ありません」
エリオが答える。
「ニールは?」
「かすっただけ」
ニールが腕を見せる。
浅い傷だ。
「それくらいなら、私が治すよ」
俺は傷へ手をかざした。
魔力を流す。
傷口がゆっくり閉じていく。
「もう大丈夫」
「ありがとう」
ニールが少し驚いたように腕を見る。
「リコレットって、本当に何でもできるんだな」
「そうでもないよ」
できることを全部言ったら、たぶん話がややこしくなる。
それより、今は別の問題だ。
「道が変わったみたい」
俺たちの後ろを振り返る。
さっきまで歩いてきた道が、完全に塞がっている。
「帰れない?」
セレナの顔が少し強張った。
「いや、入口までの道が変わっただけ」
俺は周囲を探る。
新しく開いた道の先に、いくつかの分岐がある。
そのうち1つは、俺たちが入ってきた方向へ繋がっている。
「多分こっち」
「分かるんですか?」
フリーダが尋ねる。
「地形を見れば何となくね」
実際には探査している。
ただ、それを説明する必要はない。
「行こう」
新しく開いた道を進む。
しばらくすると、崩れた建物の奥に小さな部屋が見えてきた。
そこだけ妙に綺麗だった。
「……あれ?」
セレナが足を止める。
「宝箱じゃない?」
部屋の中央に、古びた箱が置かれている。
蓋には傷があるものの、壊れてはいない。
「本当にあった……」
フリーダの目が輝いた。
ニールが周囲と箱を確認する。
「罠はなさそうだ」
「じゃあ、開けてみよう」
ガレスが蓋へ手をかける。
ゆっくり開く。
中に入っていたのは、小さな宝石だった。
透明感のある石がいくつか並んでいる。
「綺麗ですね」
エリオが覗き込む。
「これ、結構高いんじゃないか?」
ニールが石を持ち上げる。
後でギルドへ持っていけば、金貨3枚くらいにはなるだろう。
「今日は大当たりですね!」
フリーダが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、これを戦利品にして帰ろう」
ガレスの提案に全員が賛成した。
来た道を戻る。
変動が終わった後の大迷宮は、先ほどまでとは少し違う姿になっていたが、入口へ向かう道は見つけることができた。
やがて、薄暗い廃墟の街の向こうに外の光が見える。
「外だ!」
セレナが声を上げた。
門を抜けた瞬間、空の明るさが妙に眩しく感じられた。
外へ出た。
ただそれだけなのに、少しだけ安心する。
「お疲れ様でした」
エリオが全員へ声をかける。
「思ったより大変だったな」
ガレスが笑った。
「でも、6人なら何とかなった」
「最初はどうなるかと思ったけどな」
ニールが肩を回す。
「それでも、楽しかったです」
フリーダは宝石の入った袋を眺めていた。
やっぱり、この子は宝箱が一番楽しみだったらしい。
俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かい、魔石と宝石を換金した。
報酬を分けたところで、ガレスが俺たちへ向き直る。
「なあ、リコレット、セレナ、フリーダ」
「どうしたの?」
「これからも、俺たちと一緒にやらないか?」
セレナとフリーダを見る。
2人とも、すぐには答えなかった。
嫌というわけではない。
ただ、積極的に賛成しているわけでもない。
俺でもそのくらいは分かったし、たぶん俺も同じ気持ちだ。
ガレスたちは悪い人間ではないし、今回の探索でもかなり助けてもらった。
けれど、俺たちは3人で組んだばかりだ。
フリーダが加わってから、3人で冒険することが楽しくなってきたところでもある。
なら、ここは断った方がいいだろう。
「ごめんね。これからも一緒にっていうのは断らせてほしい」
ガレスが少し残念そうな顔をする。
「何か問題があったか?」
「そういうわけじゃないよ。むしろ、今日は助かったし、すごく楽しかった」
俺はセレナとフリーダを見る。
2人も頷いている。
「ただ、私たちは女の子だけで冒険したいから」
「……ああ」
ガレスが納得したように頷いた。
「そういうことなら仕方ないな」
「俺たちとしても、また一緒に行けるなら嬉しいけどな」
ニールが言う。
「うん。機会があったら、また一緒に冒険しよう」
俺が答える。
「おう!」
ガレスが笑った。
「じゃあ、今回はこれで解散だな。また大迷宮に行く時は声をかけてくれ」
「その時はよろしくお願いします」
エリオも笑顔で手を振る。
「セレナ、フリーダ、リコレット。またな!」
「うん。またね」
セレナが手を振る。
「今日はありがとうございました」
フリーダも頭を下げる。
3人組と別れ、俺たちはギルドを出た。
「……これでよかった?」
俺がそう言うとセレナが答える。
「私はいいと思う」
フリーダも頷いた。
「私もです。6人での探索は楽しかったですけど、やっぱり3人で活動する方が落ち着きます」
「私も同じだよ」
3人で歩き始める。
今回の大迷宮探索は、思っていたよりずっと楽しかった。
宝石も手に入ったし、6人で協力することで、俺たち3人だけでは難しかった場所にも行けた。
それに、セレナとフリーダだけでなく、ガレスたち3人の成長も見ることができた。
冒険者として活動するのも、悪くない。
そう思ったところで、俺はふと足を止めた。
……そろそろ、本来の目的についても考えないとな。
ヴェルグラードに来たのは、冒険者になるためだけじゃない。
俺には、この街に建てなければならないものがある。
世界調律師としての、俺自身の塔。
そのことを、そろそろ真剣に考える時期が来ていると思う。