100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
そろそろ塔について考えないとな。
ヴェルグラードへ来てからの、冒険者としての生活は思っていた以上に楽しい。
セレナと2人で依頼をこなし、フリーダが加わってからは3人で討伐依頼にも挑戦した。大迷宮ではガレスたちと一緒に低層を探索し、宝箱まで見つけることができた。
冒険者としての経験を積むこと自体は、これから旅をするうえでも役に立つだろう。
ただ、俺がこの街へ来た本来の目的は、それではない。
世界調律師としての塔を建てること。
それが、今の俺が最優先でやるべきことだ。
とはいえ、塔を建てると言っても、いきなり街の真ん中に巨大な建物を作るわけにはいかない。
一般人には、俺はただの新人冒険者だ。
そんな人間が突然、「ここに私の塔を建てます」なんて言い出したら、どう考えても怪しい。
出来る出来ないで言えば、魔法を使ったゴリ押しは出来るのだが、その瞬間普通の人間ではないことが周囲にバレるだろう。
それに、カサンドラからも具体的な場所を指定されたわけではない。
以前、ヴェルグラードに来ることを決めた時に言われたのは、この街で自分の拠点になる場所を見つけておきなさい、ということだった。
俺としては、それなら普通の家でも借りればいいのではと思ったのだが、世界調律師の塔は俺自身と魔力的に結び付く特殊な施設だ。
普通の家を借りて済ませるわけにもいかない。
どうしたものか。
そんなことを考えながら、俺はセレナとフリーダと一緒に冒険者ギルドへ向かっていた。
「今日は何の依頼を受けますか?」
フリーダが掲示板を眺めながら尋ねる。
「まだ決めてないよ。何か良さそうなのがあれば受けよう」
最近は3人でギルドへ来ることにもすっかり慣れていた。
最初の頃はセレナも依頼を探すだけで緊張していたが、今では掲示板の前で報酬や依頼内容を確認しながら、自分たちにできそうなものを選んでいる。
「これはどうでしょう?」
フリーダが1枚の依頼書を指差した。
「薬草採取ですね。報酬は……うーん」
「前にもやったし、今日は別のにしようか」
俺が依頼書を眺めていると、隣からセレナが別の紙を取り上げた。
「こっちは魔物の討伐。報酬も悪くないです」
「それなら、こっちにしようか」
俺が手を伸ばしかけたところで、別の依頼書が目に入った。
「……ん?」
他の依頼書とは少し離れた場所に貼られている。
紙そのものも少し古い。
内容は簡単だった。
幽霊屋敷の調査。
ヴェルグラード郊外にある古い屋敷で、以前から奇妙な現象が起きているらしい。
物音がする。
誰もいない部屋の扉が開閉する。
家具が勝手に動く。
夜になると屋敷の窓に人影が見える。
……なるほど。
確かに、これは幽霊屋敷と言われても仕方がない。
「リコレット?」
「どうしたの?」
セレナとフリーダが俺の手元を覗き込んだ。
「幽霊屋敷の調査だって」
「幽霊……ですか?」
セレナの表情が少し固くなる。
「本当に幽霊がいるんでしょうか」
「どうだろうね」
俺は依頼書を読み進めた。
依頼主は屋敷の所有者。
屋敷自体はかなり前に建てられたものらしいが、現在は誰も住んでいない。
問題は屋敷そのものではなく、その周辺だった。
近隣の住民が幽霊屋敷を怖がって近寄らなくなり、空き地や周辺の土地にも住みたがる人が減っている。
このままでは周辺一帯が寂れてしまうため、原因を調べて問題を解決してほしい。
そこまでは普通の調査依頼だ。
ただ、その下に書かれていた一文が気になった。
「……問題を解決した場合、報酬として屋敷を譲渡?」
思わず声に出してしまった。
「屋敷を、ですか?」
フリーダが依頼書を覗き込む。
「本当ですね。報酬として金銭をもらうのではなく、屋敷そのものをもらえるみたいです」
「どうしてそこまで?」
セレナも不思議そうにしている。
「それだけ困っているんじゃないかな」
俺は依頼書を読み返した。
屋敷の周囲に人が住みたがらない。
屋敷そのものも長い間使われていない。
持ち主からすれば、維持費だけがかかる厄介な物件なのだろう。
だから、問題を解決してくれる人間に屋敷を渡してしまった方が都合がいい。
なるほど。
そういう事情なら、話は分かる。
「でも、幽霊屋敷ですよ?」
セレナが少し心配そうに言う。
「怖くないですか?」
「私は平気ですよ」
フリーダが即答した。
「魔法で説明できる現象なら、むしろ興味があります」
「……フリーダはそういうところ、強いよね」
「幽霊より魔法の方が面白いですから」
その発想は魔術師として正しいのかもしれないな。
俺は依頼書を眺めながら考える。
幽霊が本当にいるのかどうかは分からない。
ただ、世界調律師として見れば、幽霊という存在そのものは実は珍しいものではない。
少なくとも、俺がこれまで見てきた範囲では、幽霊と呼ばれているものの中には、死者の魂とは別の存在もかなり多い。
精霊や魔力生命体、あるいは魔道具の残留魔力。
一般人が見れば、どれも幽霊にしか見えないだろう。
「リコレット、どうしますか?」
セレナが尋ねる。
俺は依頼書をもう一度確認した。
「この依頼、受けてみようか」
「本当に?」
「うん。調査するだけなら、そこまで危険じゃないと思う」
俺がそう答えると、セレナは少し考えてから頷いた。
「分かりました。私も行きます」
「私も賛成です!」
フリーダが嬉しそうに手を挙げた。
これで決まりだ。
俺は依頼書を受付へ持っていく。
「リーシャさん、この依頼を受けたいんだけど」
「幽霊屋敷ですか?」
受付のリーシャさんが依頼書を確認し、少しだけ困ったような顔をした。
「これ、まだ残っていたんですね」
「結構前からあるの?」
「はい。何組か調査に行っているんですが、原因が分からないまま戻ってきた人が多くて」
「危険だった?」
「怪我をした人はいません。ただ、家具が動いたとか、誰もいない部屋から音がしたとか、そういう報告ばかりで……」
なるほど。
少なくとも、魔物が住み着いているような状況ではなさそうだ。
「それなら、私たちが調べてみるよ」
「本当に大丈夫ですか?」
リーシャさんが俺を見る。
その視線には、明らかに心配の色があった。
見た目だけなら、俺は10歳そこそこにしか見えない。
「大丈夫ですよ」
俺は笑って答えた。
こういう時は、見た目相応に振る舞う方がいい。
「セレナとフリーダも一緒ですし」
「それなら……」
リーシャさんは2人へ視線を向ける。
セレナは背筋を伸ばして頷き、フリーダは元気よく笑った。
「気をつけてくださいね」
「はい」
依頼を正式に受け、俺たちは屋敷の場所を教えてもらった。
ギルドを出て、しばらく街を歩く。
「そういえば、リコレット」
セレナが隣から声をかけてきた。
「何?」
「さっきの屋敷をどうして選んだんですか?」
「それは……」
少し考える。
ここで本当の理由を話すわけにはいかない。
「実は、師匠から頼まれていることがあるんだ」
「師匠?」
フリーダが反応した。
「うん。私に魔法を教えてくれた人」
これは嘘ではない。
カサンドラは俺の師匠だ。
「師匠から、この街で拠点になるような場所を見つけてきなさいって言われていてね」
「拠点ですか?」
「そう。冒険者として活動するなら、いつまでも宿暮らしというわけにもいかないから」
これは半分本当だ。
俺の場合、宿暮らしが嫌というわけではない。
ただ、自分の塔が必要なだけだ。
「なるほど……」
セレナが納得したように頷く。
「それなら、屋敷がもらえるならちょうどいいですね」
「うん」
そう。
俺もそこが気になっている。
屋敷。
しかも、周囲の人間が怖がって近寄らないほど長い間使われていない。
一般的な感覚なら、かなりの事故物件だ。
けれど俺にとっては、むしろ好都合だった。
誰かが住んでいる場所を勝手に塔へ変えるわけにはいかない。
既に使われていない建物なら、その問題はない。
それに、屋敷なら改装してしまえばいい。
外から見た時には普通の建物にして、内部を塔として使えるように整える。
世界調律師の塔は、別に見た目が本当に塔である必要はない。
カサンドラの塔は一般的な塔の形をしているが、サイラスの塔は大灯台、マティアスの塔は校長室として扱われている。
ならば屋敷でも問題はない。
……待て。
これ、もしかしてかなり条件がいいんじゃないか?
俺は歩きながら、もう一度依頼内容を頭の中で整理する。
問題を解決すれば屋敷が手に入る。
周辺住民も困っている。
長期間使われていないから、俺が拠点にしても反対されにくい。
そして、幽霊屋敷と呼ばれるほど人が近づかないなら、多少内部を弄っても不思議には思われないだろう。
……いけるのでは?
思いついた瞬間、妙にしっくりきた。
「リコレット?」
「え?」
「どうかしましたか?」
セレナとフリーダがこちらを見る。
「いや、何でもないよ」
俺は笑って誤魔化した。
まだ決まったわけじゃない。
幽霊屋敷の問題を解決できるかどうかも分からないし、屋敷の状態も見ていない。
それでも、ここ数日ずっと頭の片隅にあった問題について、ようやく一つの答えが見えた気がする。
もし、この屋敷を手に入れられるなら。
そこを俺たち3人の拠点にする。
そして、その奥に――世界調律師としての俺の塔を作る。
「それじゃあ、急ごうか」
「はい」
「幽霊がどんなものなのか、楽しみですね!」
……フリーダは本当に楽しそうだ。
幽霊屋敷へ向かう道を歩きながら、俺は少しだけ先のことを考える。
塔を建てる。
世界調律師になった時から決まっていたことなのに、実際に自分の拠点を作るとなると、妙に実感が湧いてくる。
俺自身の塔。
これから長い時間を過ごすことになる場所だ。
せっかくなら、気に入った場所にしたい。
まずは幽霊屋敷の問題を解決しよう。
その結果、あの屋敷が本当に俺の塔になれば――。
少しだけ、楽しみになってきた。