100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
ヴェルグラードの中心街を抜け、しばらく歩いたところで、周囲の景色が少しずつ変わってきた。
建物の数が減り、道の両側には手入れされていない草地が目立つようになる。
「この辺りですか?」
フリーダが手元の地図を確認した。
「たぶん、もう少し先だね」
俺も周囲を見回す。
依頼書に書かれていた場所は、ヴェルグラードの中心からそれほど遠くない。馬車ならもっと早く着ける距離だが、今回は歩いてきた。
その理由は単純で、俺たち3人なら急ぐ必要がないからだ。
「……あれじゃないですか?」
セレナが前方を指差した。
草木の向こうに、古い建物が見えている。
2階建ての大きな屋敷だった。
外壁はところどころ黒ずみ、蔦が壁を覆っている。庭も長い間手入れされていないらしく、伸び放題になった草が建物の周囲を埋めていた。
屋敷そのものはかなり立派だ。
昔はそれなりに裕福な人間が住んでいたのだろう。
「……確かに、これは人が住みたくないですね」
セレナが率直な感想を口にする。
「幽霊が出ると言われても納得してしまいます」
「私は結構好きですよ」
フリーダはむしろ楽しそうだ。
「古い建物には、昔の魔法式なんかが残っていることがありますから」
「フリーダは本当に魔法が好きなんだな」
「はい!」
即答された。わかってはいたが。
俺は屋敷を見上げる。
建物そのものからは、特に異常な魔力は感じない。
少なくとも、強力な魔物が潜んでいる様子はなかった。
「まずは外を確認してみようか」
3人で屋敷の周囲を歩く。
庭には枯れた木が何本かあり、古い井戸もあった。建物の裏側には小さな倉庫がある。
どれも長い間使われていないようだった。
「何か気になるものはありますか?」
フリーダが尋ねてくる。
「今のところはないかな」
正確には、気になるものがないわけではない。
屋敷の中に、わずかに魔力の流れがある。
ただ、それだけなら古い魔道具が残っているだけという可能性もある。
「じゃあ、中へ入ろう」
正面玄関へ向かう。
扉に手をかけたところで、セレナが止まった。
「鍵は?」
「かかってないみたい」
試しに押してみる。
扉は、ぎい、と音を立てて開いた。
「……本当に開いた」
セレナが剣へ手を添える。
「気をつけよう」
「はい」
フリーダも杖を構える。
俺は2人の様子を見ながら、屋敷の中へ入った。
玄関ホールには埃が積もっている。
壁には古びた絵が掛けられ、左右にはいくつかの部屋へ続く扉が並んでいた。
家具も残っているが、どれも長い間使われていないようだ。
「ここで何が起きたんでしょうね」
フリーダが周囲を見回す。
「依頼書には、物音がすると書いてあったよね」
「はい。それと家具が勝手に動くとか」
その時廊下の奥から、何かが転がる音がした。
カラン、と乾いた音が響く。
セレナがすぐに振り向く。
「今の音……」
「見に行ってみよう」
俺たちは音のした方へ向かった。
そこには、古い花瓶が落ちていた。
「誰か触ったんでしょうか?」
フリーダが周囲を見る。
「この埃を見る限り、人が通った跡はなさそうだけど」
セレナがしゃがみ込み、花瓶を確認する。
俺も周囲を探った。
やはり魔力の流れがある。
しかも、さっきより少し強くなっている。
「……なるほど」
「どうしました?」
「何でもないよ」
俺は何食わぬ顔で答えた。
まだ確信がない。
もう少し調べる必要がある。
その後も屋敷の中を進んでいくと、奇妙な現象が次々と起きた。
誰も触れていない扉が閉まる。
廊下に置かれていた椅子が、いつの間にか移動している。
2階へ上がったところでは、部屋の中に置かれていた本が床へ落ちた。
どれも人間がやったと考えれば、それほど不思議ではない。
ただし、屋敷の中には俺たち3人以外に誰もいない。
「……やっぱり、何かいますね」
セレナが剣を抜いた。
「魔物でしょうか?」
「魔物の可能性もあります」
フリーダが杖を構える。
「もしそうなら、見つけ次第対処しましょう」
2人とも警戒している。
俺は少しだけ困った。
ここで「精霊がいる」と言ってしまえば簡単なのだが、世界調律師としての知識を不用意に見せるわけにはいかない。
それに、まだ精霊と決まったわけでもない。
俺は2人に気付かれないよう、ほんの少しだけ探査の範囲を広げた。
屋敷全体へ魔力を通す。
壁から床、そして天井へ。
次に家具。
屋敷に残された魔力の流れを1つずつ追っていく。
やがて、その中心が見つかった。
屋敷の奥。
地下へ続く階段の近く。
そこに、屋敷そのものへ絡みつくような魔力が存在していた。
しかも、その魔力には明確な意思がある。
精霊だ。
俺は確信した。
この屋敷に住み着いているのは、幽霊ではない。
「リコレット?」
セレナの声で意識を戻す。
「どうしたの?」
「さっきから何か考え込んでいるように見えます」
「うん。ちょっと気になる場所があって」
俺は地下への階段を見る。
「先にここを調べてみよう」
階段を下りる。
地下室は思ったより広かった。
古い樽や木箱が並び、奥には小さな部屋がある。
その扉を開けた瞬間、背後で大きな音がした。
バタン!
「えっ?」
振り返る。
地下室へ続く扉が閉まっていた。
セレナがすぐに駆け寄る。
「開きません!」
「押してみて!」
セレナが扉へ手をかける。
だが、びくともしない。
フリーダも杖を構えた。
「魔法で開けますか?」
「待って」
俺は扉を見る。
これは、さっきの現象とは少し違う。
明確な意思を感じる。
そして、その意思は俺に向けられていた。
……なるほど。俺だけを呼んでいるのか。
「2人とも、ここで待っていて」
「でも……」
「大丈夫。たぶん、この先に何かいる」
「リコレット1人で行くんですか?」
「すぐ戻るよ」
セレナは不安そうだったが、最後には頷いた。
「分かりました。気をつけてください」
「うん」
俺は奥へ進む。
しばらく歩いたところで、背後の扉が再び開く音がした。
これでいい。
セレナとフリーダには、精霊の姿を見せる必要はない。
俺は地下室の奥にある小さな部屋へ入った。
そこには何もなかった。
ただ、部屋の中央に小さな光が浮かんでいる。
淡い緑色の光。
それがゆっくり形を変えていく。
やがて、人の姿に近い形になった。
少女のようにも見えるが、はっきりした輪郭はない。
「こんにちは」
俺が声をかける。
精霊は少し驚いたように揺れた。
『……見えるの?』
「うん」
世界調律師である俺には、精霊の姿を見ることなど難しくない。
『どうして?』
「俺は魔法が得意だからね」
適当な理由をつけておく。
『そうなんだ』
精霊は少しだけ明るく揺れた。
「君がこの屋敷で起きていることの原因?」
『うん』
「家具を動かしたり、扉を閉めたりしていたのも?」
『そう』
あっさり認めた。
「人間を驚かせたかったのか?」
『違うよ』
精霊の光が少し弱くなる。
『ここを壊されたくなかったの』
「壊す?」
『ここに来た人たちは、みんなこの家を壊そうとした』
精霊の言葉を聞いて、俺は屋敷の状態を思い出した。
長い間使われていない。
それなのに、完全に朽ちているわけではない。
もしかすると、精霊が魔力を使って維持していたのかもしれない。
「それで、追い払っていたんだね?」
『うん』
「なるほどなあ……」
幽霊屋敷の正体は、意外と単純だった。
屋敷を壊そうとする人間が来る。
精霊が追い払う。
追い払われた人間が幽霊屋敷だと噂する。
さらに人が寄り付かなくなる。
結果として、精霊にとっては屋敷を守りやすくなる。
かなりの悪循環……いや、精霊からすれば好循環なのか。
「どうして俺だけを呼んだ?」
『……他の人とは何だか違う気がしたから』
「それは当たってるな。あと俺たちは依頼を受けて屋敷で起きていることを調べに来ただけだ」
「君がここに入る人を追い払うのをやめてくれたら、俺がこの屋敷の持ち主になる。そうすれば壊さないでおくことが出来るぞ」
『……本当に?』
「うん」
精霊はしばらく黙っていた。
正確には、光が小さく揺れている。
「それに、もし君がこの屋敷を大切にしているなら、君のことも俺は守ってやりたい」
『どうして?』
「君はこの屋敷が好きなだけなんだろう? ま、俺にもメリットがあるんだ」
俺は周囲を見回した。
古い屋敷。
使われなくなった家具。
埃の積もった床。
普通なら、わざわざ住みたいとは思わないだろう。
けれど俺には、別の価値がある。
「実は、俺もこの屋敷が気に入ったんだ」
『本当?』
「うん」
精霊の光が少し明るくなる。
「だから、もし俺がこの家の持ち主になったら、君を追い出したりしない」
『……この家を壊さない?』
「壊さない。ただちょっと改装はさせてくれ」
少なくとも、全部を壊すつもりはない。
必要な部分を改装して、俺の拠点にする。
そして、塔にする。
「むしろ、ここを大事に使いたいと思ってる」
『……』
精霊はしばらく俺を見ていた。
やがて、光がゆっくりと俺の方へ近づいてくる。
『じゃあ、あなたならいいよ』
「何が?」
『この家に住んでも』
どうやら許可をもらえたらしい。
「ありがとう」
俺は笑った。
「じゃあ、俺も約束する。この家を壊さない」
『うん』
精霊の光が嬉しそうに揺れた。
その瞬間、屋敷全体に流れていた魔力が少しだけ穏やかになった。
これで問題は解決だ。
少なくとも、幽霊屋敷と呼ばれる原因については。
念のため、譲渡されるまでに勝手に解体されないように家全体に防御の術式をかける。
『……!!』
気づいたか。俺は精霊に笑いかけた。
「そういえば、君は名前を持ってる?」
『名前?』
「うん。呼ぶ時に困るから」
『……ない』
「そうか」
名前については、今決める必要もないだろう。
屋敷を正式に譲ってもらえたら、その時に考えればいい。
「じゃあ、また後でな」
『うん』
俺は地下室を出る。
扉の向こうでは、セレナとフリーダが待っていた。
「リコレット!」
セレナが駆け寄ってくる。
「大丈夫でしたか?」
「うん。問題ないよ」
「何がいたんですか?」
フリーダが興味津々で尋ねる。
「たぶん、幽霊じゃないと思う」
「じゃあ、何だったんですか?」
「それは……」
俺は少し考えてから答えた。
「この屋敷に住み着いた何かが、俺たちを追い出そうとしていたみたい。でも、話をしたら落ち着いてくれたよ」
「話をしただけで?」
「うん」
フリーダが首を傾げる。
説明としてはかなり雑だが、これ以上詳しく話すわけにもいかない。
「それなら、依頼は解決したんでしょうか?」
セレナが尋ねる。
「たぶんね。もう異常は発生しないはずだから、あとはギルドに確認してもらおう」
俺は屋敷の中を見回した。
さっきまで感じていた魔力の揺らぎは、もうほとんどない。
これなら、もう怪奇現象が起きることもないだろう。
そして何より――。
俺の拠点になるかもしれない場所が、目の前にある。
思っていたよりずっと早く、塔の候補地が見つかった。
「じゃあ、街へ戻ろうか」
「はい」
「はい!」
2人と一緒に屋敷を出る。
振り返ると、古びた屋敷が静かに建っていた。
見た目はまだ幽霊屋敷のままだ。
けれど俺には、もう少し違って見える。
ここが、これから俺の塔になるかもしれない。
そう考えると、古びた屋敷も少しだけ楽しそうな場所に思えてきた。