100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
幽霊屋敷の調査を終えた俺たちは、そのままヴェルグラードの冒険者ギルドへ戻った。
「幽霊屋敷の調査依頼ですね」
受付で依頼書を受け取ったリーシャさんが、内容を確認する。
「はい。屋敷の中で起きていた現象については、もう問題ないと思います」
「何が原因だったんですか?」
「屋敷に何かが住み着いていたみたいです。ただ、話し合って納得してもらえたので、もう人を追い出すようなことはしないはずです」
精霊の存在そのものについては話さなかった。
嘘をついたわけではない。
俺が世界調律師だと知られるわけにはいかない以上、精霊が見えることや、普通なら気付けない魔力の流れについてまで説明する必要はないだろう。
「そうですか……」
リーシャさんは少し考え込んでから、依頼書へ目を落とした。
「では、依頼達成として処理します。ただ、屋敷の譲渡については、所有者の方との確認が必要になりますね」
「分かりました」
「しばらく様子を見て、異変が再発しないことを確認してから正式な手続きをするそうです」
それは当然だろう。俺としても屋敷を手に入れることを急ぐ理由はない。精霊との約束さえ守られるなら、あとは人間同士の手続きに任せればいい。
報酬の話を終えると、俺たちはいつもの宿へ戻った。
それから数日。
屋敷では新たな怪奇現象が起きていないという報告がギルドへ届き、所有者との間でも話が進んだらしい。
そして、正式に屋敷を譲ってもらえることになった。
「本当に、あの屋敷をもらえるんですね」
セレナが驚いたように言う。
「うん。これで宿暮らしも終わりだね」
「でもちょっとボロボロだったから改装しないといけませんね!」
フリーダは嬉しそうだ。
俺も表面上は2人に合わせて笑っていたが、内心では別のことを考えていた。
これで、ようやく準備が整った。
屋敷を手に入れた以上、あとは俺が手を入れるだけだ。
もちろん、昼間に大規模な改装を始めるわけにはいかない。
そんなことをしたら、セレナとフリーダに何をしているのか説明しなければならなくなる。
だから、その日の夜を待った。
2人が眠ったことを確認してから、俺は宿を抜け出す。
街の外れにある屋敷まで歩き、周囲に人の気配がないことを確認する。
「さて……やるか」
屋敷の前に立ち、俺は建物を見上げた。
昼間に見た時とは、少し違って見える。
ここ数日で精霊が落ち着いたからなのか、建物全体に流れている魔力も穏やかになっている。
「約束通り、壊しはしないよ」
誰に言うでもなく呟く。
俺が必要としているのは、屋敷そのものを別の建物へ作り替えることではない。
世界調律師の塔として機能するための構造を、この建物へ組み込むことだ。
塔は外見が本当に塔である必要はない。
カサンドラの塔が一般的な塔の形をしているから、俺も最初は同じようなものを想像していたが、サイラスの塔は大灯台で、マティアスの塔は校長室、フィーネに至っては世界樹だと聞く。
ならば、屋敷でも問題ないだろう。
俺は屋敷へ手を触れた。
魔力を流す。
建物の構造を確認し、必要な部分だけを書き換えていく。
外壁の傷みを修復する。
割れた窓を直す。
床や天井を整える。
古びた家具の一部を補修し、屋敷としての機能を保ちながら、世界調律師の塔として必要な構造を組み込んでいく。
見た目や間取りは変えない。精霊との約束もある。
それに朝になった時、いきなり巨大な塔が建っていたら、さすがに周囲も騒ぐだろう。
それよりも、長い間放置されていた屋敷が綺麗になったように見せた方がまだ自然だ。
世界調律師の塔としての機能が整っていく。
屋敷の中心から魔力が集まり、そこからさらに大きな流れが生まれていく。
これでいい。
あとは、ここを俺自身の塔として固定する。
最後の調整を終えたところで、ふと地下室へ意識を向けた。
「そうだ。君にも手伝ってもらわないとな」
俺は地下室へ向かった。
そこには、あの精霊がいた。
淡い緑色の光が、以前と同じように部屋の中を漂っている。
『……来たの?』
「うん。約束通り、この屋敷を壊さずに使えるようにした」
『……きれい』
精霊の光が、嬉しそうに揺れる。
「君に頼みたいことがあるんだ」
『なに?』
「この屋敷の管理をしてほしい」
精霊が驚いたように動きを止めた。
「掃除をしたり、建物を維持したり、壊れたところを見つけたり。そういう仕事をお願いしたい」
『私が?』
「そう。君はずっとこの屋敷を守ってきたんだろう? だったら、これからもここを守ってほしい」
『……うん』
返事はすぐだった。
「ありがとう。それなら、君にも名前があった方がいいな」
『名前……』
「そうだな」
少し考える。
この精霊がこれからずっと、この屋敷を守っていくことになるのなら、呼び名くらいはあった方がいい。
「マルティナ。君の名前は、マルティナにしよう」
『マルティナ……』
自分の名前を確かめるように、精霊がその言葉を繰り返す。
『マルティナ』
「気に入った?」
『うん』
その瞬間、俺は精霊へ魔力を流した。
ただ名前を与えるだけではない。
俺の塔と結び付いた存在として、これから長く屋敷を管理できるように、その存在そのものを強化する。
淡い光が少しずつ形を変えていく。
曖昧だった輪郭がはっきりし、やがて1人の女性の姿へと変わった。
長い髪。
整った顔立ち。
そして、屋敷を管理する者として相応しい服装。
最後に残った魔力を調整すると、そこに立っていたのはメイド服を着た女性だった。
……どうやら『屋敷の管理』という言葉に対する、俺自身のイメージがかなり影響したみたいだな。
まあ問題無いだろう。
「……どう?」
俺が尋ねる。
女性は自分の姿を見下ろし、ゆっくりと頭を下げた。
「問題ございません、お嬢様」
「……お嬢様?」
「はい。私はマルティナ。これより、この屋敷の管理を務めさせていただきます」
どうやら気に入ってくれたらしい。
それにしても、お嬢様か。
俺の外見を考えれば、確かにその呼び方は妙に似合っている。
「それじゃあ、マルティナ。存在を強化する時に俺の正体も伝わったと思う。これから長くなるけどよろしく」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします」
こうして、俺の塔は完成した。
世界調律師になってから、ずっと考えていた自分の拠点。
まさか幽霊屋敷を改装して作ることになるとは思わなかったが、これはこれで悪くない。
俺は完成した屋敷を眺め、満足してから街へ戻った。
◇
「リコレット、起きてください!」
セレナの声で目を覚ました。
「どうしたの?」
「ギルドから呼び出しが来ています」
「ギルド?」
「はい。何でも、昨日までの屋敷について確認したいことがあるそうです」
随分と早いな?
改装したのは昨晩なんだが、もうギルドに連絡が入ってるらしい。
外から見れば、長年放置されていた屋敷が突然綺麗になっている。
そりゃあ、騒ぎにもなる。
俺たちは急いで身支度を整え、ギルドへ向かった。
「お待ちしていました」
リーシャさんが少し困ったような顔で出迎えてくれる。
「昨日、屋敷を正式に譲渡したばかりですよね?」
「はい」
「今朝、近隣の方から連絡がありまして……」
どうやら、朝になって屋敷を見に行った人が、外観の変化に気付いたらしい。
「屋敷が、まるで別の建物みたいに綺麗になっているそうなんです」
やっぱりそうなるよな。
「何か問題があるんでしょうか?」
セレナが尋ねる。
「問題があるというより、原因を確認したいんです。念のため、ギルドの調査員にも同行してもらいます」
「分かりました」
俺たちはギルドの調査員と一緒に屋敷へ向かった。
そして、屋敷の前に到着した瞬間。
「……これは」
調査員が目を見張った。
昨日までとは明らかに違う。
外壁は綺麗になり、庭も整えられている。
屋敷そのものも、古びた印象がかなり薄れていた。
「本当に、一晩でこうなったんですか?」
「私たちも昨日の昼間に確認した時は、普通の幽霊屋敷でした」
セレナが答える。
「夜の間に何かが起きたんでしょうか?」
フリーダも不思議そうに屋敷を眺めている。
調査員は建物を確認しながら、首を傾げていた。
「以前から、屋敷そのものに妙な魔力の流れがあったという話でした。精霊が住み着いていたのなら、その影響で建物が長期間維持されていた可能性もあります」
なるほど。
外から見れば、そういう解釈になるらしい。
「精霊がいなくなったわけではありませんよ」
その声にセレナとフリーダが振り返った。
玄関から、1人の女性が歩いてくる。
メイド服を着た、美しい女性。
「お初にお目にかかります」
女性は優雅に頭を下げた。
「私はマルティナ。この屋敷の管理をしております」
「……え?」
セレナが固まる。
「精霊……?」
フリーダの目が大きく見開かれた。
俺は何食わぬ顔でマルティナを見る。
「リコレットお嬢様、お帰りなさいませ」
「……」
セレナとフリーダの視線が、俺へ向いた。
説明しなければならない。
とはいえ、世界調律師について説明するわけにはいかない。
「この屋敷に住み着いていた精霊だよ。話し合ったら、私たちと一緒に暮らしたいって」
「そういうことだったんですか……」
セレナは驚きながらも、なんとか納得しようとしている。
一方のフリーダは、完全にマルティナへ興味を奪われていた。
「精霊が人の姿になっている……。どういう魔力構造なんでしょう。屋敷との結び付きは? それに、この姿を維持するための魔力供給は――」
「フリーダ、落ち着いて」
「はい!」
返事だけは素直だった。
マルティナはそんなフリーダへ微笑みかける。
「どうぞよろしくお願いいたします、フリーダ様」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
セレナも少し緊張しながら頭を下げた。
「よろしくお願いします、マルティナさん」
「はい、セレナ様」
これでいい。
世界調律師の塔だということは、誰にも知られていない。
周囲から見れば、幽霊屋敷の問題を解決したら、精霊が屋敷を維持してくれるようになり、その結果として建物まで綺麗になった。
少々都合のいい話ではあるが、これなら不自然ではないだろう。
俺は改めて屋敷を見上げる。
もう、ここは幽霊屋敷ではない。
俺たち3人がこれから暮らしていく場所だ。
「せっかくだし、今日は中を見て回ろうか」
「はい!」
「楽しみです!」
セレナとフリーダが笑う。
俺も2人につられて笑った。
「うん。私たちの新しい拠点だ」
これから、ここで何をしようか。
冒険者として依頼を受ける。
必要なものを買い揃える。
そして、いつかこの街を出て、世界を旅する。
そのための場所が、ようやくできた。
「楽しみだね」
「はい!」
「楽しみですね!」
3人の声が重なり、屋敷の中へ明るく響いた。