100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
屋敷を手に入れてから数日。
俺たちは新しい拠点での生活を始めた。
といっても、冒険者としての活動そのものが変わったわけではない。朝になれば依頼を探し、昼間は街へ出て、夕方には屋敷へ戻る。
ただ、宿へ帰る必要がなくなっただけで、ずいぶんと気楽になった。
そして今日、俺はようやく師匠へ連絡を取ることにした。
「カサンドラに報告しないとな」
俺が世界調律師になった時、師匠から言われたことがある。
まずは自分の塔を建てなさい。
それが世界調律師としての最初の仕事だと。
その塔が、まさか幽霊屋敷になるとは思っていなかったけれど。
その日の冒険を終え、自室に戻ると俺はカサンドラに通信魔法を使うことにした。
「マルティナ、通信魔法を使うから、もし二人が部屋に近づいてきたら知らせてもらえる?」
「かしこまりました。お嬢様」
世界調律師同士なら、距離に関係なく連絡を取ることができる。
この魔法は電話のようなもので、通信しても向こうに通信を受ける意思がなければ失敗する。
魔力的な履歴は残るので「折り返し」は出来るわけだが。
そして、この魔法は人前で使うのは避けた方がいい類の魔法だ。
「カサンドラ、聞こえる?」
しばらくして、見慣れた師匠の姿が浮かび上がった。
『リコ? どうしたの?』
「報告があるんだ。塔が完成したよ」
『あら』
カサンドラの表情が少し明るくなる。
『もう建てたの?』
「うん」
『早いわね。10年くらいかけても良かったのに』
「……10年」
俺は思わず聞き返した。
「世界調律師の塔って、そんなに時間をかけて建てるものなの?」
『別に決まりはないわ。私たちは不老不死だもの。10年くらいなら、少し大きな仕事を片付けている間に過ぎてしまうでしょう?』
「まあ、それはそうだけど……」
言われてみれば、その通りなのかもしれない。
俺たち世界調律師にとって、10年という時間は一般人ほど大きな意味を持たない。
とはいえ、俺は100年の修行を終えたばかりだ。
さすがに、これ以上のんびりする気にはなれなかった。
「それで、塔についてなんだけど――」
俺はヴェルグラードで見つけた屋敷のこと、その屋敷に精霊が住み着いていたこと、そしてその精霊を塔の管理者にしたことを簡単に説明した。
『精霊を管理者にしたのね』
「うん。名前はマルティナ」
『それなら、ちょうどいいわ。みんなにも報告しておきましょうか』
「みんな?」
『定例の会合よ。前回からそれほど経っていないけれど、リコの塔が完成したなら共有しておいた方がいいでしょう』
確かに、俺も全員へ伝えておいた方がいいと思っていた。
「分かった。じゃあ、会合で報告するよ」
『ええ。それじゃあ、準備しておいてね』
通信が切れる。
こうして、俺は2度目の世界調律師会合へ参加することになった。
◇
転移魔法を使い、俺は旧世界の監視施設へ移動した。
ここへ来るのも2度目だ。
前回は世界調律師になった直後だったので、何もかもが新鮮だった。
今回は少しだけ慣れている。
それでも、世界調律師が集まる場所というのは、やはり妙な緊張感がある。
俺が部屋へ入ると、すでに何人かが集まっていた。
「お、リコレット」
最初に声をかけてきたのはサイラスだった。
「久しぶりだね。今日も可愛いよ」
「……ありがとうございます」
前回と変わらない爽やかな笑顔。
そして、その直後に何を言うのかも、だいたい想像できる。
「それで、リコレット。今日こそ僕と結婚――」
「お断りします」
「そうか。残念だ」
サイラスはあっさり引き下がった。
本当にこいつは諦める気がないらしい。
「僕は500年くらいかけてゆっくり仲を深めていけばいいと思っているから、気長に待つよ」
「500年単位で考えるのはやめてください」
「そうかな?」
「普通の人なら、そんな求婚をされたら一生のうちに答えを出さないといけないんですよ」
「僕たちは普通の人じゃないからね」
それを言われると何も言えない。
世界調律師にとって500年は、確かに途方もない時間ではない。
だからといって、俺がその気になるかは別問題だ。
「サイラス、リコを困らせるのはそのくらいにしてあげて」
カサンドラが穏やかな声で止める。
「分かったよ、カサンドラ」
サイラスは素直に引き下がった。
こういうところは本当に爽やかなんだよな。
いきなり求婚してくること自体がおかしいのだが。
しばらくして、マティアスとヴァレリア、レイネも姿を現した。
フィーネは今回も来ていない。
……前回もいなかったし、やっぱり会合に出るのが苦手なんだろう。
「それでは始めましょうか」
カサンドラが全員を見回す。
「まずはリコから報告があるそうよ」
「はい」
俺は立ち上がった。
「ヴェルグラードで、自分の塔を建てました」
それだけ伝えると、何人かが俺を見る。
俺は続けて、塔にした建物について説明した。
元々は長い間使われていなかった屋敷だったこと。
周囲からは幽霊屋敷として扱われていたこと。
調査してみると、実際には精霊が住み着いていたこと。
その精霊と話し合い、屋敷を壊さないことを約束したこと。
そして、屋敷を塔として整えた上で、その精霊を管理者として迎えたこと。
「精霊を管理者にするとは、面白い選択をしたね」
マティアスが興味深そうに言う。
「屋敷を守っていた精霊なら、管理者としては適任だと思います」
「そうね。無理に追い出すより、役割を与えた方が自然でしょう」
カサンドラも頷く。
ヴァレリアは特に口を挟まず、話を聞いていた。
レイネも問題がないと判断したのか、それ以上は何も言わない。
報告としては、これで十分らしい。
「ところで、リコレット」
サイラスが口を開く。
「何?」
「冒険者として生活しているんだよね?」
「そうだよ」
「今のランクは?」
「大理石級」
俺が答えると、サイラスは少し考えるような顔をした。
「前に、急いでランクを上げる必要はないって言ったけど、少し考えを変えた方がいいかもしれないね」
「どうして?」
「仲間がいるからだよ」
その言葉に、俺は黙って話を聞く。
「1人で冒険者をやっているなら、自分の好きな速度で進めればいい。でも、そのセレナとフリーダという子たちが仲間になったなら、彼女たちの成長に合わせて受けられる依頼を増やしていった方がいい」
「なるほど」
「特に瑪瑙級には上がった方がいいと思う。大理石級だと受けられない依頼も多いからね」
確かに、それは冒険者として活動していて実感している。
俺自身は大理石級でも困っていない。
困っていないというより、困るような依頼を選ばなければいいだけだ。
でも、それではセレナやフリーダが経験を増やす機会まで減ってしまう。
「それに、ランクが上がれば活動の幅も広がる。無理に高ランクを目指す必要はないけど、仲間と一緒に冒険を続けるなら瑪瑙級くらいまでは上げておくといいよ」
「分かった。考えてみる」
「うん。僕もその方がいいと思う」
サイラスの助言は、求婚の時とは違ってかなり真面目だった。
こういうところを見ると、世界調律師としても冒険者としても、やっぱり頼れる人なんだよな。
「それじゃあ、今日の会合はこれで終わりにしましょう」
カサンドラがそう告げる。
俺も席を立とうとしたところで、師匠に呼び止められた。
「リコ」
「何?」
「塔を建てたことについて、少し話しておきたいの」
「うん」
カサンドラは柔らかく笑った。
「よく頑張ったわね」
「……え?」
「世界調律師になってから、自分の塔を作るところまできちんと進めた。しかも、ただ建物を用意しただけではなく、その場所に住んでいた精霊のことまで考えている」
俺は何も言わずに師匠を見る。
「世界調律師として必要なことを理解して、自分で判断できるようになってきたと思うわ」
「カサンドラ……」
「弟子として、十分合格点よ」
その言葉が、妙に嬉しかった。
100年の修行を終えて世界調律師になった。
けれど、俺にとってカサンドラは今でも師匠だ。
その師匠から認めてもらえたことは、やはり大きい。
「ありがとう」
「こちらこそ。これからも頑張ってね、リコ」
「うん」
会合を終え、俺はアルノーヴァへ戻った。
ヴェルグラードの屋敷へ戻ると、マルティナが部屋で待ってくれていた。
セレナやフリーダが間違って部屋に入ることがないように、待っていてくれたのだろう
「お帰りなさいませ、お嬢様。会合は如何でしたか?」
「うん。ちゃんと塔を建てたことを報告してきたよ」
「それはようございました」
「それはそうと、部屋を見張っていてくれてありがとう、マルティナ」
「当然のことでございます」
「そのうち、転移や世界調律師としての仕事用の部屋を作ることにするよ。ああ、別空間に作るから屋敷の間取りは変えない。安心して」
「間取りを変えられてもよろしいですよ。お嬢様がお好きなように」
「そう? わかった。ありがとうね」
マルティナは一礼して部屋を出て行った。
さて、塔は完成した。
これで、世界調律師としての拠点を持つという最初の目的は達成できた。
だったら、しばらくは焦る必要もないだろう。
塔が完成した以上、何もしなくても旧世界を修復するという世界調律師本来の仕事は進んでいくのだから。
でも、セレナとフリーダはまだ若い。
冒険者としての経験も、これから積んでいくところだ。
しばらくはヴェルグラード中心で生活するとして、そのうち3人で世界を旅してもいいな。
居間に行くとセレナとフリーダの2人がいた。
丁度いい、これからのことを相談するか。
「ねえ、二人とも。拠点もこうやって手に入ったし、これからの冒険者活動はヴェルグラード中心ってことでいいかな?」
「はい!」
「私も賛成です」
2人の返事を聞いて、俺も頷く。
ヴェルグラードには、まだ行ったことのない場所がたくさんある。
大迷宮も、低層しか見ていない。
依頼だって、まだまだ残っている。
それに何より――。
俺たちの新しい拠点は、できたばかりだ。
せっかく手に入れた場所なのだから、少しくらいここで暮らしてみるのも悪くない。
「じゃあ、明日からまた新しい依頼を探そう。当面の目標は瑪瑙級だね」
「はい!3人で一緒に頑張りましょうね!」
「どんな依頼にしましょうか?」
「それは明日、3人で決めようか」
そんな話をしながら、俺たちは屋敷の中へ入っていった。
世界調律師としての最初の目標を終えても、俺の旅はまだ始まったばかりだ。
今はもう少し、この街で冒険者生活を楽しむことにしよう。