100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
大迷宮1層へ入ってしばらく進んだところで、俺たちは一度足を止めた。
周囲には崩れかけた建物が並んでいる。
見通しの悪い場所ではないが、建物の陰に何が潜んでいるかまでは分からない。1層に出現する魔物はゴブリンやウルフが中心で、瑪瑙級3人なら十分に対処できる程度の危険度だ。
とはいえ、今回の目的は魔物を倒すことではない。
「札はこの辺りに隠されているんでしたよね」
セレナが確認する。
「そう。ただし、どこにあるかは教えてもらってない」
「探すのも試験のうち、ということですね」
フリーダが周囲を見回す。
俺たちの後ろにはミレイアさんがいる。
彼女は新人役ということになっているが、実際には瑪瑙級の先輩冒険者だ。試験中はその経験や実力を使わず、俺たちが新人を連れている状況を再現する。
「それじゃあ、改めて確認しておくね」
ミレイアさんが手を挙げた。
「私は新人冒険者という想定だから、基本的に自分から魔物を倒したり、探索を手伝ったりはしないよ。危なくなった時は、私が手を出すことは許されてるけど、その場合はちゃんと減点されるからね」
「分かりました」
セレナが頷く。
「それと、私自身は本当に危険になったら自分の身を守るから、そこは心配しなくていいよ。試験だからって無理に私を守ろうとして、全滅なんてことになったら意味がないから」
「その判断はこちらもお願いします」
俺が答える。
「はいはい。じゃあ私は新人らしくついていくことにするね」
「わかりました。ではミレイアさんは私とフリーダの間にいてください」
ミレイアさんを守りやすいよう、パーティの中央に配置する。
その姿を確認してから、俺は周囲へ意識を広げる。
……いるな。
左前方の建物の陰に2体。
少し離れた場所に、もう1体。
ゴブリンだ。
こちらにはまだ気づいていない。
「左前方、ゴブリンが3体」
俺が小声で伝えると、セレナが視線だけを動かした。
「分かりました」
それ以上の確認はない。
セレナが剣へ手を添え、俺たちは自然に位置を調整する。
フリーダは後方へ下がり、魔力を集め始めた。
以前なら、ここで「どうしますか?」と聞かれていただろうが、今は違う。
セレナが前に出る。
ゴブリンがこちらへ気づき、声を上げた。
その瞬間には、セレナが1体との距離を詰めている。
最初の一撃は相手の攻撃を受け止めるのではなく、身体をずらして避け、そのまま横から斬りつけた。
残った2体がセレナへ向かう。
そのうち1体の足元へ、フリーダが氷を走らせた。
足を取られたゴブリンの動きが鈍る。
セレナはその隙を逃さず、もう1体を倒した。
最後の1体がフリーダへ向かおうとしたところで、俺が剣を抜く。
大きく振り回す必要はない。
相手の進路へ一歩だけ踏み込み、腕を狙って刃を滑らせる。
武器を落としたゴブリンへ、セレナが追撃を加えた。
それで終わり。
「……早いね」
ミレイアが感心したような声をあげる。
「これくらいなら、いつも通りです」
セレナが剣を収める。
ミレイアさんは笑っているが、その視線は俺たち3人の位置を順番に確認していた。
セレナ、フリーダ、そして俺。
試験官ではないとはいえ、俺たちの行動をかなり細かく見ているらしい。
「じゃあ、先へ進もうか」
「はい」
再び歩き始める。
それからしばらくの間、俺たちはいくつかの廃墟を調べていった。
札そのものを見つけるには至らなかったが、魔物には何度か遭遇した。
ゴブリンの群れ。
ウルフの小集団。
どれも1層では珍しくない相手だ。
セレナが前へ出れば、フリーダは射線を確保する。
俺が危険な方向を伝えれば、2人はそれだけで意図を理解する。
ミレイアさんを守るための位置取りも、自然とできていた。
新人を連れている想定である以上、普段より少しだけ動きに余裕を持たせている。
魔物を見つけても、ミレイアさんの位置を確認してから戦闘に入る。
倒したあともすぐには移動せず、周囲を確認してから進む。
特別なことをしているわけではない。
それでも、1年前の俺たちなら、もっとぎこちなかったはずだ。
「ねえ」
何度目かの戦闘を終えたところで、ミレイアさんが声を掛けてきた。
「どうしました?」
「いやあ、私、今のところ本当に何もしてないなあと思って」
ミレイアさんが困ったように笑う。
「この試験さ、普通は割と減点と引き換えに手助けすることになるんだけどね」
彼女は少し考えてから、肩を落とすように続けた。
「今日は本当に出番ないや」
「……そうですね」
俺が答えると、セレナも頷いた。
「今のところ、危険な場面はありませんでしたから」
「それは良いことなんだけどさ」
ミレイアさんは苦笑した。
「ミレイアさんが安全な位置にいることも、常に確認しています」
「うん。それも分かってる」
ミレイアさんは嬉しそうに笑った。
「だから余計に出番がないんだよね」
俺は少しだけ申し訳なくなった。
とはいえ、試験のためにわざと危険な状況を作るわけにもいかない。
「最後まで出番がない方が試験としては良い結果なんじゃないですか?」
「もちろん。それはそうだよ」
ミレイアさんは笑顔で頷いた。
「じゃあ、このままお荷物としてついていくよ」
「お荷物という言い方はどうかと思いますけど……」
セレナが少し困った顔をする。
「新人役なんだから、それくらいでいいんじゃない?」
ミレイアさんは笑いながら歩き出した。
その後も探索を続ける。
やがて、少し開けた場所へ出た。
周囲には崩れた建物がいくつか並んでいる。
その中でも一際大きな建物が目に入った。
「リコレット」
フリーダが俺を呼ぶ。
「何?」
「あの建物、調べてみませんか?」
「そうだな」
俺も建物を見る。
札を隠す場所としては、いかにも怪しい。
ただし、怪しいからといって何かあるとは限らない。
俺は周囲を確認してから、建物へ近づいた。
「中に何かいますか?」
セレナが聞く。
「今のところ反応はない。ただ、入る前にもう一度確認する」
俺は建物の周囲を調べる。
出入口に窓、そして崩れた壁。
魔物が潜んでいそうな場所を順番に確認していく。
異常はなさそうだ。
「大丈夫そう」
「では入りましょう」
セレナを先頭に建物へ入る。
中はかなり荒れていた。
床には瓦礫が散らばり、壁には見知らぬ文字が刻まれている。
フリーダが文字へ近づこうとしたので、俺はさりげなく手で制した。
「まずは札を探そうよ」
「……分かりました」
フリーダは少し残念そうだった。
俺たちは手分けして内部を調べる。
俺は部屋の構造を確認しながら、隠し場所になりそうなところを探していく。
しばらくして、セレナの声が響いた。
「リコレット、こっちに何かあります」
「今行く」
セレナが指差しているのは、崩れた棚の奥だった。
瓦礫をいくつか退かすと小さな箱が現れた。
迷宮の宝箱とは違う作り。間違い無いだろう。
「これでしょうか?」
「開けてみよう」
セレナが慎重に箱を開けた。
中に入っていたのは、1枚の木札だった。
ギルドの紋章が刻まれている。
「これですね」
「間違いない」
札を受け取る。
これで目的は達成だ。
「もう見つけたんだ」
ミレイアさんが近づいてくる。
「はい」
「じゃあ、帰ろうか」
「そうしましょう」
来た道を戻る。
帰り道では魔物に遭遇することもなく、大迷宮の入口まで戻ることができた。
入口を出たところで、ミレイアさんが大きく伸びをする。
「お疲れ様。いやあ、最後まで本当に出番がなかった」
「それだけ安全に進めたということですよ」
俺が答える。
「うん。そういうことにしておく」
ミレイアさんは笑った。
俺たちはそのままギルドへ戻り、受付で札を提出する。
リーシャは札を確認すると、3人の顔を見た。
「お疲れさまでした。無事に戻ってこられて何よりです」
「試験はこれで終了ですか?」
セレナが尋ねる。
「はい。あとは担当者が今日の皆さんの行動を確認して、結果を出します」
「結果はすぐ分かりますか?」
フリーダが聞く。
「少し確認に時間が必要なので、後日改めてお知らせしますね」
「分かりました」
「ミレイアさんも、ありがとうございました」
「うん。今度は一緒に冒険に行こうね。君たち3人となら大迷宮も安全に探索できそうだ」
こうして、俺たちの昇格試験は終わった。
あとは結果を待つだけだ。
ギルドを出ると、ヴェルグラードの街並みがいつも通り目の前に広がっている。
試験が終わったという実感は、まだあまりない。
ただ、1年前なら大迷宮1層へ3人だけで入り、新人を連れて帰ってくるなんて考えもしなかった。
俺たちは少しずつだが、ちゃんと冒険者として前へ進んでいる。
そんなことを考えながら歩いていると、隣からフリーダが俺を見た。
「リコレット」
「ん?」
「……さっきの探索、いつもよりすごかったですね」
「何が?」
「索敵です。魔物の位置を見つけるのが、あまりにも早かったので」
「冒険者を1年もやっていれば、それくらいできるようになるよ」
俺はそう答えた。
フリーダは少しだけ考えるように俺を見る。
「……そうですか」
それ以上は何も言わなかった。
……試験だからといって、少しやりすぎたかもしれないな。
ともあれ試験は終わった。
結果がどうなるかはまだ分からないが、おそらく大丈夫だろう。