100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
翌朝、まだ空が白み始めた頃に目を覚ますと、俺たちは交代で簡単な朝食を済ませ、ラングフォード一家と一緒に街道を進み始めた。
昨夜の野営では特に問題もなく、俺の担当した見張りの時間にも魔物の気配はなかった。街道を使う商人の護衛としては、それが一番いい。
危険が起きなければ依頼失敗、というわけではないのだから。
「今日はどこまで進めそう?」
荷馬車の横を歩きながらセレナが尋ねる。
「天気がこのままなら、予定していた宿場町までは行けると思う。途中で休憩を挟もう」
「そうね。リーナちゃんもいるしそれがいいと思う」
セレナは周囲へ視線を向けた。
この1年で、こういう確認もすっかり自然になった。以前なら俺が先に周囲を確認してから2人へ伝えていたが、今ではセレナもフリーダも自分で周囲の状況を見ている。
それだけ、3人で冒険者を続けてきたということだろう。
街道は森と草原の境目を抜け、緩やかな丘へ差しかかっていた。見通しは悪くない。前方にも後方にも人影はない。
そのとき、俺の感覚にいくつかの魔力反応が触れた。
数は6。
距離は近い。
「セレナ、止まって」
声を落とすと、セレナはすぐに足を止めた。
「何かいる?」
「前方の斜面。6体くらい。ゴブリンだと思う」
「分かった」
セレナは剣へ手を添えた。
俺は荷馬車へ近づき、アルベルトへ声をかける。
「少し前方に魔物がいます。荷馬車を止めて、リーナを荷台の中央へ。マリアさんは一緒にいてください」
「分かった!」
マリアがリーナを抱き寄せる。
俺は街道の先へ視線を戻した。
草むらが揺れ、緑色の小さな身体が姿を現す。手には粗末な棍棒や短い刃物を持っている。
ゴブリンたちはこちらに気づくと、声を上げながら街道へ出てきた。
「セレナ、正面をお願い。フリーダは後ろへ回らせないように」
「了解!」
セレナが前へ出る。
最初のゴブリンが棍棒を振り上げたところへ、セレナは半歩だけ踏み込み、相手の腕が伸び切る前に剣を走らせた。ゴブリンが倒れる。
続いて横から別の1体が飛び込んでくる。
セレナは無理に追わず、身体を引いて攻撃をかわす。その直後、空いた脇へ刃を滑らせた。
動きに迷いがない。
以前なら、勢いで踏み込みすぎることがあった。それが今では、自分が倒すべき相手と、無理に相手をする必要のない相手をきちんと見分けている。
その間にも、後方へ回ろうとしたゴブリンが1体。
「そっちは通さないよ」
フリーダが杖を向けた。
炎がゴブリンの足元へ飛び、進路を塞ぐ。ゴブリンが慌てて横へ逃げるが、その先にはセレナがいる。
逃げ道を選ばせて、そこを狙う。
2人の連携もずいぶん良くなった。
俺は周囲を確認しながら、フリーダの死角へ回ろうとしていた1体へ風をぶつけた。
強い必要はない。
体勢を崩せれば十分だ。
よろめいたところをフリーダが狙い、氷の刃が地面すれすれを走ってゴブリンの足を止める。
最後の1体がセレナへ向かう。
セレナは相手の動きを見て、攻撃を受け止めるのではなく横へ流した。ゴブリンの身体が傾いたところへ踏み込み、剣の柄で顎を打つ。
倒れたところで刃を止めた。
「終わりました」
「うん。怪我は?」
「ありません」
「フリーダは?」
「私も大丈夫です」
周囲を確認する。
追加の魔物はいない。
俺は魔石を回収し、荷馬車へ戻った。
「もう大丈夫です」
「……もう?」
アルベルトが荷台から顔を出した。
「はい」
6体のゴブリン。
瑪瑙級になったばかりの冒険者3人なら、十分対応できる相手だ。
アルベルトはしばらく俺たちを見ていたが、やがて大きく息を吐いた。
「失礼だが、出発前は本当に大丈夫なのかと思っていた」
「そうでしょうね。自分でも分かってますけど、私こんな見た目ですし」
俺が笑うと、アルベルトも困ったように笑った。
「だが、これなら安心して任せられる。妻があなたたちを見て大丈夫だと言った理由が分かったよ」
マリアも穏やかに頷いた。
「でしょう?」
「うん。君の判断は正しかった」
「よかったわ」
その横でリーナが身を乗り出している。
「お姉ちゃんたち、すごい!」
「リーナ、危ないから立たないで」
「はーい」
素直に座り直す。
その後も街道は順調に進んだ。
魔物が出たのは朝の1度だけで、昼には予定していた休憩地点へ到着する。そこからさらに進み、夕方にはクレストリア王国との国境が見えてきた。
石造りの標識が立っている。
その向こうがクレストリア王国だ。
「ここからクレストリアです」
アルベルトが言った。
「国境を越えると、あとは王都へ向かう街道ですね」
俺は街道の標識を見上げる。
懐かしいな。
1年かそこらしか離れていないのに、こうして見ると随分と久しぶりに感じる。
森の匂いも、街道の景色も、記憶の中に残っているものと大きく変わっていない。
そして、その森の中にはカサンドラの塔がある。
……本当に帰ってきたんだな。
そんな感慨に浸っていると、隣から声がした。
「リコレットお姉ちゃん」
「どうした?」
「クレストリアに着いたら、もうお別れ?」
リーナが不安そうにこちらを見る。
「依頼はここまでだからね」
「そっか……」
分かりやすく肩を落とす。
この反応は予想していなかった。
「でも、私たちはしばらくクレストリアにいると思うよ」
「ほんと?」
「うん。だから、また会うこともあるかもしれない」
これは嘘ではない。
少なくとも、カサンドラに会いに行くつもりだし、その後もしばらくクレストリアで冒険者活動をする予定になっている。
「じゃあ、また会える?」
「会えるといいね」
そう言って頭を撫でる。
リーナは嬉しそうに笑った。
ところが王都クレストリアの冒険者ギルドへ到着すると、今度は本当に別れの時間が来た。
「ありがとうございました」
アルベルトが頭を下げる。
「こちらこそ、依頼していただいてありがとうございました」
「最初は正直、少し不安でしたが……」
アルベルトはセレナとフリーダを見る。
「頼りになる冒険者の皆さんでした。最初失礼なことを言ったことを改めてお詫びします」
「いえいえ。こちらこそ無事にクレストリアまで送り届けられることができて、ほっとしています」
セレナが笑う。
フリーダも頷いた。
その横では、リーナが俺の服の裾を掴んでいる。
「リーナ?」
「……お姉ちゃん、行っちゃうの?」
「うん。でも、さっき言っただろう? また会えるかもしれないよ」
「でも……」
リーナの目に涙が浮かんだ。
「お姉ちゃんと一緒がよかった……」
とうとう涙が頬を伝う。
こういうとき、どうすればいいか。
前世の俺なら、小さな子供を泣きやませた経験なんてほとんどない。
けれど今の俺には、なぜかこうすればいいという感覚があった。
「リーナ、こっちおいで」
しゃがんで目線を合わせる。
リーナが近づいてきたので、頭を撫でてから抱き寄せる。
「寂しいよね。でも、リーナはこれからおじいちゃんとおばあちゃんに会うんだろう?」
「……うん」
「きっと楽しみにしてるよ。リーナが旅の話を聞かせてくれるのを待ってる」
「……冒険者のお話?」
「そう。お姉ちゃんたちと一緒に旅をした話」
涙を拭ってやる。
「それに、冒険者になりたいなら、まずは元気に大きくならないといけないぞ」
「うん……!」
リーナは何度か頷いた。
「だから、泣くのはここまでにしよう」
「……分かった」
しばらくすると、リーナはようやく笑ってくれた。
「お姉ちゃん、またね!」
「うん。またね」
俺たちは手を振って、ラングフォード一家と別れた。
そのまま冒険者ギルドの受付へ向かい、依頼完了の手続きを行う。
「護衛依頼、無事完了ですね」
受付係から確認を受け、依頼書へ完了の印が押される。
これで今回の依頼は終わりだ。
報酬を受け取ったところで、俺はギルドの外へ視線を向けた。
クレストリア王国。
100年を過ごした、俺にとって少しだけ特別な国。
そして、ここから先は3人だけの旅になる。
「リコレット、どうしますか?」
セレナが尋ねる。
「まずは宿を探そう。その後で、これからの予定を考えようか」
「そうですね」
「私は宿より、さっきの魔法の話を聞きたいんですけど」
フリーダがすかさず口を挟んだ。
「……依頼が終わった瞬間にそれか」
「だって、ずっと我慢してたんですよ?」
「分かった分かった。宿に着いたら話そう」
フリーダの顔が明るくなる。
俺は苦笑しながら、クレストリアの街並みへ足を踏み出した。
旅は、まだ始まったばかりだ。