100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
王都クレストリアに着いた翌日。
俺たちは宿を出ると、まず冒険者ギルドへ向かった。
昨日のうちに依頼完了の手続きを済ませているので、今日は特に用事があるわけではない。これからしばらくクレストリア王国を拠点にするなら、周辺の依頼や街の様子を確認しておきたいという程度だ。
それに、クレストリアまで来たのなら、俺にはもう1つ目的がある。
カサンドラに会う。
100年近く暮らした森と塔は、俺にとって故郷のような場所でもある。転移してきてから最も長く過ごした場所なのだから、久しぶりに戻ってみたいという気持ちは当然あった。
ただし、セレナとフリーダにはまだ話していない……魔女が師匠だなんて言った日にはどうなるか。
まあ、俺一人でさっと塔に行ってくればいいか。
そんなことを考えながら大通りを歩いていると、向こうから見覚えのある金髪の青年が歩いてくるのが見えた。
爽やかな笑顔。
整った顔立ち。
そして、妙に堂々とした歩き方。
「やあ、リコレット」
「カイラス……」
サファイア級冒険者、カイラス。
そして、その正体は世界調律師サイラスだ。
俺が会合で初めて会ったときから、何度顔を合わせても変わらない。
「こんなところで会えるなんて、やっぱり僕たちは運命で結ばれているんだね」
「その結論に至る理由が分からないんだけど」
「それなら、分かりやすく言おうか」
カイラスは俺の前まで来ると、爽やかな笑顔のまま告げた。
「リコレット、僕と結婚してくれないか?」
「お断りします」
即答した。
ここまで一切の迷いはない。
俺としてはいつものやり取りなのだが、問題は今日は俺1人ではないということだった。
「……え?」
セレナが固まっている。
隣ではフリーダが目を丸くしていた。
「えっ……?」
2人の視線が俺とカイラスの間を往復する。
しまった。
今までサイラスと会うときは、会合で世界調律師としてだった。少なくとも、セレナとフリーダの前で求婚されたことはない。
「ちょっと待ってください」
最初に復帰したのはセレナだった。
「今、結婚って言いましたよね?」
「言ったよ」
カイラスは爽やかに頷く。
「リコレットに結婚を申し込んだんだ」
「どうしてですか?」
「好きだからだよ」
「いつからですか?」
「初めて会ったときから」
セレナがこちらを見る。
俺は視線を逸らした。
「リコレット、どういうこと?」
「どういうことと言われても……」
「知り合いなんですか?」
「まあ、以前から何度か会ってるけど」
「何度も?」
今度はフリーダが食いついた。
「リコレット、もしかしてこの人と付き合ってたんですか?」
「付き合ってない」
「でも結婚を申し込まれてるんですよね?」
「申し込まれてるけど、断ってる」
「何回くらい?」
「……数えるのをやめた」
「そんなに?」
セレナまで驚いている。
俺としては、ここで話を終わらせたかった。
しかし、2人の表情を見る限り、そう簡単にはいかないらしい。
「それで、どうして断ってるんですか?」
「どうしてって……」
理由ならいくらでもある。
まず、俺は結婚するつもりがない。
それ以前に、俺は元々30歳の男だった。今の身体は完全に少女だが、中身まで少女になったわけではない。
そして何より。
「そもそも、私はカイラスさんのことを恋愛対象として見てないから」
「なるほど」
フリーダが真剣な顔で頷く。
「じゃあ、カイラスさんが一方的に好きなんですね」
「そういうこと」
「でも、嫌いではない?」
「嫌いではないよ」
「じゃあ、可能性はあるんですか?」
「なんでそうなるんだ」
思わず声が大きくなった。
フリーダは楽しそうに笑っている。
「だって、嫌いじゃないんですよね?」
「嫌いじゃないことと、結婚したいことは全然違うだろ」
「それはそうですけど」
「セレナも何か言ってくれ」
助けを求めるつもりで振り返る。
ところがセレナは真面目な顔で考え込んでいた。
「私も……ちょっと気になります」
「セレナまで?」
「リコレットはカイラスさんと知り合ってから結構長いんですよね?」
「そうだけど」
「それなら、普段からこういうことを言われてるんですか?」
「会うたびに」
「会うたび……」
セレナが絶句する。
フリーダは完全に面白がっていた。
「リコレット、どこで知り合ったんですか?」
「……冒険者として活動し始める少し前」
嘘ではない。
ただ、世界調律師として知り合ったとは言えないだけだ。
「カイラスさんって、何をしてる人なんですか?」
「……サファイア級冒険者だよ」
「サファイア級冒険者の人から求婚されるなんて、普通はありませんよ!」
「私だって普通じゃないと思ってるよ……もうそれ以上はいいだろ」
「よくないです!」
フリーダが即答する。
「どんなところが好きだと言われたんですか?」
「知らないよ」
「聞いてないんですか?」
「聞いても参考にならないから聞いてない」
「例えば、可愛いところとか?」
「……まあ、それは言われる」
「やっぱり!」
フリーダの目が輝いた。
「他には?」
「他にはって……」
「髪とか、目とか、性格とか」
「知らないって」
「じゃあ、リコレットはカイラスさんのどこが好きなんですか?」
「好きじゃない」
「そういう意味じゃなくて」
「いや、そういう意味で答えたんだけど」
セレナが口元を押さえて笑っている。
完全に楽しんでいるな。
こいつら、普段はもっと真面目だと思っていた。
いや、真面目だからこそ、こういう話に興味があるのかもしれない。
「それで、カイラスさんはリコレットのことを本気で好きなんですか?」
セレナが本人へ尋ねた。
「もちろんだよ」
カイラスは迷うことなく答える。
「僕にとってリコレットは運命の人だからね」
「……すごいですね」
セレナの視線が俺へ向く。
「本気みたいですよ」
「分かってるよ」
「どうして断るんですか?」
「だから、私は――」
言いかけて止まる。
危ない。
つい余計なことまで話しそうになった。
「……私は、今は冒険者として旅をしたいから」
「それだけですか?」
「それだけで十分だろ」
「そうですね」
セレナは頷いた。
「でも、いつか気が変わることもあるんじゃないですか?」
「ないと思う」
「即答ですね」
「そこは大事なところだから」
俺がそう言うと、フリーダが少し考えるような顔をした。
「でも、リコレットがこんなに困った顔をするのって珍しいです。いつもより何だか可愛いし」
「可愛いは余計だ。それに誰のせいだと思ってるんだ」
「カイラスさん?」
「主に君たち」
「私たちですか?」
「そうだよ……」
カイラスが笑い出す。
「リコレット、仲間ができてよかったね」
「他人事みたいに言うな」
「いや、本当にそう思ってるよ」
カイラスは俺たちを見る。
「それにしても、3人とも随分と仲が良さそうだね。お揃いのアクセサリーも着けてるみたいだし」
こいつ、よく気が付くな。
俺が本当に女の子なら、こういうところに気づいてもらえると嬉しいんだろうが……。
「はい。私たちは3人でパーティを組んでいます」
セレナが答える。
「いいパーティだと思うよ」
カイラスは2人へ向けて微笑んだ。
「これからもリコレットのことをよろしく頼む」
「はい」
セレナが素直に返事をする。
フリーダも頷いた。
「もちろんです」
……なんだろう。
このあたりは普通に先輩冒険者らしいんだよな。
求婚さえしなければ。
そんなことを考えていると、カイラスが俺へ視線を戻した。
「ところでリコレット。少し話があるんだけど、時間をもらえるかな?」
「今?」
「できれば2人で話したい」
その瞬間、セレナとフリーダが目を合わせた。
嫌な予感がする。
「じゃあ、私たちは先に宿へ戻っていますね」
「そうですね。私たち、ちょっと買い物もしたいですし」
「待て」
俺が止めるより早く、2人は歩き出していた。
「ゆっくり話してきてくださいね」
「頑張ってください、リコレット」
「何を頑張るんだ!」
俺の声を聞きながら、2人は笑って手を振っている。
完全に面白がっている。
そして俺は、カイラスと2人で大通りの端にある小さな広場へ移動することになった。
ベンチに座って話をする。
「……それで、話って?」
俺が尋ねると、カイラスは先ほどまでの軽い笑顔を少しだけ和らげた。
「さっきのフリーダって子のことなんだけどね」
「フリーダがどうした?」
「うん。あの子、かなり前から気づいてるんじゃないかな」
「何に?」
「リコレットが普通の魔術師じゃないことに」
俺は黙った。
フリーダは魔法が好きだ。だからこそ、俺の使う魔法に対する観察も鋭い。
だが、世界調律師だということは流石にバレてないと思うんだが。
「私としては、普通に振る舞っているつもりなんだけど」
「そうだね。ちゃんと普通の魔術師っぽく振る舞えているんじゃないかな」
「なら問題ないんじゃない?」
「でも、魔術師って言っても色々だからね。そういった匙加減まで出来てるって言える?」
カイラスは苦笑した。
「普通の魔術師なら、そこまで精密な魔力操作はしない。リコレットが何気なくやっていることの中には、彼女から見れば不自然なものもあるんだろうね」
……言われて思い返してみると、思い当たることはいくつかある。
索敵、魔法の制御、術式の組み替え。
それらを俺は長年の修行の中で身につけてきた。
普通の魔術師の範囲に収めるようにはしていたが、それをわざと下手に見せるなんてことまでは、確かにしてなかった。
「それなら、いっそカサンドラの弟子だと話してしまったらどうかな?」
「カサンドラの?」
「そう。世界調律師だとまで話す必要はないけど、カサンドラの弟子だと分かれば、フリーダも納得する部分は多いと思うよ」
なるほど。
確かに、それなら説明できるか……うーん……。
「……私は普通に振る舞えていると思っていたんだけどな」
少しだけ不満を漏らす。
そんな俺の表情を見てカイラスが笑った。
「そんなキミも可愛いけどね」
「……そこは褒めなくていい」
何だか負けたような気がするが、それでも助言そのものはありがたい。
フリーダに余計な疑問を抱かせ続けるより、カサンドラの弟子だと伝えた方が自然だろう。
俺がそう考えていると、遠くからセレナとフリーダが戻ってくるのが見えた。
2人とも妙に楽しそうだ。
「話は終わったんですか?」
「ああ」
「何のお話だったんですか?」
「師匠のことでね」
俺がそう答えると、フリーダが首を傾げる。
「それだけ?」
「それだけだよ」
「本当に? 怪しいですね」
「怪しくない」
その横でセレナが笑っている。
「リコレット、顔が疲れてますよ」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「ふふっ」
2人とも楽しそうだ。
俺はもう何も言う気力がなくなっていた。
少なくとも、今日1日でカイラスの求婚と、その後の2人とのガールズトークを同時に乗り切るのは無理だ。
「……さっきの続きだけど」
気を取り直して俺は2人へ向き直った。
「この国に来たから、話しておきたいことがある」
「何ですか?」
「実は、私には師匠がいるんだ」
「師匠?」
フリーダの目が輝いた。
ああ、確かにこれはサイラスの言う通りだな……。
「うん。魔法を教えてくれた人だよ」
「どんな人ですか?」
「……すごい人だよ」
それだけ答えて、俺はクレストリアの北西へ視線を向けた。
その先に、100年間暮らした森がある。
「この国にいるから、2人にも会ってほしい」
「もちろんです!」
フリーダが即答した。
セレナも頷く。
「リコレットの師匠なら、私もご挨拶したいです」
「そう言ってくれると助かるよ」
そんな話をしていると、カイラスが立ち上がった。
「それじゃリコレット、またね。次に会う時こそプロポーズを受けてくれると嬉しいよ」
「受けませんってば……」
カイラスと別れる。
2人は何やら嬉しそうだが、俺はもう疲れ果ててしまった。
大迷宮に入るより疲れた気がする。とりあえず今日は宿を取って休もう……。