100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~   作:Fiomia

33 / 35
魔女カサンドラの弟子

次の日、俺たちは王都クレストリアを出て、カサンドラの森へ向かっていた。

王都から森までは、それほど遠くない。街道を外れてしばらく歩けば、やがて木々の間に見慣れた景色が現れてくる。

100年間暮らした場所だ。

見覚えのある木々が増えるにつれて、記憶の中に残っていた風景と今の景色が重なっていく。

 

「リコレット、どうしたんですか?」

 

「ん?」

 

「さっきから少し嬉しそうなので」

 

セレナに言われて、俺は自分の顔に意識を向けた。

……そう見えるのか。

 

「久しぶりに来る場所だからね。少し懐かしいだけだよ」

 

「リコレットの故郷みたいな場所なんですよね?」

 

フリーダが尋ねる。

 

「故郷……まあ、そんな感じかな」

 

実際には故郷という言葉では足りない。

地球から転移してきた直後、右も左も分からなかった俺を救ってくれた人がいて、その人に魔法を教えてもらい、100年近くを共に過ごした。

 

俺が今ここにいるのは、カサンドラが拾ってくれたからだ。

そう考えると、やっぱり故郷と言ってもいいのかもしれない。

やがて森の奥へ進んでいくと、木々の間から塔の先端が見えてきた。

 

「……え?もしかして……あそこ?」

 

セレナが足を止める。

 

「ああ」

 

「魔女の塔……」

 

フリーダの声が少し弾んだ。

カサンドラの名前は、この国で魔法を学んだことがある者なら知らない方が難しい。

魔女たちの筆頭。

クレストリア王国で長く活動し、王族の相談役を務めることもある人物。

そんな人間が暮らす塔が、森の奥にある。

 

「まさか、リコレットの師匠って……」

 

フリーダが俺を見る。

 

「うん」

 

俺は頷いた。

 

「カサンドラだよ」

 

2人が立ち止まった。

やっぱり、そうなるよな。

 

「ええっ!?」

 

先に声を上げたのはフリーダだった。

 

「カサンドラ様が師匠なんですか!?」

 

「そうだよ」

 

「魔女たちの筆頭の!?」

 

「そう」

 

「世界中で知られているあのカサンドラ様!?」

 

「同じ人だよ」

 

フリーダの勢いが止まらない。

 

「それなら、リコレットの魔法が普通じゃないのも納得できます!」

 

「そこは納得しなくていいから」

 

俺がそう返すと、セレナが少し困ったように笑った。

 

「私も驚いています。リコレットの師匠が、まさかそんな有名な方だったなんて」

 

「本人はそんなに偉そうにはしてないよ」

 

俺が修行していた頃はそうだったし、おそらくずっと昔からそうなんだろう。

……いや、研究に没頭すると生活能力が急激に落ちる人ではあったけど。

 

塔の入口まで辿り着き、俺は扉の前で立ち止まる。

懐かしい。

最後にここへ来たのはいつだっただろう。

世界調律師になってからは会合で顔を合わせることもあるが、この塔を訪れるのは久しぶりだ。

扉へ手を伸ばす。

その前に、内側から鍵が外れる音がした。

 

「リコ?」

 

聞き慣れた声。

扉が開き、長い金髪の女性が顔を出す。

その姿を見た瞬間、修行時代の記憶が一気に蘇った。

 

「久しぶり。ただいま、カサンドラ」

 

「おかえりなさい、リコ」

 

カサンドラは柔らかく笑うと、俺を抱き寄せた。

 

「元気そうでよかったわ」

 

「元気だよ。カサンドラも変わらないね」

 

「それは褒めているのかしら?」

 

「もちろん」

 

「なら、よかった」

 

俺から離れたカサンドラが、後ろにいるセレナとフリーダへ目を向ける。

 

「そちらの2人は?」

 

「私のパーティメンバー。セレナとフリーダだよ」

 

「初めまして。セレナ・フォルティスです」

 

「フリーダ・ライヒェルトです! あの、カサンドラ様にお会いできるなんて光栄です!」

 

「ふふ。そんなに畏まらなくてもいいわよ」

 

カサンドラは穏やかに笑った。

 

「リコの仲間なら、私にとっても大切なお客さんだもの」

 

「ありがとうございます」

 

セレナが頭を下げる。

フリーダはまだカサンドラをじっと見ている。

その視線には、明らかに魔法について聞きたいという気持ちが滲んでいた。

 

「フリーダ」

 

「はい?」

 

「質問は後でね」

 

「……はい」

 

素直に頷いた。

少しは成長したようだ。

以前のフリーダなら、その場で質問を始めていた気がする。

 

「それより、まず中へ入りましょう」

 

カサンドラに促され、俺たちは塔の中へ入った。

内部は昔とほとんど変わっていない。

研究道具が並び、書物が積み上がり、机の上には何に使うのか分からない魔道具が置かれている。

 

「カサンドラ……少し片付けた方がいいんじゃない?」

 

「そう?」

 

「そうだよ」

 

「でも、どこに何があるかは分かっているわよ」

 

「それ、片付いてない人がよく言うやつだから」

 

カサンドラが少しだけ頬を膨らませた。

 

「リコは昔から細かいわね」

 

「カサンドラが大雑把すぎるんだよ」

 

そんなやり取りをしていると、腹の音が聞こえた。

カサンドラの腹からだった。

 

「……お昼にしましょうか」

 

「そうだね」

 

嫌な予感がする。

 

「カサンドラ、最近ちゃんと料理してる?」

 

「しているわよ」

 

「何を?」

 

「……魔力で温めたパン」

 

「それは料理とは言わない」

 

俺は荷物を置くと、台所へ向かった。

 

「リコ?」

 

「久しぶりに来たんだ。昼くらい作るよ」

 

「ありがとう」

 

カサンドラは嬉しそうに笑う。

俺は収納袋から旅の途中で買っておいた食材を取り出し、足りないものを塔の中に残っていた食材で補う。

野菜を切り、肉を焼き、簡単なスープを作る。

料理をしている間、セレナとフリーダはカサンドラと話をしていた。

 

「リコレットは昔から料理が得意だったんですか?」

 

セレナが尋ねる。

 

「ええ。修行中もよく作ってくれたわ」

 

「へえ……」

 

「私の料理よりずっと美味しいのよ」

 

「それは……」

 

セレナが返事に困っている。

俺は鍋をかき混ぜながら、その会話を聞いていた。

 

カサンドラは研究者としては優秀だ。

世界調律師としての判断力も高い。

ただ、それと生活能力は別問題だというだけだ。

 

「できたよ」

 

皿を並べる。

焼いた肉と野菜、温かいスープ、それからパン。

 

「いただきます」

 

4人で食卓を囲む。

カサンドラが料理を口に運ぶと、表情が柔らかくなった。

 

「やっぱりリコの料理は美味しいわ」

 

「カサンドラの料理よりはね」

 

「もう。昔からそこだけは厳しいんだから」

 

「命に関わるからね」

 

「大げさね」

 

「自分の料理を食べて倒れた人間が言うことじゃないと思う」

 

「そんなこともあったわね」

 

カサンドラは楽しそうに笑った。

セレナも笑っている。

フリーダは料理を食べながら、カサンドラと俺を交互に見ていた。

 

「なんだか、いいですね」

 

「何が?」

 

「師匠と弟子って感じがします」

 

「そうかな?」

 

「はい」

 

その言葉を聞いて、少しだけ照れくさくなる。

俺にとっては100年間一緒に暮らした師匠だし家族だ。

こうして仲間に紹介できたことが、思っていた以上に嬉しい。

食事を終えたところで、カサンドラがフリーダとセレナへ向き直った。

 

「2人とも、少しだけリコと話をさせてもらってもいいかしら?」

 

「もちろんです」

 

セレナが答える。

 

「あの!後でカサンドラ様の魔法について質問させてもらえますか!」

 

「いいわよ。リコとの話が終わったらね」

 

「やった!ありがとうございます!」

 

「じゃあ、セレナさんとフリーダさんは、しばらくそこの応接間で待っててもらえるかしら。すぐ済むから」

 

「はい、わかりました」

 

2人が別室へ移動する。

俺とカサンドラだけになった。

 

「それで、どうしたの?」

 

「実は頼みたいことがあるの」

 

カサンドラはそう言うと、机の引き出しから小さな包みを取り出した。

 

「これをフィーネに届けてほしいの」

 

「フィーネに?」

 

「ええ。急ぎではないのだけれど、できればリコから直接渡してほしいわ」

 

包みを受け取る。

中身は魔法で保護されているようだ。

 

「どうして私に?」

 

「あなたなら、フィーネもきっと会ってくれると思うから」

 

「それは……どうかな?」

 

「ふふっ 会ってみればわかるわよ」

 

フィーネは人付き合いが苦手だと聞いた。

俺自身、まだ一度も会ったことが無い。

 

「それに、リコにはこれから色々な場所へ行くんでしょう」

 

「うん。でもしばらくはクレストリアで冒険者活動をするつもりだよ」

 

「そうなの?」

 

「うん。俺はこの国で過ごしたけど、セレナとフリーダはそうじゃいないから、しばらくこの国を見て回りたいんだ」

 

「さっきも言った通り急がないわよ」

 

「どれくらい後でもいいの?」

 

「そうね……10年か20年くらい先でも構わないわよ」

 

「長いな」

 

「だから言ったでしょう。急いでいないもの」

 

本当に急いでいないらしい。

まあ、世界調律師基準だと10年なんてすぐか。

 

「フィーネは森の国エイレンにいるから、そちらへ行くことがあれば、その時に渡してちょうだい」

 

「分かった。預かるよ」

 

包みを収納袋へしまう。

これで、森の国エイレンへ行く理由が1つ増えた。

 

「それと、もう1つ」

 

カサンドラが俺を見る。

 

「リコの姿についてなんだけど」

 

「姿?」

 

「ええ。その姿になってしまった時に色々試したでしょう?」

 

「……うん」

 

世界調律師として確立した姿を変更することはできない。

つまり、男だった頃の俺へ戻ることは不可能だ。

 

「完全に姿を変えるのは無理だけれど、成長した姿を装ったり、目や髪の色を変える程度なら出来るかもしれない」

 

「成長した姿か……たしかにずっと少女のままだと不便かも?」

 

「そういった分野なら、フィーネが詳しいわ」

 

「フィーネが?」

 

「ええ。幻影や変化の魔法については、私よりずっと詳しいもの」

 

カサンドラは少し考えてから続ける。

 

「もし興味があるなら、フィーネから教わって研究してみるといいわ。今の姿を少し成長したように見せる程度なら、方法が見つかるかもしれない」

 

それは、考えたことがなかった。

姿そのものを変えることはできない。

それなら、変装として見た目を変える。

世界調律師として確立した身体はそのままでも、周囲から見える姿だけなら変えられるかもしれない。

 

「……なるほど」

 

「もちろん、研究しても無理かもしれないけれどね」

 

「それでも試してみる価値はありそうだ」

 

「そう思うでしょう?」

 

カサンドラが楽しそうに笑う。

そして、少しだけ間を置いてから付け加えた。

 

「でもさすがに、男性に戻るのは無理だと思うわよ」

 

「分かってるよ!」

 

思わず声が大きくなる。

カサンドラが声を上げて笑った。

 

「ふふっ。ごめんなさい、リコ」

 

「カサンドラ、絶対楽しんでるだろ」

 

「少しだけね」

 

「少しだけじゃないだろ……」

 

それでも、胸の奥に残っていた引っかかりが少し軽くなった気がした。

男に戻れない。

それは変わらない。

でも、この姿で生きていく中で、できることはまだあるらしい。

 

「フィーネに会う理由もできたし、覚えておくよ」

 

「ええ。いつでもいいわ」

 

「じゃあ、フリーダさんに魔法の講義をしてあげましょうか」

 

「助かるよカサンドラ。じゃあ2人を呼んでくる」

 

別室からセレナとフリーダが戻ってきた。

 

「お話は終わりましたか?」

 

「うん」

 

「じゃあさっそく!この間大迷宮で見つけたこの術式なんですが……」

 

俺はカサンドラに2人の相手を任せて、お茶を淹れることにした。

 

◇

 

「カサンドラ、今日はありがとう」

 

「こちらこそ。リコが元気そうで安心したわ」

 

カサンドラはセレナとフリーダにも笑顔を向けた。

 

「2人とも、これからもリコをよろしくね」

 

「はい」

 

セレナが頷く。

 

「もちろんです!」

 

フリーダも元気よく答えた。

塔の外へ出る。

振り返ると、森の中に建つ塔が見えた。

 

ここで100年を過ごした。

魔法を教わり、失敗して、怒られて、それでもまた研究して。

俺が世界調律師になった後も、師匠は変わらず師匠だ。

 

「また来るよ」

 

塔へ向かって呟く。

 

「次は、もう少し早く帰ってくるから」

 

セレナとフリーダが先に歩いていく。

俺も2人の後を追った。

クレストリアでの冒険者生活は、これから始まったばかりだ。

 

フィーネへの届け物をするため、森の国エイレンに行く。

そして、少しだけ気になる研究もできた。

成長した姿を装うか……確かに必要になるかもしれないな。

ただ、男に戻ることだけは――。

 

「……まあ、そこは諦めるしかないか」

 

そう呟いて、俺は森を抜ける2人の背中を追いかけた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。