100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
次の日、俺たちは王都クレストリアを出て、カサンドラの森へ向かっていた。
王都から森までは、それほど遠くない。街道を外れてしばらく歩けば、やがて木々の間に見慣れた景色が現れてくる。
100年間暮らした場所だ。
見覚えのある木々が増えるにつれて、記憶の中に残っていた風景と今の景色が重なっていく。
「リコレット、どうしたんですか?」
「ん?」
「さっきから少し嬉しそうなので」
セレナに言われて、俺は自分の顔に意識を向けた。
……そう見えるのか。
「久しぶりに来る場所だからね。少し懐かしいだけだよ」
「リコレットの故郷みたいな場所なんですよね?」
フリーダが尋ねる。
「故郷……まあ、そんな感じかな」
実際には故郷という言葉では足りない。
地球から転移してきた直後、右も左も分からなかった俺を救ってくれた人がいて、その人に魔法を教えてもらい、100年近くを共に過ごした。
俺が今ここにいるのは、カサンドラが拾ってくれたからだ。
そう考えると、やっぱり故郷と言ってもいいのかもしれない。
やがて森の奥へ進んでいくと、木々の間から塔の先端が見えてきた。
「……え?もしかして……あそこ?」
セレナが足を止める。
「ああ」
「魔女の塔……」
フリーダの声が少し弾んだ。
カサンドラの名前は、この国で魔法を学んだことがある者なら知らない方が難しい。
魔女たちの筆頭。
クレストリア王国で長く活動し、王族の相談役を務めることもある人物。
そんな人間が暮らす塔が、森の奥にある。
「まさか、リコレットの師匠って……」
フリーダが俺を見る。
「うん」
俺は頷いた。
「カサンドラだよ」
2人が立ち止まった。
やっぱり、そうなるよな。
「ええっ!?」
先に声を上げたのはフリーダだった。
「カサンドラ様が師匠なんですか!?」
「そうだよ」
「魔女たちの筆頭の!?」
「そう」
「世界中で知られているあのカサンドラ様!?」
「同じ人だよ」
フリーダの勢いが止まらない。
「それなら、リコレットの魔法が普通じゃないのも納得できます!」
「そこは納得しなくていいから」
俺がそう返すと、セレナが少し困ったように笑った。
「私も驚いています。リコレットの師匠が、まさかそんな有名な方だったなんて」
「本人はそんなに偉そうにはしてないよ」
俺が修行していた頃はそうだったし、おそらくずっと昔からそうなんだろう。
……いや、研究に没頭すると生活能力が急激に落ちる人ではあったけど。
塔の入口まで辿り着き、俺は扉の前で立ち止まる。
懐かしい。
最後にここへ来たのはいつだっただろう。
世界調律師になってからは会合で顔を合わせることもあるが、この塔を訪れるのは久しぶりだ。
扉へ手を伸ばす。
その前に、内側から鍵が外れる音がした。
「リコ?」
聞き慣れた声。
扉が開き、長い金髪の女性が顔を出す。
その姿を見た瞬間、修行時代の記憶が一気に蘇った。
「久しぶり。ただいま、カサンドラ」
「おかえりなさい、リコ」
カサンドラは柔らかく笑うと、俺を抱き寄せた。
「元気そうでよかったわ」
「元気だよ。カサンドラも変わらないね」
「それは褒めているのかしら?」
「もちろん」
「なら、よかった」
俺から離れたカサンドラが、後ろにいるセレナとフリーダへ目を向ける。
「そちらの2人は?」
「私のパーティメンバー。セレナとフリーダだよ」
「初めまして。セレナ・フォルティスです」
「フリーダ・ライヒェルトです! あの、カサンドラ様にお会いできるなんて光栄です!」
「ふふ。そんなに畏まらなくてもいいわよ」
カサンドラは穏やかに笑った。
「リコの仲間なら、私にとっても大切なお客さんだもの」
「ありがとうございます」
セレナが頭を下げる。
フリーダはまだカサンドラをじっと見ている。
その視線には、明らかに魔法について聞きたいという気持ちが滲んでいた。
「フリーダ」
「はい?」
「質問は後でね」
「……はい」
素直に頷いた。
少しは成長したようだ。
以前のフリーダなら、その場で質問を始めていた気がする。
「それより、まず中へ入りましょう」
カサンドラに促され、俺たちは塔の中へ入った。
内部は昔とほとんど変わっていない。
研究道具が並び、書物が積み上がり、机の上には何に使うのか分からない魔道具が置かれている。
「カサンドラ……少し片付けた方がいいんじゃない?」
「そう?」
「そうだよ」
「でも、どこに何があるかは分かっているわよ」
「それ、片付いてない人がよく言うやつだから」
カサンドラが少しだけ頬を膨らませた。
「リコは昔から細かいわね」
「カサンドラが大雑把すぎるんだよ」
そんなやり取りをしていると、腹の音が聞こえた。
カサンドラの腹からだった。
「……お昼にしましょうか」
「そうだね」
嫌な予感がする。
「カサンドラ、最近ちゃんと料理してる?」
「しているわよ」
「何を?」
「……魔力で温めたパン」
「それは料理とは言わない」
俺は荷物を置くと、台所へ向かった。
「リコ?」
「久しぶりに来たんだ。昼くらい作るよ」
「ありがとう」
カサンドラは嬉しそうに笑う。
俺は収納袋から旅の途中で買っておいた食材を取り出し、足りないものを塔の中に残っていた食材で補う。
野菜を切り、肉を焼き、簡単なスープを作る。
料理をしている間、セレナとフリーダはカサンドラと話をしていた。
「リコレットは昔から料理が得意だったんですか?」
セレナが尋ねる。
「ええ。修行中もよく作ってくれたわ」
「へえ……」
「私の料理よりずっと美味しいのよ」
「それは……」
セレナが返事に困っている。
俺は鍋をかき混ぜながら、その会話を聞いていた。
カサンドラは研究者としては優秀だ。
世界調律師としての判断力も高い。
ただ、それと生活能力は別問題だというだけだ。
「できたよ」
皿を並べる。
焼いた肉と野菜、温かいスープ、それからパン。
「いただきます」
4人で食卓を囲む。
カサンドラが料理を口に運ぶと、表情が柔らかくなった。
「やっぱりリコの料理は美味しいわ」
「カサンドラの料理よりはね」
「もう。昔からそこだけは厳しいんだから」
「命に関わるからね」
「大げさね」
「自分の料理を食べて倒れた人間が言うことじゃないと思う」
「そんなこともあったわね」
カサンドラは楽しそうに笑った。
セレナも笑っている。
フリーダは料理を食べながら、カサンドラと俺を交互に見ていた。
「なんだか、いいですね」
「何が?」
「師匠と弟子って感じがします」
「そうかな?」
「はい」
その言葉を聞いて、少しだけ照れくさくなる。
俺にとっては100年間一緒に暮らした師匠だし家族だ。
こうして仲間に紹介できたことが、思っていた以上に嬉しい。
食事を終えたところで、カサンドラがフリーダとセレナへ向き直った。
「2人とも、少しだけリコと話をさせてもらってもいいかしら?」
「もちろんです」
セレナが答える。
「あの!後でカサンドラ様の魔法について質問させてもらえますか!」
「いいわよ。リコとの話が終わったらね」
「やった!ありがとうございます!」
「じゃあ、セレナさんとフリーダさんは、しばらくそこの応接間で待っててもらえるかしら。すぐ済むから」
「はい、わかりました」
2人が別室へ移動する。
俺とカサンドラだけになった。
「それで、どうしたの?」
「実は頼みたいことがあるの」
カサンドラはそう言うと、机の引き出しから小さな包みを取り出した。
「これをフィーネに届けてほしいの」
「フィーネに?」
「ええ。急ぎではないのだけれど、できればリコから直接渡してほしいわ」
包みを受け取る。
中身は魔法で保護されているようだ。
「どうして私に?」
「あなたなら、フィーネもきっと会ってくれると思うから」
「それは……どうかな?」
「ふふっ 会ってみればわかるわよ」
フィーネは人付き合いが苦手だと聞いた。
俺自身、まだ一度も会ったことが無い。
「それに、リコにはこれから色々な場所へ行くんでしょう」
「うん。でもしばらくはクレストリアで冒険者活動をするつもりだよ」
「そうなの?」
「うん。俺はこの国で過ごしたけど、セレナとフリーダはそうじゃいないから、しばらくこの国を見て回りたいんだ」
「さっきも言った通り急がないわよ」
「どれくらい後でもいいの?」
「そうね……10年か20年くらい先でも構わないわよ」
「長いな」
「だから言ったでしょう。急いでいないもの」
本当に急いでいないらしい。
まあ、世界調律師基準だと10年なんてすぐか。
「フィーネは森の国エイレンにいるから、そちらへ行くことがあれば、その時に渡してちょうだい」
「分かった。預かるよ」
包みを収納袋へしまう。
これで、森の国エイレンへ行く理由が1つ増えた。
「それと、もう1つ」
カサンドラが俺を見る。
「リコの姿についてなんだけど」
「姿?」
「ええ。その姿になってしまった時に色々試したでしょう?」
「……うん」
世界調律師として確立した姿を変更することはできない。
つまり、男だった頃の俺へ戻ることは不可能だ。
「完全に姿を変えるのは無理だけれど、成長した姿を装ったり、目や髪の色を変える程度なら出来るかもしれない」
「成長した姿か……たしかにずっと少女のままだと不便かも?」
「そういった分野なら、フィーネが詳しいわ」
「フィーネが?」
「ええ。幻影や変化の魔法については、私よりずっと詳しいもの」
カサンドラは少し考えてから続ける。
「もし興味があるなら、フィーネから教わって研究してみるといいわ。今の姿を少し成長したように見せる程度なら、方法が見つかるかもしれない」
それは、考えたことがなかった。
姿そのものを変えることはできない。
それなら、変装として見た目を変える。
世界調律師として確立した身体はそのままでも、周囲から見える姿だけなら変えられるかもしれない。
「……なるほど」
「もちろん、研究しても無理かもしれないけれどね」
「それでも試してみる価値はありそうだ」
「そう思うでしょう?」
カサンドラが楽しそうに笑う。
そして、少しだけ間を置いてから付け加えた。
「でもさすがに、男性に戻るのは無理だと思うわよ」
「分かってるよ!」
思わず声が大きくなる。
カサンドラが声を上げて笑った。
「ふふっ。ごめんなさい、リコ」
「カサンドラ、絶対楽しんでるだろ」
「少しだけね」
「少しだけじゃないだろ……」
それでも、胸の奥に残っていた引っかかりが少し軽くなった気がした。
男に戻れない。
それは変わらない。
でも、この姿で生きていく中で、できることはまだあるらしい。
「フィーネに会う理由もできたし、覚えておくよ」
「ええ。いつでもいいわ」
「じゃあ、フリーダさんに魔法の講義をしてあげましょうか」
「助かるよカサンドラ。じゃあ2人を呼んでくる」
別室からセレナとフリーダが戻ってきた。
「お話は終わりましたか?」
「うん」
「じゃあさっそく!この間大迷宮で見つけたこの術式なんですが……」
俺はカサンドラに2人の相手を任せて、お茶を淹れることにした。
◇
「カサンドラ、今日はありがとう」
「こちらこそ。リコが元気そうで安心したわ」
カサンドラはセレナとフリーダにも笑顔を向けた。
「2人とも、これからもリコをよろしくね」
「はい」
セレナが頷く。
「もちろんです!」
フリーダも元気よく答えた。
塔の外へ出る。
振り返ると、森の中に建つ塔が見えた。
ここで100年を過ごした。
魔法を教わり、失敗して、怒られて、それでもまた研究して。
俺が世界調律師になった後も、師匠は変わらず師匠だ。
「また来るよ」
塔へ向かって呟く。
「次は、もう少し早く帰ってくるから」
セレナとフリーダが先に歩いていく。
俺も2人の後を追った。
クレストリアでの冒険者生活は、これから始まったばかりだ。
フィーネへの届け物をするため、森の国エイレンに行く。
そして、少しだけ気になる研究もできた。
成長した姿を装うか……確かに必要になるかもしれないな。
ただ、男に戻ることだけは――。
「……まあ、そこは諦めるしかないか」
そう呟いて、俺は森を抜ける2人の背中を追いかけた。