100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
必要な薬草を採り終えた俺たちは、街道を歩いて王都へ戻っていた。
行きと違って、帰り道のヴィヴィアンはすっかり緊張が解けている。
「薬草って、あんなに色々な種類があるんですね」
「見た目が似ているものも多いから、慣れるまでは間違えやすいよ」
「私、途中から見分けられるようになりました!」
「うん。ちゃんと覚えてたね」
俺がそう言うと、ヴィヴィアンは嬉しそうに笑った。
「またやりたいです」
「薬草採取を?」
「はい。それに、別の依頼もやってみたいです」
どうやら、すっかり冒険者生活が気に入ったらしい。
セレナとフリーダも、そんなヴィヴィアンの話を聞きながら楽しそうにしている。
「次はもう少し遠くまで行ってみてもいいかもしれませんね」
フリーダが言う。
「でも、ヴィヴィアンが一緒なら簡単な依頼からにしよう」
「ええ。いきなり危険なところへ行く必要はないと思う」
セレナも頷く。
俺も同意しながら、街道の先へ視線を向けた。
王都までは、もうそれほど遠くない。
このまま何事もなく戻れそうだ。
そう思った直後だった。
森の方から、低い唸り声が聞こえた。
「止まって」
俺が足を止めると、3人もすぐに立ち止まる。
ヴィヴィアンだけが何が起きたのか分からないらしく、周囲を見回していた。
「どうしたんですか?」
「魔物がいる」
セレナが剣へ手を伸ばす。
フリーダも周囲を確認しながら、魔法を使う準備に入った。
森の木々が揺れ、その向こうから大きな影が現れる。
豚のような顔をした、人間より一回り大きな身体。
手には粗末な棍棒。
「オーク……」
セレナが呟いた。
1体だけだ。
危険度としては瑪瑙級。
俺たち3人なら、それほど苦労する相手ではない。
問題はヴィヴィアンだ。
「ヴィヴィアンは下がって」
セレナが前へ出る。
「私たちが戦うよ」
「でも……」
「大丈夫です。ここは任せてください」
フリーダも続いた。
俺はヴィヴィアンの前に立つ。
「私の後ろにいて」
「分かりました」
素直に従ってくれた。
オークが棍棒を振り上げ、こちらへ向かってくる。
セレナが一歩踏み込んだ。
振り下ろされた棍棒を横へ流し、そのまま身体を捻って斬り返す。
オークが唸り声を上げて後退した。
「今です!」
フリーダの術式が組み上がり、オークの足元へ冷気が走る。
動きが鈍ったところへ、セレナがさらに踏み込んだ。
俺はヴィヴィアンを庇いながら、戦況を確認する。
問題ない。
セレナの動きは安定しているし、フリーダも無理に攻撃を重ねず、相手の動きを制限している。
俺が手を出す必要はなさそうだった。
ところが、ヴィヴィアンが俺の横から戦況を覗き込んでいる。
「……私も戦えます」
「え?」
「私も戦えます!」
ヴィヴィアンが剣へ手を伸ばした。
「身体強化も使えますし、騎士団の方たちと剣の稽古もしています」
そういえば、そんな話をしていた。
城を抜け出すくらいのおてんば姫なら、多少は腕に覚えがあっても不思議ではない。
とはいえ、実戦は別だ。
「……わかった。でも危険だから、無理はしないで」
「はい。分かってます」
ヴィヴィアンは真剣な表情で頷いた。
「でも、守られているだけなのは嫌なんです」
その言葉に、俺は少し考える。
確かに、身体能力そのものは悪くない。
それにセレナたちがオークを抑えている今なら、無茶をしなければ問題ないだろう。
あとは保険として、ヴィヴィアンには気づかれないように障壁の魔法をそっとかけておく。
「じゃあ、私の近くから離れないこと。それと、危なくなったらすぐ下がること」
「はい!」
ヴィヴィアンが剣を抜いた。
身体強化の魔力が彼女の身体を包む。
次の瞬間、ヴィヴィアンが地面を蹴った。
速い。
少なくとも、騎士団との稽古は身についているようだ。
オークがセレナへ向けて棍棒を振り回したところへ、ヴィヴィアンが横から斬り込む。
刃がオークの腕を浅く切り裂いた。
「やった!」
ヴィヴィアンが嬉しそうな声を上げる。
「ヴィヴィアン、無理に追わないで!」
セレナの声に、ヴィヴィアンはすぐに距離を取った。
その判断も悪くない。
オークが怒りに任せてヴィヴィアンへ向き直る。
俺はすぐに動けるよう身構えたが、その前にセレナが間へ入った。
「こっちは私が!」
オークの攻撃を受け流し、セレナが懐へ潜り込む。
フリーダの術式がオークの動きをさらに鈍らせ、その隙を逃さずセレナが刃を走らせた。
オークの身体が大きく傾く。
そこへヴィヴィアンが踏み込んだ。
今度は迷いがない。
首元へ向けて振り抜かれた剣が、オークを地面へ倒した。
しばらくして、動かなくなったオークを確認する。
「……倒した」
ヴィヴィアンが呟いた。
「やりましたね」
フリーダが笑う。
「初めての実戦でオークを倒すなんて、すごいですよ」
「本当ですか?」
「はい。身体強化の使い方も悪くありませんでした」
ヴィヴィアンは嬉しそうに笑った。
セレナも剣を収めながら頷く。
「うん。ちゃんと戦えてたよ。でも、無茶はしないでね」
「分かりました!」
どうやら、本人としてはかなり満足したらしい。
俺も少し安心した。
ヴィヴィアンの実力なら、きちんと周囲が支えてやれば冒険者として活動することも不可能ではないだろう。
まあ、冒険者登録そのものができないのだが。
そんなことを考えていると、セレナがオークの死体へ目を向けた。
「魔石を回収しておこうか」
「そうだね」
俺もオークの死体へ近づく。
魔石を取り出し、素材として使える部分を確認する。
オークは魔石以外にも価値のある素材がある。
特に――。
「これも取っておこう」
俺は手慣れた動作で素材を採取した。
「…………」
背後から妙な気配を感じる。
振り返ると、セレナ、フリーダ、ヴィヴィアンの3人が、揃ってこちらを見ていた。
「どうした?」
「えっと……」
セレナが視線を逸らす。
フリーダも何とも言えない顔をしている。
ヴィヴィアンに至っては、耳まで真っ赤になっていた。
「リコレットちゃん……それ、何を採ってるんですか?」
「オークの睾丸だけど」
「言わなくていいです!」
フリーダが勢いよく突っ込んだ。
「素材として価値があるんだから、採るのは普通だろ?」
「普通かどうかはともかく、もっとこう……!」
「でも、これ銀貨数枚にはなるぞ」
俺は採取した素材を収納袋へ入れる。
冒険者として活動する以上、金になる素材を見逃す理由はない。
「……リコレットって、こういうところは妙に逞しいよね」
セレナが呟く。
「そうですか?」
「そうだと思います」
ヴィヴィアンまで頷いた。
俺はただ、売れる素材を回収しただけなのだが……まあ部位が部位だけに、女の子にはちと厳しいか。
「それじゃ、今度こそ帰ろう」
3人とも微妙な表情をしながら歩き始める。
ヴィヴィアンは俺の隣を歩いていたが、しばらくしてから何かを決意したように口を開いた。
「リコレットちゃん」
「ん?」
「今日は本当にありがとうございました」
「どうしたの、急に」
「私、今日ずっと楽しかったんです」
ヴィヴィアンは街道の先を見る。
「街の外へ出て、薬草を採って、魔物とも戦って……こういうことがしたかったんです」
「それなら、よかった」
俺はそう答えた。
ヴィヴィアンはしばらく黙って歩いていた。
やがて王都の城壁が見えてくる。
その頃には、ヴィヴィアンの表情から先ほどまでの楽しげな色が少しずつ消えていた。
「……もう、戻らないといけませんね」
「家に?」
「はい」
その返事には、これまでとは違う響きがあった。
俺はヴィヴィアンを見る。
彼女は城壁の向こうにある王城を見つめていた。
やがて、王都の門へ近づいたところで、こちらへ向かってくる騎馬の集団が見えた。
先頭の騎士がこちらに気づく。
「ヴィヴィアン殿下!」
「……!」
セレナとフリーダが同時に振り返る。
俺も足を止めた。
騎士たちは馬を降りると、ヴィヴィアンの前まで駆け寄った。
「ご無事でしたか!」
「はい。私は大丈夫です」
ヴィヴィアンは困ったように笑った。
「殿下……?」
セレナが小さく呟く。
フリーダも目を丸くしている。
俺は黙ってヴィヴィアンを見た。
やっぱり、そういうことだったか。
最初から薄々そうではないかと思っていた。
ただ、俺にとっては家から逃げてきた貴族の娘という扱いで十分だった。
ヴィヴィアンは俺たち3人を見回した。
「黙っていてごめんなさい」
「ヴィヴィアン……?」
「私、本当はクレストリア王国の第4王女なんです」
セレナが固まった。
フリーダも口を開いたまま動かない。
俺だけは、まあそうだよな、と内心で納得していた。
「王女様……」
ようやくセレナが声を出す。
「だから冒険者登録できなかったんですか?」
「はい。私が勝手に登録したら、すぐに王家へ知られてしまいますから」
「なるほど……」
フリーダもようやく理解したらしい。
ヴィヴィアンは少し申し訳なさそうに俺たちを見る。
「でも、今日だけは本当に冒険者になれた気がしました」
「それならよかったよ」
俺が答えると、ヴィヴィアンは笑った。
「リコレットちゃん、セレナさん、フリーダさん。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、一緒に冒険できて楽しかったよ」
セレナが答える。
「私もです」
フリーダも微笑んだ。
「そうだ、今日はヴィヴィアンも仲間だったんだから報酬は山分けだ」
俺はそう言って、4等分した報酬分の銅貨を革袋に入れてヴィヴィアンに渡した。
王女様にとっては、金銭的な価値はほとんど無いだろうが、自分の力だけで稼いだ金っていうのは違う重みがある。
「……!」
ヴィヴィアンは少し涙目になって、銅貨の入った革袋を受け取ると、大事そうに胸の前で抱きしめる。
「ありがとう。リコレットちゃん」
そう言うと、ヴィヴィアンは騎士たちの方へ向き直った。
「では、帰りましょう」
「はい」
騎士の1人が馬車を連れてきた。
ヴィヴィアンはその前で立ち止まり、もう1度だけ俺たちを振り返った。
「また会えますか?」
「王都にいるなら、どこかで会うかもしれないね」
「約束ですよ」
そう言って、ヴィヴィアンは馬車へ乗った。
騎士たちに囲まれながら遠ざかっていく姿を、俺たちはしばらく見送った。
やがてその姿が見えなくなる。
「……王女様だったんだ」
セレナが呟く。
「まったく気づきませんでした」
フリーダも驚きを隠せない。
「私はなんとなく、そんな気はしてたけど」
「えっ?」
2人がこちらを見る。
「いや、家から逃げてきた貴族の娘っていう話だったからね。妙に育ちが良かったし、あとお城とか騎士団とか迂闊な発言もちょいちょいあったから」
「そっかあ……じゃあ私たちも戻ろうか」
「そうですね」
王都へ続く道を、俺たちは歩き始めた。
今日の冒険は、薬草採取だけのはずだった。
結果的に、王女様と一緒に冒険して、帰り道にオークと戦うという、少しばかり予想外の1日になってしまった。
ただ、ヴィヴィアンが楽しそうに笑っていたことだけは、しばらく忘れない気がする。