100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
倉庫の中へ入った俺たちは、まず4人で手分けして内部を確認することにした。
倉庫はかなり広く、壁際には棚が並び、その間には木箱が積まれている。商品らしい布地や食器、日用品の箱もあれば、何に使うのか分からない道具まであった。
「思っていたよりいっぱい物があるね」
セレナが棚を見上げる。
「商会の倉庫だからね。ここにある物を全部覚えるのは大変そう」
フリーダも周囲を見回している。
「それにしても、やっぱり何かいますよね」
「うん」
魔物の気配とは違う。強い魔力が流れているわけでもないし、明確な意思を感じるわけでもない。ただ、倉庫そのものに何かが馴染んでいるような感覚がある。
幽霊屋敷の精霊だったマルティナを思い出すが、今の段階では何とも言えない。
「まずは、何がどこにあるのか確認しよう」
「どうして?」
リーナが不思議そうに尋ねる。
「物が勝手に移動しているなら、移動する前と後を比べないと何が起きているのか分からないからね」
「じゃあ、全部覚えるの?」
「それだと大変だから、書いておこう」
俺は持ってきた紙を取り出した。
「場所と中身を記録しておけば、明日になって何かが移動していても分かる。例えば、この箱がここにあった、と確認できればいい」
「なるほど」
フリーダが頷いた。
「それなら、調査としても分かりやすいですね」
「うん。怪異の正体を探す前に、まず事実を集めよう」
世界調律師としてなら、倉庫全体を調べる方法はいくらでもある。だが、今回は冒険者として依頼を受けている。
いきなり魔法で原因を探るより、普通の冒険者がやるような調査から始めたほうが自然だ。
「じゃあ、私はこっちを見るね」
セレナが右手側の棚を指差した。
「私は奥のほうを調べます」
フリーダも反対側へ向かう。
「リーナはどうする?」
「私もやる!」
即答だった。
「じゃあ、リーナには簡単なところをお願いしようかな」
俺は紙を1枚渡した。
「ここに書いてある場所を見て、箱に何が入っているか教えてくれる?」
「分かった!」
リーナは紙を受け取ると、嬉しそうに走り出しかけた。
「走らないでね」
「はーい」
すぐに歩き方へ戻るあたり、本人なりにちゃんと約束を守るつもりらしい。
「えっと……ここは?」
「その棚は食器だね」
「こっちは?」
「布地。その箱は開けなくても、札を見れば分かるよ」
「ほんとだ!」
リーナは棚に貼られた札を覗き込みながら、ひとつずつ確認していく。
俺も反対側の棚へ向かい、箱の位置と中身を書き込んでいった。
単純な作業ではあるが、倉庫が広いだけに時間がかかる。
「リコレット、これってどこに置けばいい?」
セレナが箱を抱えて尋ねてきた。
「その箱なら、今の場所で大丈夫。動かしたなら、元の場所も記録しておこう」
「分かった」
「リコレットお姉ちゃん、これどうしよう。すごく重い」
今度はリーナだった。
「それは重いから触らなくていいよ。中身だけ確認してくれれば大丈夫」
「はーい」
リーナは素直に頷いた。
その後も、俺たちは棚の位置を確認しながら作業を続けた。
「リコレットお姉ちゃん」
しばらくして、リーナが俺のところへやってくる。
「なに?」
「冒険者って、こういうこともするの?」
「こういうこと?」
「箱を見たり、紙に書いたりするの」
「ああ」
俺は少し考えてから答えた。
「冒険者の仕事って、魔物と戦うだけじゃないからね。護衛をしたり、探し物をしたり、今回みたいに調査をすることもあるよ」
「そうなんだ」
リーナは感心したように紙を見る。
「じゃあ、冒険者ってなんでもするんだね」
「なんでも、というほどじゃないけどね」
俺がそう答えると、リーナは少し嬉しそうに笑った。
「私、やっぱり冒険者になりたい!」
「そう思ってくれるのは嬉しいけど、リーナはまだ5歳だからね」
「大きくなったら!」
「その頃には、今とは違う仕事をしたくなってるかもしれないよ」
「ならないよ!」
ずいぶん自信満々だ。
「いろんなところに行って、いろんなものを見たいの!」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
それは冒険者という職業そのものより、旅に対する憧れなのかもしれない。
俺自身も、冒険者として旅を始めてから、知らない街や知らない景色を見ることが増えた。
「だったら、今はいっぱい見ておくといいよ」
「うん!」
リーナは元気よく返事をすると、また倉庫の中へ戻っていった。
「……本当に元気な子だ」
セレナがその様子を見ながら言う。
「前に会ったときもあんな感じだったね」
フリーダも笑っている。
「リーナちゃんは冒険者になったら、どんな冒険者になるんでしょう」
「たぶん、あちこち行きたがる冒険者になるんじゃないかな」
「それ、今とあまり変わらない気がします」
「確かに」
3人でそんな話をしながら、再び作業へ戻った。
◇
昼を過ぎ、さらに時間をかけて調査を続ける。
倉庫内の箱にはそれぞれ管理用の札が付けられていたため、想像していたよりも作業は進みやすかった。
ただし、長く使われている倉庫だけあって、古い荷物もかなり混ざっている。
「これは……何でしょう?」
フリーダが棚の奥から出した箱を眺める。
「札には『旧保管品』としか書いてないね」
「開けてみますか?」
「中身を確認するだけならいいと思う。ただ、今日は場所を変えないほうがいい」
「分かりました」
箱を開けると、中には古びた布や使い古された道具がいくつか入っていた。
「商品ではなさそうですね」
「うん。こういうものも記録しておこう」
俺は箱の場所と札の内容を書き留めた。
こうして見ると、倉庫には商売に使う商品だけでなく、長い間置きっぱなしになっている荷物も多い。
今回の怪異が何者によるものなのかはまだ分からないが、こういう古い荷物が何かの手掛かりになる可能性もある。
「リコレットお姉ちゃん!」
遠くからリーナの声がした。
「こっちは終わったよ!」
「じゃあ、次はこっちを手伝ってもらおうかな」
「うん!」
リーナは嬉しそうに駆け寄ってくる。
「今度は何するの?」
「この棚にある箱を順番に確認するよ」
「分かった!」
その後も作業は続き、夕方になる頃には倉庫の大部分を確認することができた。
「これで全部かな」
俺は手元の紙を確認した。
棚ごとの位置、中身、箱の種類。細かな違いまで記録してある。
「かなり書きましたね」
セレナが紙を覗き込む。
「これなら明日、変化があればすぐに分かりそうです」
「うん。あとはアルベルトさんに渡しておこう」
俺たちは倉庫を出る前に、記録した紙をまとめた。
リーナも最後まで手伝ってくれたので、かなりの量になっている。
「お父さんに見せるの?」
「そうだよ」
「じゃあ、私が持つ!」
リーナが紙の束を抱えようとする。
「それはちょっと重いから、私が持つよ」
「むう……」
「明日も調査があるから、そのときまた手伝ってね」
「分かった!」
倉庫を出てアルベルトさんのところへ戻ると、俺は今日の調査結果を渡した。
「これは?」
「倉庫の中身を記録したものです。どこに何があるのか分かるようにしてあります」
「なるほど」
アルベルトさんは紙をめくりながら頷く。
「これなら、明日何かが移動していた場合にも比較できるな」
「はい。まずはこれで様子を見ましょう」
「助かるよ。今日はありがとう」
「こちらこそ」
リーナはアルベルトさんの隣で満足そうな顔をしている。
「私もいっぱいお手伝いしたよ!」
「そうか。偉かったな」
アルベルトさんが娘の頭を撫でる。
「じゃあ、今日はこれで帰ろうか」
「うん!リコレットお姉ちゃんまたね!」
俺たちはリーナに手を振って別れ、商会を後にした。
◇
翌日。
俺たちは昨日と同じ時間にラングフォード商会へ向かった。
「おはようございます」
商会へ入ると、アルベルトさんがすぐにこちらへやってくる。
「おはよう。実は、今朝倉庫を確認したら……」
「何かありましたか?」
「ああ。昨日の記録と違う場所にある箱があった」
それを聞いて、俺たちはすぐに倉庫へ向かった。
昨日と同じ鍵を開けてもらい、中へ入る。
一見しただけでは大きな違いは分からない。
だが、記録を照らし合わせていけば――。
「あった」
俺は棚の位置を確認した。
昨日、ここには別の箱が置かれていたはずだ。
その箱は少し離れた場所へ移動している。
「これですね」
フリーダが記録を覗き込む。
「昨日はここにありませんでした」
「うん」
俺は移動してきた箱の札を確認した。
そこに書かれていた名前を見て、アルベルトさんが足を止める。
「……それは」
「何かご存じですか?」
「祖父の古い荷物だ」
アルベルトさんが箱を見つめる。
「昔から倉庫の隅に置かれていたものだ。中身については、私も詳しく知らない」
「昨日の記録にも残っています」
俺は紙を取り出して確認した。
「昨日は奥の棚にありました。それが今はここへ移動しています」
「間違いないな」
アルベルトさんは箱の前にしゃがみ込んだ。
「開けてみてもいいでしょうか?」
「構わない。むしろ、何が入っているのか確認しておきたい」
蓋を開ける。
中には古びた布や道具、それからいくつかの荷物が収められていた。
「これ……」
リーナが箱の中を覗き込む。
一番下から、古い旅行鞄が出てきた。
革はところどころ擦れていて、長い間使われていたことが分かる。それでも壊れているわけではなく、手入れをすればまだ使えそうだった。
リーナはその鞄をじっと見つめている。
「リーナ?」
俺が声をかけても、すぐには返事をしない。
小さな手を鞄へ伸ばし、触れる直前で止める。
そして、少し首を傾げた。
「……なんだか」
リーナが呟く。
「この子、お外に出たがってるみたい」
俺は古びた旅行鞄を見つめた。
昨日から感じていた微かな違和感が、リーナの言葉でほんの少しだけ形を持ったような気がした。