100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
「……この子、お外に出たがってるみたい」
リーナの言葉に、俺は古びた旅行鞄へ視線を戻した。
革は擦れていて、金具にも錆が浮いている。長い間使われていなかったことは一目で分かる。
鞄の周囲に漂う魔力を改めて意識してみると、確かに微かな反応があった。
「フリーダ、ちょっと見てもらえる?」
「はい」
フリーダが鞄へ近づく。
「どうかな?」
「昨日から感じていた違和感と同じものがあります。ただ、魔物という感じではないですね」
「セレナは?」
「私には、よく分からないかな。でも……リーナちゃんがそう言うなら、何かいるのかもしれないね」
「うん」
俺は鞄へ手を伸ばした。
魔力を流し込み、表面から内部へと探っていく。
普通の魔道具なら、術式が組み込まれている場所や魔力の流れが見える。だが、この鞄にはそういったものはない。
代わりに、鞄の中へ絡みつくように、小さな魔力の塊が存在していた。
しかも、その魔力は鞄そのものから生じているわけではない。
長い時間をかけて、この鞄に染みついた何かだ。
「……精霊だね。うちの屋敷と同じだ」
フリーダが身を乗り出した。
「えっ、精霊ですか?マルティナさんみたいな?」
「たぶん」
俺は鞄から手を離さずに答えた。
「長い間この鞄に宿っていたみたい。かなり微弱だけど、意思はある」
「意思があるんだ?」
セレナも興味深そうに鞄を見る。
「うん。たぶん、リーナにはそれが何となく分かっているんだと思う」
「だから『この子』って言ってたんだね」
「そういうことだね」
リーナは鞄を覗き込みながら、嬉しそうに笑った。
「やっぱりいたんだ」
「何か聞こえる?」
「うーん……」
リーナは少し考える。
「よく分からないけど、お外に行きたいって言ってる気がする」
やはり意思疎通ができている。
ただし、かなり曖昧だ。
精霊の存在が弱すぎるせいだろう。
このままではリーナとまともに会話することもできない。
俺は鞄を眺めながら考えた。
うちのマルティナにやったように、精霊の存在を強化することは、俺には簡単だ。
普通の依頼として考えるなら、そこまで手を出す必要はない。精霊が宿っていると分かった時点で依頼主へ報告して、それで終わり。
ただ、今回は話が少し違う。
この精霊が倉庫の中で物を動かしていたのなら、今回の怪異の原因はほぼ特定できたことになる。
それに何より、リーナの手助けをしてあげたいと思う。
「リーナ、この子ともう少し話してみたい?」
「うん!」
即答か。
俺は少しだけ考え、鞄に手を添えた。
「じゃあ、少しだけ力を分けてみるね」
「何をするんですか?」
フリーダが尋ねる。
「精霊の存在を少し強くする。今のままだと、意思を伝えることも難しそうだから」
「リコレット、そんなこともできるんですか……もしかしてマルティナさんもそれで?」
「うん……あの時は言わなかったけど」
俺はそう答えながら、魔力を細く流し込んだ。
精霊そのものを作り変えるのではなく、既に存在している核へ魔力を与え、その輪郭を保てるようにする。
鞄の表面に淡い光が走った。
次の瞬間、鞄の上から小さな光の塊が浮かび上がる。
「わっ……!」
リーナが声を上げた。
光は次第に人の形へ変わっていく。
小さな手。
細い腕。
短い髪。
そして、空中に浮かぶ小さな男の子の姿になった。
年齢で言えば、6歳か7歳くらいだろうか。
服装も古い時代の旅人を思わせるものになっている。
「……こんにちは?」
リーナが恐る恐る声をかける。
小人はリーナを見ると、ぱっと表情を明るくした。
「こんにちは!」
「しゃべった!」
リーナが嬉しそうに笑う。
「うん。こんにちは」
小人は空中でくるりと回った。
「ここ、どこ?」
「商会の倉庫だよ」
「そうなんだ」
小人は周囲を見回す。
その顔には、少し寂しそうな色が浮かんでいた。
「ずっと、ここだった」
「ずっと?」
「うん。ずっと鞄の中」
なるほど。
精霊自身に明確な記憶があるのかは分からないが、長い間この倉庫に置かれていたことは覚えているらしい。
「どうして物を動かしたの?」
俺が尋ねると、小人は首を傾げた。
「動かした?」
「箱を動かしたり、物を積み替えたりしたでしょう?」
「あれは……」
小人は少し考えてから答える。
「お外に行きたかったから」
「それで、箱を動かしたの?」
「うん。でも、お外に行けなかった」
どうやら目的は単純だったらしい。
物音を立てたり、商品を動かしたりしたのも、誰かに気づいてほしかったのだろう。
「リーナ」
「なに?」
「この子は、外に行きたいんだって」
「うん、分かるよ」
リーナは嬉しそうに頷いた。
「私も、いろんなところに行きたいの!」
「ほんと?」
小人がリーナへ近づく。
「うん! いろんなところを見たいの!」
「ぼくも」
2人は空中と地面で向かい合っている。
妙な光景ではあるのだが、不思議とよく似合っていた。
「リコレット、これは……」
セレナが俺へ小声で話しかける。
「うん」
「なんだか、楽しそうだね」
「そうだね」
俺も思わず笑ってしまった。
依頼を受けたときは、もっと厄介な怪異を想像していた。
実際に蓋を開けてみれば、長い間忘れられていた旅行鞄と、その中で外の世界を待ち続けていた精霊だったわけだ。
「ところで、君の名前は?」
リーナが尋ねる。
小人は困ったように首を傾げた。
「名前?」
「うん」
「分からない」
「じゃあ、名前はないの?」
「たぶん」
「リーナが名前を付けてあげたら?」
俺がそう言うと、リーナは頬に手をあててうんうんと考え始めた。
見ていて微笑ましい。
「……じゃあ、タビちゃんで!」
「変わった名前ね?」
セレナが思わず口を挟む。
「なんとなく浮かんだの!」
……んん? 旅? 魔力を注ぐ時に日本語のイメージでも混じったか?
「うん。ぼく、タビでいいよ」
「ほら!」
リーナが胸を張る。
俺は笑いを堪えながら小人を見る。
「じゃあ、タビで決まりだね」
「うん!」
小人は嬉しそうに笑った。
まあ、全員嬉しそうだしいいか。
◇
「それで、今回の怪異の原因はこの精霊だったんですね」
アルベルトさんへ事情を説明すると、彼は驚いた顔で空中に浮かぶ小人を見つめていた。
「まさか……」
「倉庫の物を動かしていたのは、外へ出たかったからだそうです。人間に危害を加えるつもりはなかったみたいですね」
「そうだったのか……」
アルベルトさんは何度も小人を見る。
そして、ふと眉を寄せた。
「……いや」
「どうしました?」
「その子を、もう少し近くで見てもいいか?」
「どうぞ」
アルベルトさんが小人へ近づく。
タビは警戒する様子もなく、アルベルトさんを見上げた。
しばらく見つめた後、アルベルトさんが呟く。
「祖父に似ている」
「え?」
セレナが声を漏らした。
「顔立ちが、若い頃の祖父にそっくりだ」
アルベルトさんはしばらく考え込んだ後、応接室へ戻っていった。
少しして戻ってきた彼の手には、古い姿絵がある。
「これを見てくれ」
俺たちが絵を覗き込む。
そこには、若い男性が描かれていた。
整った顔立ちをした青年で、肩から大きな旅行鞄を提げている。
「この方が?」
「私の祖父だ。若い頃は商会の仕事を手伝いながら、世界中を旅していたらしい」
アルベルトさんは姿絵を見つめた。
「その鞄も、祖父が使っていたものだと聞いたことがある。ただ、私が物心ついた頃にはもう倉庫に置かれていた」
タビが姿絵を覗き込む。
「この人……知ってる」
「本当か?」
「うん。ぼくと一緒に、いろんなところへ行った」
アルベルトさんが目を見開く。
「そうか……」
彼は絵とタビを交互に見て、それから古い鞄へ視線を落とした。
「祖父は、ずいぶん昔に亡くなっている。だが、この鞄はずっと残っていた」
「その間も、タビは鞄の中にいたんでしょうね」
「……そうなのかもしれないな」
アルベルトさんは少し寂しそうに笑った。
「祖父が旅をやめたあとも、まだ旅の続きをしたかったのだろうか」
「たぶん」
俺はタビを見る。
小人はアルベルトさんの話を聞きながら、姿絵の青年をじっと見つめていた。
「ぼく、また旅したい」
「そうだね」
リーナが隣から答える。
「私も大きくなったら旅する!」
「リーナが?」
アルベルトさんが驚いた顔をする。
「うん! この鞄を持って、いろんなところに行くの!」
リーナは旅行鞄を抱きしめるように腕を回した。
「タビちゃんも一緒に行こうね」
「うん!」
小人が嬉しそうに頷く。
アルベルトさんはそんな2人を見て、困ったような、それでいて嬉しそうな顔になった。
「……そうか。いつか、そんな日が来るのかもしれないな」
これで今回の依頼は終わりだ。
怪異の原因は精霊。
しかも、その精霊は危険な存在ではなく、ただ旅を続けたかっただけだった。
「では、これで依頼は完了ということで大丈夫でしょうか?」
「ああ。もちろんだ」
アルベルトさんは深く頷いた。
「本当にありがとう。君たちに頼んでよかった」
「こちらこそ、いい経験になりました」
俺たちは商会を後にする準備を始めた。
リーナとタビはまだ旅行鞄のそばで楽しそうに話している。
「……なんだか、いい話になっちゃったね」
セレナが微笑む。
「うん」
フリーダもタビを眺めている。
「最初はもっと怖い怪異かと思っていましたけど、こういう結末なら安心しました」
「そうだね」
俺も鞄を振り返る。
この街へ来てから、ヴィヴィアンと出会い、薬草採取へ行き、そして今回の倉庫の依頼を受けた。
こうして人と関わりながら旅をしていると、1つの街に滞在しているだけでも色々なことが起きる。
「……そろそろ、次の国へ行ってみる?」
俺がそう言うと、セレナとフリーダがこちらを見る。
「私も賛成」
セレナが答えた。
「私もです。次はどこへ行きます?」
「そうだね」
俺は少し考える。
クレストリア王国での冒険者活動も十分に経験した。
北に行って聖国か、南に行って学園都市か……後々、森の国にも行くことを考えると……。
「学園都市アルカディアへ行ってみようか」
「アルカディアですか?」
「うん。フリーダが昔いた街だし、魔法についても色々と見られそうだから」
「それは……!」
フリーダの目が輝いた。
しまった。
この話題を出した瞬間、魔法の話が止まらなくなる可能性がある。
「……まあ、急いで決める必要はないけどね」
「いえ、行きましょう!」
「早いな」
「リコレットにも、アルカディアを見てもらいたいです!」
完全に食いついている。
セレナも笑いながら頷いた。
「私も行ってみたい。フリーダが昔暮らしていた場所、見てみたいし」
「じゃあ、決まりかな」
俺たちは次の目的地を決めた。
クレストリア王国での冒険者活動は、これで一区切り。
次は学園都市アルカディア。
そこにはどんな人たちがいて、どんな出来事が待っているのだろう。
そんなことを考えながら、俺は仲間たちと一緒に宿へ戻った。