100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
「あとは最後の仕上げだけね」
その言葉を聞いた時、俺は思わず窓の外へ目を向けた。
塔を囲む森は、100年前と何も変わっていないように見える。
もちろん、実際には違う。
木々は何度も生え替わり、動物たちも世代を重ねてきたはずだ。
変わっていないのは景色ではなく、俺とカサンドラの方だった。
100年。
最初は気の遠くなるような年月だと思っていた。
けれど、振り返ってみれば案外あっという間だった気もする。
世界の歴史を学び、魔法を学び、世界調律師として必要な知識を叩き込まれ、時には各地を巡って実地で経験も積んだ。
料理を担当するようになってからは、カサンドラの食生活も劇的に改善した。
その代わり、「今日は新作を考えたの」と台所へ向かうたび、俺が全力で止めるのも日常になっていたが。
「リク」
カサンドラの声で意識が戻る。
「いよいよ、世界調律師になるための最後の儀式を始めるわ」
自然と姿勢が正された。
ここまで来るのに100年。
ようやく終わりが見えたのだ。
「何をするんですか」
「世界調律師としての肉体を作るの」
聞き慣れた単語なのに、一瞬意味が分からなかった。
「肉体を……作る?」
「ええ。今の身体は寿命を延ばしてはいるけど、あくまで人間のもの。世界調律師はもっと世界に適合した肉体へ作り変える必要があるの」
そう言われれば納得できる。
世界調律師は不老で、万が一死亡しても塔で復活すると聞いている。
人間と同じ身体のままでは、その仕組みは成立しないのだろう。
「危険はないんですか」
「心配しなくて大丈夫。私たちは皆、この方法で世界調律師になっているわ」
歴代全員が通ってきた儀式なら安心だ。
……一つだけ、気になることがある。
「あの、カサンドラ」
「何かしら」
「せっかく身体を作り直すなら、少しお願いがあるんですが」
「聞くわ」
少し言いづらいな……だがまあダメ元だ。俺は頭をかきながら言った。
「俺が修行を始めたのは30過ぎだったから、今の身体って30代じゃないですか」
「そうね」
「できれば20代くらいに若返れませんか」
言ってしまえば、ささやかな願望である。
社会人になってから運動不足も重なり、体力の衰えは嫌というほど実感していた。
大学時代はそれなりにスポーツもしていたし、体も鍛えていた。
修行で今の体力そのものは、地球にいた頃とは比較にならないものになってはいるが、せっかく新しい人生を歩むなら、見た目も一番元気だった頃へ戻れたら嬉しい。
カサンドラは顎へ指を当てて答える。
「可能よ。むしろ大半の世界調律師は自分の全盛期の身体にしているから、リクはどうしたいか聞こうと思ってたの」
「本当ですか」
思わず身を乗り出す。
「ただし一つ条件があるの」
「条件?」
「20代のリクと魔力的な繋がりが残っている物が必要になるわ」
「繋がり……ですか」
転移前の持ち物は、魔法で保管してもらっている。
だが財布や服が、若い頃の自分と魔力的な繋がりがあるかと言われると微妙だ。
「絵姿でも構わないわよ?」
「絵姿?」
「ええ。本人を強く記録している物なら媒体は問わないわ」
そこで、ある物を思い出した。
「スマホなら……」
転移した当時、ポケットへ入っていたスマートフォン。
カサンドラが「面白い道具ね」と興味をもっていた。
「まだ残ってますか」
「もちろん」
カサンドラが棚から小さな箱を取り出す。
中には、懐かしい黒いスマートフォンが静かに収まっていた。
「懐かしい……」
思わず両手で受け取る。
100年前は毎日触っていた物なのに、今では骨董品を眺めるような気分だった。
電源ボタンを押す。
画面がゆっくりと点灯する。
「動く……」
「単純な保存魔法じゃなく、時間を止めて保管していたもの」
なるほど。
だから劣化していないのか。さすがはカサンドラの魔法だ。
俺はロック画面を見つめる。
暗証番号。
指は覚えているはずなのに、一瞬だけ迷った。
「ええと……」
1回目。
違う。
「あれ?」
2回目。
また違う。
「100年も経つと忘れるものね」
後ろからカサンドラが面白そうに覗き込んでいる。
「笑い事じゃないですよ」
営業時代なら毎日入力していた番号だ。
それなのに思い出せない。
誕生日ではない。
会社の番号でもない。
少し考え込んだ末、ふと昔の癖を思い出して数字を入力する。
電子音とともに画面が切り替わった。
「よかった……」
心の底から安堵する。
危うく若返る前に、スマホのロック解除で詰むところだった。
「20代の写真ですね」
写真アプリを開けばいい。
そう思いながらホーム画面を見渡す。
並んだアイコンはどれも懐かしい。
100年前には毎日のように使っていたものばかりだ。
だが、その懐かしさゆえに、どれがどこにあったかまで思い出すには少し時間が必要だった。
ホーム画面を眺めながら、目的の写真アプリを探す。
「見つかった?」
「もう少しです」
100年前なら、指が勝手に動いていたはずだ。
ところが久しぶりに見る画面は思った以上に懐かしく、記憶と実際の配置が微妙に食い違っている。
「あ、あった」
ようやく目的のアイコンを見つける。
そのすぐ隣には、昔ずいぶん遊んでいたソーシャルゲームのアイコンが並んでいた。
「懐かしいな……」
サービスはもう終わっているだろう。
当時は毎日ログインしていた。
主人公として育てていたお気に入りのキャラクターもいたっけ。
そんなことを思い出しながら指を動かす。
「リク」
カサンドラが静かに声を掛ける。
「準備はできた?」
「あ、はい」
俺は画面から目を離さず返事をした。
写真を開いてから返事をするつもりだった。
その、ほんの一瞬の油断だった。
指先がわずかに滑る。
「あ」
軽い電子音。
画面いっぱいに、色鮮やかなゲームのタイトルロゴが表示された。
「しまっ――」
言い終えるより早く、背後からカサンドラの声が響く。
「それじゃあ始めるわ」
足元へ複雑な魔法陣が広がった。
金色の光が何重にも重なり、俺の身体を包み込んでいく。
「待ってくれ!」
慌ててスマホを掲げる。
「違う! これ写真じゃ――!」
「え?」
カサンドラが初めて動揺した声を出した。
だが、もう遅い。
光は一気に強さを増し、スマホの画面から無数の光の粒が吸い上げられていく。
「ちょっ、本当に待っ――!」
視界が真っ白に染まった。
身体がふわりと浮き上がる。
熱さも痛みもない。
ただ、自分という存在が細かく分解され、もう一度組み立て直されていくような奇妙な感覚だけが続いていた。
どれほど時間が経っただろう。
数秒だったのかもしれないし、数時間だったのかもしれない。
やがて光がゆっくりと収まっていく。
「……終わった?」
恐る恐る目を開けた。
目の前には、固まったままのカサンドラが立っている。
普段は滅多に表情を変えない彼女が、珍しく大きく目を見開いていた。
「カサンドラ?」
返事がない。
俺の顔を見たまま、完全に思考が止まっている。
「どうかしましたか」
声を掛けながら一歩踏み出そうとする。
その瞬間、視界が妙に低いことへ気付いた。
「あれ?」
床が近い。
着ていた服も、やけに大きく感じる。
袖が余り、裾も引きずりそうだ。
嫌な予感ではない。
もっと単純な違和感。
自分の身体が、自分の知っている大きさではない。
「……リク」
ようやくカサンドラが口を開く。
「ごめんなさい」
「何がです?」
「こんな事故、初めて見たわ」
事故。
その言葉を聞いた瞬間、背筋へ冷たいものが走る。
俺は慌てて近くの窓ガラスへ駆け寄った。
そこへ映っていたのは――
金色のツインテール。
紫色の瞳。
10歳くらいにしか見えない、小柄な少女だった。
「…………」
しばらく理解が追い付かない。
少女が驚いた顔をしている。
俺も驚いている。
少女が口を開く。
俺も口を開いている。
「……俺?」
思わず漏れた声は、高く澄んだ少女の声だった。
「いやいやいや!」
慌てて頬をつねる。
痛い……夢ではない。
頭を触る……長い髪が指へ絡む。
胸元へ目を落とす……小さいがたしかに存在するふくらみ。
股間は……予想通りか……すまん、息子よ。
「何で!?」
ようやく頭が現実へ追い付いた。
「女の子になってるんですけど!?」
カサンドラは申し訳なさそうに近付いてくる。
「儀式そのものは成功しているわ」
「これでですか!?」
「世界調律師としての肉体も、魔力回路も、魂との結合も全部問題ない」
そこで一拍置き、困ったように続けた。
「ただ、身体だけが……そのスマホに映っていた人物を元に作られてしまったみたい」
「写真じゃなくてゲーム画面ですよ!」
俺は頭を抱えた。
100年修行した最後の最後で、まさかこんな凡ミスをやらかすとは思わない。
しかも、原因は完全に自分だ。
カサンドラは何度も窓へ映る俺とスマホを見比べ、小さく首をかしげる。
「リク」
「……はい」
「とても可愛いわね」
「そこじゃないです!」