100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
久しぶりの故郷
王都クレストリアを出てから、数日が経った。
街道を進む馬車の窓から外を眺めながら、私はぼんやりと流れていく景色を追っていた。
クレストリア王国の南へ向かう街道は、これまで歩いてきた道とは少し違う。
大きな街道だけあって道幅も広く、馬車の往来も多い。商隊らしい荷馬車とすれ違うこともあれば、私たちと同じように旅をしている冒険者の姿も見かける。
そんな景色を眺めていると、これから向かう場所のことを考えてしまう。
私の名前はフリーダ・ライヒェルト。
冒険者をやってる魔法使いだ。
これから向かう学園都市アルカディアは、私が昔魔法を学んでいた街で故郷でもある。
「……アルカディアかぁ」
「楽しみそうだね、フリーダ」
向かいに座っていたリコレットが笑った。
「もちろんです。久しぶりの里帰りですから」
「そうか。フリーダはアルカディアの出身なんだっけ。どんなところなんだ?」
「魔法を学ぶなら最高の場所ですよ! いろんな研究が行われていますし、各地から魔法を学ぶ人が集まってきます。図書館も大きいですし、魔道具の研究施設だって――」
「ごめん、私が悪かった。もう分かったから」
「まだ何も言ってませんよ」
「これから長くなりそうだから止めただけ」
「ひどいです」
私は頬を膨らませる。
リコレットは困ったように笑った。
このやり取りも、もうすっかり馴染んでいる。
リコレットと出会ったのは、冒険者になってからしばらく経った頃だった。
正確には、私が冒険者として活動を始めて、いつの間にかヴェルグラードに辿り着いた頃、丁度リコレットとセレナが冒険者として活動を始めた。
初めて見たときの印象は、とても可愛い女の子。
10歳くらいか、大きくても12歳くらいにしか見えない容姿だけど15歳らしい。
今はもう16歳のはずだけど、あんまり成長してるようには見えない。
それから少し話して、魔法を使っているところを見て、その印象が大きく変わった。
駆け出し冒険者らしく、初級術式を使っている。
なのに、どう考えてもおかしい。
術式を構築する速度が速すぎる。
魔力の制御も異常なほど正確で、無駄がほとんどない。
最初は、単純に魔法の才能がすごく高いのだと思っていた。
けれど、何度か一緒に行動するうちに、それだけでは説明できないことが増えていった。
(どうして初級術式ばかり使うんだろう)
そう思ったこともあるけど、ある日気が付いた。
初級術式しか使えないのではなくて。
むしろ逆。
使えるのに、わざと使っていないように見えた。
例えば、炎を扱うときもそうだった。
普通なら術式を組み上げて、必要な魔力を流して発動する。
私もそうする。
けれどリコレットの場合、術式の構築が妙に滑らか。
複雑な術式を扱っているように見えないのに、魔力の流れは驚くほど安定している。
しかも、発動した魔法の威力まできちんと調整されている。
強くすることもできるはずなのに、必要な分だけ使う。
最初の頃は、それを見ているだけで落ち着かなかった。
魔法使いとしての私の常識からすると、どうしてそんなことができるのか分からなかったから。
「リコレットって、昔から魔法を使っていたんですか?」
何度か聞いたことがある。
そのたびにリコレットは、少し困ったような顔をしていた。
「まあ、長くやってるからね」
そんな答え。
長くやっている。
その言葉だけなら、何もおかしくない。
でも、リコレットは見た目はともかく、私の一つ下のはず。
どう考えても説明が足りない。
それでも、本人が話したくないことまで無理に聞くつもりはなかった。
私にとって大切なのは、リコレットがどれだけ魔法を知っているかということだったから。
そして、知れば知るほど驚かされた。
私が知らない術式。
聞いたこともない魔法の使い方。
普通なら何冊もの本を読んで、何人もの先生に教わって、ようやく理解できるような話を、リコレットは当たり前のように知っている。
そのくせ、こちらから質問すると意外なところで知らないことがあったりする。
だから余計に不思議だった。
「この術式は知ってる?」
「それは知らないな」
「じゃあ、この理論は?」
「それも知らない」
「じゃあ、これは?」
「……フリーダ、質問多くない?」
そんなやり取りを何度したことか。
知らないことがあると分かれば安心する。
でも、その直後には別のことで驚かされる。
そんなことを繰り返しているうちに、私はいつの間にかリコレットの魔法を見るのが楽しみになっていた。
そして、その疑問が一気に解消されたのが、リコレットが師匠だと言って魔女カサンドラ様を紹介された時だった。
「魔女カサンドラ様の弟子だったんですか!」
あのときの驚きは、今でも覚えている。
世界中で知られている魔女。
各国の王族にも頼られる存在。
そんな人の弟子だというのだから、リコレットの魔法がおかしいことにも納得できる。
むしろ、今までよくもまあ隠せていたものだと思う。
カサンドラ様本人から話を聞けば、リコレットがどれだけ長い時間を魔法の修行に費やしてきたのかも分かった。
……まあ、それでも全部納得できたわけではない。
カサンドラさんの弟子だからといって、あれだけの知識を持っている理由になるのか。
そう思うこともある。
けれど、本人に聞いても困ったように笑うだけなので、最近はあまり気にしないことにしている。
それよりも。
「可愛いなー」
目の前で本を読んでいるリコレットを見ながら、私は小さく呟いた。
「何か言った?」
「何でもありません」
危ない。
声に出ていた。
私は慌てて窓の外へ視線を戻した。
リコレットは何も気にせず、再び本へ目を落としている。
こうして一緒に行動するようになってから、私はリコレットのことを以前よりずっと可愛いと思うようになった。
出会った頃より、何気ない仕草や動作がどんどん女の子らしくなっている。
本人はたぶん、自分がだんだん女の子らしくなっているつもりなんて無い。
むしろ、本人としては普通にしているだけなのだと思う。
例えば、食事のとき。
髪が邪魔にならないように、ツインテールを指先で後ろへまとめるようになった。
それから小さく首を傾けて、丁寧に食べるようになった。
服を選ぶときもそう。
「こっちとこっちなら、どっちが似合うかな?」
出会った頃は、もっと適当に服を選んでいたと思うけど、最近はそう言ってセレナと私に聞いてくる。
髪を整えているときもそう。
ツインテールの位置を少し直して、鏡を見ながら首を傾げる。
鏡を見る時間だって前よりずっと増えている。
本人は、何故か可愛いと言われるのを嫌がるけど、どこからどう見ても可愛い女の子だ。
「フリーダ?」
「はい?」
「さっきから何を見てるの?」
「……リコレットです」
「それは見れば分かるけど」
リコレットが怪訝そうな顔をする。
「可愛いなと思って」
「え?」
「可愛いですよね」
「いや、急に何?」
「可愛いものは可愛いです」
私は真顔で答えた。
リコレットはしばらく私を見たあと、頬を少し赤くして本へ視線を戻した。
「……そういうことを本人に直接言うの、やめてくれないかな」
「どうしてですか?」
「恥ずかしいから」
「ほら、そういうところも可愛いです」
「フリーダ……」
困ったような声。
私は思わず笑ってしまった。
やっぱり可愛い。
昔の友人、エステルならどう言うだろう。
そう考えたところで、アルカディアに残してきた友人の顔が浮かんだ。
エステル・フローリー。
魔法の成績では私と同じくらいで、授業では何度も競い合った。
魔法理論について議論を始めれば、気づけば授業が終わっていることも珍しくなかった。
私が何か面白そうな研究を見つけると、エステルは決まって呆れた顔をする。
「また始まった」
そんな顔をしながらも、結局は付き合ってくれる。
私が突っ走れば止めようとするし、私が失敗すれば文句を言いながら助けてくれる。
今思えば、ずいぶん迷惑をかけた。
……今も元気にしているだろうか。
アルカディアに残って、研究者として勉強を続けているはずだ。
私が冒険者になったと知ったら、どんな顔をするだろう。
「何で冒険者なんかになったのよ」
そう言われる気がする。
でも、そのあとにはきっと、
「……まあ、あんたらしいけど」
とでも続けるのだろう。
「エステル、元気かな」
「エステルって?」
リコレットが本から顔を上げた。
「昔の友人です。アルカディアで一緒に魔法を学んでいたんですよ」
「じゃあ、会うのが楽しみだね」
「はい」
そう答えたところで、馬車が大きく揺れた。
窓の外を見る。
街道の先に、青く輝くものが見えていた。
進むにつれてその景色が少しずつ大きくなっていく。
湖が見えてきた。学園都市の名前と同じく、アルカディア湖と呼ばれている。
巨大な湖の上に、いくつもの島が浮かんでいる。
そして、その島々を繋ぐように、いくつもの橋が伸びている。
白い石造りの建物が湖上に並び、その中心にはひときわ大きな建物が見える。
天を突くような塔もいくつか建っている。
湖面を船が行き交い、ここから見ると街そのものが水の上に浮かんでいるよう。
「……アルカディアだ」
久しぶりに見る故郷の景色に、自然と背筋が伸びる。
懐かしい。
それと同時に、少しだけ緊張する。
私はもう、あの頃の学生ではない。
冒険者になった。
リコレットとセレナと一緒に旅をして、いろいろな場所を見てきた。
それでも、あの街へ帰ると思うと、昔の自分に戻ったような気持ちになる。
「フリーダ」
リコレットが窓の外を覗き込んだ。
「懐かしい?」
「はい」
私は笑って答える。
「帰ってきましたね」
馬車はゆっくりとアルカディアへ近づいていく。
その先に、昔の友人がいる。
そして、きっと今まで知らなかった新しい魔法や出来事も待っている。
「……エステル、驚くだろうな」
私は湖上に広がる学園都市を見つめながら、久しぶりに会う友人の顔を思い浮かべた。