100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
アルカディアへ入ってから、まず目についたのは水だった。
街の中を歩いているのに、少し進めば湖が見える。白い石造りの建物が並ぶ道の先にも水面が広がり、その向こうには別の島がある。島と島の間には吊り橋や石橋、跳ね橋まで架けられていて、大小さまざまな船がその下を行き交っていた。
「すごい……」
セレナが足を止めて湖を眺める。
「本当に街が湖の上にあるんだね」
「そうなんです。アルカディア湖の上にたくさんの島があって、それぞれが橋で繋がっているんですよ」
フリーダは懐かしそうに周囲を見回していた。
「学院はあの中央の大きな島です。あそこに初等科から高等科、それに専門科まで全部まとまっています」
「学院だけで島1つ使ってるの?」
「はい。学生も研究者も多いですから」
俺はフリーダの説明を聞きながら、街の様子を観察していた。
確かに、魔法学院を中心とした学園都市というだけあって、普通の街とは雰囲気が違う。魔道具を扱う店や研究施設らしき建物が多く、学生と思しき若者の姿も目立つ。
それでも街としての規模は大きい。学院だけでなく、住居や商店、宿屋まで整然と並んでいる。
「フリーダがここで勉強してたんだね」
「そうですよ。懐かしいなあ」
「じゃあ、まずは昔の友達に会いに行ってみる?」
「はい!」
フリーダの返事が妙に嬉しそうだった。
しばらく歩いたところで、フリーダが突然足を止めた。
「……あれ?」
視線の先に、1人の少女がいた。
17歳くらいだろうか。こちらへ歩いてくるその少女は、フリーダの姿を見つけると目を見開いた。
「……フリーダ?」
「エステル!」
フリーダが駆け寄る。
「やっぱりエステルですよね!」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
エステルはフリーダの両肩を掴むと、そのまま顔を近づけた。
「何で冒険者なんかになったのよ!」
「え?」
「え、じゃないわよ! 学院で魔法を勉強してたと思ったら、いつの間にか冒険者になったって聞いたんだけど?」
「いやあ、魔法の素材を集めるために冒険者をやってたら、そのまま楽しくなっちゃって」
「……」
エステルの表情から、少しずつ呆れが広がっていく。
「それで?」
「それで?」
「それで、どうして今まで帰ってこなかったのよ」
「旅をしてたから?」
「知ってるわよ」
エステルは額を押さえた。
「そうじゃなくて、普通は一度くらい連絡するでしょう」
「冒険者って忙しいんですよ」
「それを私に言う?」
「だって、エステルは研究者でしょう?」
「だから何よ」
「研究者なら分かるかなって」
「何を?」
「面白いものを見つけると、そっちへ行きたくなる気持ち」
「……あんた、本当に変わってないわね」
エステルは呆れたように言ったが、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「それで、今はどんな冒険をしてるの?」
「いろんな街を回ってます。クレストリアにも行きましたし、ヴェルグラードでは大迷宮にも――」
「大迷宮?」
エステルの目が細くなる。
「……あんた、まさか」
「はい。行きました」
「何でよ!」
「だから、冒険者ですから」
「理由になってない!」
久しぶりの再会だというのに、2人の会話は妙に息が合っている。
俺は少し離れたところで、その様子を眺めていた。
どうやらこの2人、昔からこういう関係だったらしい。
「そうそう。紹介しますね」
フリーダがこちらを振り返った。
「私と一緒に旅をしている仲間です」
「こっちがリコレット」
「初めまして。リコレット・グランセルです」
「そして、こちらがセレナです」
「初めまして、セレナ・フォルティスです」
セレナが丁寧に頭を下げる。
「初めまして。エステル・フローリーよ」
エステルも挨拶を返してから、俺とセレナを交互に見た。
「……ずいぶん可愛い子を連れてるわね」
「そうでしょう?」
なぜフリーダが誇らしげなのかは分からない。
「こっちのリコレットは魔法がすごいんですよ」
「へえ」
エステルの視線が俺へ向く。
嫌な予感がする。
フリーダが魔法の話をしているときの目を知っているからこそ、その友人まで同じ方向へ興味を向けないことを願いたい。
「どんな魔法を使うの?」
「普通の魔法ですよ」
俺はひとまず無難に答えた。
「火や水、風なんかの初級術式を使います」
「……本当に?」
エステルがフリーダを見る。
「本当ですよ。ただまあ、ちょっと変わった魔法も使えます」
「ちょっと変わった魔法?」
「そうですね」
フリーダがこちらを向いた。
「リコレット、何かちょっと変わった魔法を見せてくれると嬉しいです」
その言い方に、俺は眉を寄せた。
「……普通の魔法じゃ駄目?」
「駄目です」
「即答か」
「せっかくエステルに会えたんですから。記念に!」
フリーダは楽しそうだ。
エステルも興味を持ってしまったらしく、黙ってこちらを見ている。
仕方がない。
「それじゃあ、簡単なものを1つだけ」
「やった!」
「リコレット、何をするの?」
セレナが尋ねる。
「セレナの姿を少し見えにくくする」
「私を?」
「うん。じっとしてて」
俺はセレナの周囲へ魔力を巡らせた。
光そのものを消すわけではない。
セレナの身体を通過した光が、そのまま周囲へ届くように少しだけ経路を変える。正確には、完全に透明にするのではなく、背景と同じような光の情報へ近づける術式だ。
前世なら光学迷彩というやつだな。
そして数秒後。
「……え?」
エステルの目の前から、セレナの姿が消えた。
ただし、完全に見えなくなったわけではない。
背景の建物が微妙に歪んでいるように見える。そこに人がいると知っていれば気づける程度の違和感も残っている。
「セレナ、そこにいるよね?」
「はい。ここです」
声だけが聞こえる。
エステルが目を丸くした。
「何これ?」
「光を曲げて、後ろの風景と同じように見せてるだけ」
「光を曲げてる?」
「そう」
「どういう術式構造?」
しまった……この子もフリーダの同類か。
「えっと……」
「光属性の術式なの?」
「属性としては扱ってない」
「じゃあ、魔力の流れは?」
「セレナの周囲に薄く展開して――」
「待って。今の術式、最初に構築した部分と後半の部分で魔力密度が違わなかった?」
「……違うけど」
「どうして?」
「その方が安定するから」
「安定させるために術式そのものを変えてるの?」
「まあ、そうなるね」
エステルの質問が止まらない。
俺が答えるたびに新しい質問が飛んでくる。
そして、それに食いついたのはエステルだけではなかった。
「リコレット、今の術式って途中で形を変えたんですか?」
「変えた」
「どこを?」
「ここ」
「じゃあ、その理由は?」
「魔力の干渉を減らすため」
「どうやって?」
「……」
フリーダまで参加してきた。
俺は額を押さえた。
やっぱり普通の魔法にしておけばよかった。
そもそも、こうなることは分かっていたはずだ。
フリーダに魔法を見せると、質問攻めになる。
それなのに、わざわざフリーダの魔法友達の前で変わった魔法を見せるなんて、俺は何を考えていたんだ。
「リコレット、今の術式をもう一度――」
「それは説明だけで勘弁して」
「でも――」
「フリーダ、エステルも」
「はい?」
「質問するなら順番にしてくれ」
俺がそう言うと、2人は顔を見合わせた。
「だって気になるじゃない」
「そうですよ」
「気になるのは分かるけど、私はもう疲れたよ……」
「まだ何も聞いてないわよ?」
エステルが不満そうに言う。
「いや、今までかなり聞かれたよ」
俺は椅子があれば座り込みたい気分だった。
セレナが隣で困ったように笑っている。
「リコレット、大丈夫?」
「大丈夫。たぶん」
魔法を見せただけなのに、どうしてこんなに疲れるんだ。
俺がぐったりしていると、エステルが少しだけ笑った。
「昔からそうだったわ。フリーダが変なものを見つけると、周りまで巻き込まれるの」
「変なもの呼ばわりとは失礼だなあ」
「ごめんなさい。でも褒めてるのよ」
「本当か?」
「たぶんね」
しばらくして、ようやく魔法の話が落ち着いたところで、エステルが思い出したように言った。
「そういえばフリーダ」
「何ですか?」
「今日、実家には帰るんでしょうね?」
「……」
フリーダの動きが止まった。
「え?」
「え、じゃないわよ。久しぶりに帰ってきたんだから、顔くらい出しなさい」
「でも、今日はリコレットたちと――」
「2人も一緒に行けばいいじゃない」
「え?」
俺とセレナも同時にフリーダを見る。
「フリーダの実家って……」
「ここからすぐですよ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
俺が言い終わる前に、エステルが笑った。
「大丈夫よ。たぶん歓迎されるから」
「たぶん?」
「フリーダのお父さん、珍しい魔法の話を聞くと長くなるから。この子、お父さん似よ」
その言葉を聞いた瞬間、セレナが何かを悟ったような顔になった。
「……ああ」
セレナが小さく声を漏らす。
俺は嫌な予感を覚えた。
「そうですねえ……せっかくだからうちの両親も紹介します!」
フリーダはなぜか嬉しそうだった。
俺はその横顔を見ながら、どうやらアルカディアでの滞在は最初の夜から疲れることになりそうだと思った。