100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
朝にギルドへ行き、依頼を受けて、夕方に戻る。
そんな日々を繰り返しているうちに、アルカディアでの生活にもすっかり慣れていた。
フリーダはこの国にいる間は実家で寝泊まりしていて、俺たちもたまに夕食をごちそうになったりしている。
今度お邪魔するときは、果物か何か買っていかないとな……。
そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩くフリーダがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、昨日の夜に兄さんから相談されたんです」
「フェリクスさんから?」
「はい。兄さんの勤務先に、天体観測をしている年配の研究者がいるんですけど、その人が冒険者に頼みたい仕事があるそうなんです」
「冒険者に?」
セレナが興味を示す。
「はい。ただ、あまり研究費に余裕がないらしくて、仕事の手間に比べて報酬が安いみたいなんです。それで、ギルドに依頼を出しているものの、受けてくれる人がなかなか見つからないそうで」
「なるほど。報酬が安いのに面倒な仕事なのか」
それなら、受ける人がいないのも仕方がない。
冒険者だって仕事なのだから、危険がなくても手間に見合った報酬は欲しいだろう。
「それで、私たちに受けてもらえないかって?」
「はい。2人には悪いんですけど、受けてもらえませんか?」
フリーダが少し申し訳なさそうに尋ねる。
俺としては、断る理由はなかった。
昨日の依頼も危険らしい危険はなかったし、アルカディアで冒険者として活動するのなら、こういう仕事を経験しておくのも悪くない。
「私はいいよ」
セレナもすぐに頷いた。
「私も構わない。どんな依頼なのか、ギルドで見てみよう」
「ありがとうございます!」
フリーダの表情が明るくなる。
「では、今日の目的は決まりですね。まずギルドで依頼を受けて、それから兄さんのところへ行きましょう」
「うん」
俺たちはそのまま、アルカディアの冒険者ギルドへ向かった。
昨日とは違う依頼を探すつもりだったが、まさかフリーダから持ち込まれる形で仕事が決まるとは思わなかった。
もっとも、どんな依頼なのかはまだ分からない。
報酬が安くて誰も受けないというくらいなのだから、よほど面倒な仕事なのだろう。
この時の俺は、まだその「面倒」の規模を知らなかったのだけど。
◇
天文塔は、中央島にある学院から少し離れた場所に建っていた。
白い石造りの高い建物で、遠くからでもよく目立つ。
入口を抜けると、壁際には大きな星図や天体の絵が飾られていた。見慣れない器具もいくつか置かれている。
「兄さんはここで働いています」
フリーダが案内してくれる。
「研究員って、やっぱり忙しいんだね」
セレナが感心したように周囲を見回した。
「そうですね。兄さんは何故か、魔法より天文学の方を選んだんです」
フェリクスが魔法と違う分野を選んだ理由はなんとなくわかる気がするが……。
ここは敢えて何も言わないでおこう。
「フリーダの家族って、みんな研究者なんだな」
「お父さんと兄さんはそうですね。お母さんは学院の事務員ですけど」
そんな話をしながら廊下を進んでいると、前方からフェリクスが歩いてきた。
「来たか」
「兄さん」
フリーダが手を振る。
「昨日言ってた依頼受けてきたよ」
「ああ、ありがとう。ちょっと変わった仕事なんだけどね」
フェリクスは俺たちを見る。
「どんな依頼ですか?」
フリーダが尋ねる。
「それは本人から聞いた方がいいだろう。こっちだ」
フェリクスに連れられて、さらに奥へ進む。
やがて案内された部屋には、所狭しと資料が積み上げられていた。
机の上には星図や記録帳、見慣れない器具まで並んでいる。
その奥で、白髪の老人が何かの計算をしていた。
「先生、例の依頼を受けてくれた冒険者を連れてきました」
フェリクスが声をかける。
老人が顔を上げた。
「おお、君がフェリクス君の妹さんか」
「はい。フリーダです」
「話は聞いている。魔法の成績が良かったそうだね」
「ありがとうございます」
フリーダの声が少し弾んだ。
魔法の話を振られたわけでもないのに、もう嬉しそうだ。
老人は俺たち3人へ視線を移した。
「そして、君たちが依頼を受けてくれた冒険者か」
「はい。リコレットです」
「セレナです」
「フリーダです」
「うむ。若いのに瑪瑙級とは大したものだ」
老人は満足そうに頷いた。
「私の名はオスヴァルト・クレーゼ。この天文塔で天体観測をしている。君たちに頼みたい仕事があるのだ」
「何でしょう?」
「難しい仕事ではない」
その言葉を聞いて、俺は少し安心した。
冒険者への依頼なのだから、魔物退治か危険な場所での採取だと思っていた。
それが難しくないというなら、昨日より楽かもしれない。
老人は机の上に置いてあった紙を取り上げた。
「アルカディアの各島に、魔道測定器を設置している」
「魔道測定器?」
フリーダが反応する。
「魔力の濃度を測定するための器具だ。小型のものだから、持ち運びもできる」
「なるほど」
「長期間にわたって測定を続けていたのだが、今回すべて回収することになった」
老人は地図を広げた。
アルカディア湖に浮かぶ無数の島が描かれている。
「これらの島に設置した測定器を回収してきてほしい」
「全部ですか?」
セレナが聞き返す。
「もちろん」
老人は何でもないことのように答えた。
「全部で217か所ある」
俺は地図を見た。
217か所……数字だけなら、それほど大きく感じない。
だが、アルカディアは湖の上に無数の島が浮かぶ都市だ。
つまり、その217か所を1つずつ回るということになる。
「……217か所?」
フリーダの声からも、さすがに驚きが分かる。
「そうだ」
「それ、全部回収するんですか?」
「そうだと言っている」
老人は不思議そうに首を傾げた。
「どれも簡単に取り外せる。魔物のいる危険な場所も少ない。難しい仕事ではないぞ」
難しいかどうかを聞いているわけではないんだが……。
分かってて言ってるな、このご老人。
「……どのくらい時間をかけても大丈夫ですか?」
「そうだな。計測結果の集計のことを考えると10日間くらいで済ませてほしい」
俺たちは顔を見合わせた。
昨日の魔力草採取は半日で終わった。
その次の依頼が、ひたすら測定器を回収する仕事。
冒険者活動というより、完全に巡回作業だなこれは。
「わかりました、お任せください。10日もかからないと思います。おそらく半分程度かと」
まあ、請けたからにはきっちりとこなそうじゃないか。
「おおそうか、助かる」
老人は満足そうに笑った。
「では、この地図と一覧を持っていきなさい。測定器には番号が振ってある。回収したものには印をつけておくように」
渡された資料には、びっしりと番号が並んでいた。
1から217まで。
これを全部消化するのか。
俺は資料を眺めながら、少し遠い目になった。
◇
そして、翌日から回収作業が始まった。
最初の島では、測定器は林の中に設置されていた。
「ありました!」
フリーダが木の根元から小さな器具を見つける。
固定具を外して回収。
1個目。
次の島では、湖岸の岩陰。
その次は小さな丘の上。
「ここ、番号が違うよ」
セレナが地図と測定器を見比べる。
「本当ですね。危うく別のものを持っていくところでした」
フリーダが慌てて戻す。
測定器そのものは簡単に回収できる。
だからこそ余計に地味な作業に思える。
魔物が襲ってくるわけでもない。
危険な罠があるわけでもない。
ただ地図を見て、島へ渡り、指定された場所を探し、器具を外して持ち帰る。
それを繰り返す。
◇
2日目には、セレナが地図を片手に次の場所を確認し、フリーダが回収した測定器の番号を読み上げるようになった。
「次は53番。西側の島だね」
「はい。そこを回収したら54番へ向かいましょう」
「まだ50番台か……」
俺は思わず呟いた。
「まだ半分にも届いてませんよ」
フリーダが淡々と告げる。
「分かってる」
数字が怖い。
◇
3日目。
雨が降った。
測定器を濡らさないように気を配りながら、予定を少し遅らせて回収を続ける。
「これ、研究者の人たちはどうやって設置したんだろうね」
セレナが雨具を整えながら言う。
「私もそれは気になっていました」
フリーダが答える。
「測定器そのものは軽いですけど、217個を設置するだけでもかなり大変ですよね」
「研究って、地味なところで大変なんだな」
「そうですね」
4日目。
残りはわずかになった。
「あと12個です」
フリーダが一覧を確認する。
「もう少しだね」
セレナの声にも明るさが戻っている。
「ここまで来たら、今日中に終わらせよう」
最後の数個は比較的近い場所にまとまっていた。
湖岸の草むら。
橋のたもと。
小さな島の祠の裏。
そして最後の1つは、学院から少し離れた森の中にあった。
「これで……217個目」
セレナが測定器を手に取る。
フリーダが一覧を確認し、最後の番号に印をつけた。
「全部です」
俺たちは持っていた袋を確認した。
中には回収した魔道測定器がぎっしり入っている。
「終わった……」
フリーダが座り込んだ。
「たしかに、難しくはなかったですよね……難しくは……」
「うん」
セレナも疲れた顔で頷く。
俺も同意する。
確かに難しくはなかったが、ただひたすら面倒だった。
まあ、仕事というものは得てしてこういうものだろう。
◇
5日目の朝。
俺たちは再び天文塔へ戻ってきた。
フェリクスが入口で俺たちを見つける。
「お疲れ様。全部終わったのか?」
「うん。すごく疲れたよ」
フリーダが袋を見せる。
「217個、全部回収しました」
「本当に5日で終わったのか。早いな」
「これでも結構大変だったんですよ」
セレナが苦笑する。
「そうだろうな」
フェリクスは少し申し訳なさそうに笑った。
「俺からも礼を言うよ。先生も助かると思う」
俺たちは老学者のいる部屋へ向かった。
老人は相変わらず机に向かい、何かを書き込んでいた。
「先生、回収が終わったと、妹から連絡が」
フェリクスが声をかける。
老人が顔を上げる。
「おお、戻ったか」
俺たちは回収した魔道測定器を机の脇へ置いた。
老人はそれを1つずつ確認していく。
「うむ。間違いない。これで全部だ」
「確認をお願いします」
「ありがとう。これでようやく次の段階へ進める」
老人は満足そうに頷いた。
俺はその言葉に少し興味を持った。
217個もの測定器を使って、いったい何を調べていたのだろう。
その疑問を口にするより先に、老人が資料をまとめ始めた。
「さて、今日は時間もあるし、君たちには面倒な依頼を達成してもらった礼に、一つ講義をしてやろうではないか」
「講義ですか?」
セレナが思わず尋ねる。
老人は笑った。
「そうだ。これらの機器を使って私が何を調べようとしていたか、興味がないかね?」
「それは……はい、少しだけ」
「では聞いていきなさい。きっと興味深いと思うぞ」