100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
「では、まず君たちが回収してきた測定器について説明しよう」
オスヴァルトさんは、机の上に並べられた魔道測定器を眺めながら話し始めた。
「私は長年、このアルカディアで天体観測を続けている」
「天体観測ですか」
フリーダが興味深そうに身を乗り出す。
「そうだ。星の位置を記録し、季節による変化を調べ、過去の記録とも比較する。そうして天体の運動を計算しているのだが……どうにもおかしい」
オスヴァルトさんは、何冊もの記録帳を机の上へ並べた。
「計算上の位置と、実際に観測した位置が一致しない」
「観測の誤差ではないんですか?」
セレナが尋ねる。
「最初は私もそう考えた。器具の精度、観測した時刻、天候、観測者の技量。考えられる原因は一つずつ確認したさ」
そこで老人は1冊の記録帳を開いた。
「ところが、何度観測しても、計算とは微妙に違う結果が出る。それも毎回同じずれ方をするわけではない」
「毎回違うんですか?」
「そうだ。だから私は空ではなく、観測者たる私が暮らす大地の方に原因があるのではないかと考えた」
俺は黙って記録帳へ目を向けた。
オスヴァルトさんが世界の秘密に近づいていること自体は、今さら驚くことではない。
科学や魔法が発達すれば、世界の仕組みを調べようとする人間が必ず現れる。
そして、調べ続ければいつかは辿り着く。
この世界が普通の惑星ではないことに。
「この世界は、一見すると球形に見える」
「高いところへ登ると遠くが見えるようになるし、地平線や水平線は弧を描いている。これらは大地が丸いことを証明するものだ」
オスヴァルトさんはアルカディア周辺の地図を指でなぞった。
「だが、私はそうではないと考えている」
「違うんですか?」
「正確には、住んでいる人間から見れば球に見える……正確には感じられるようになっているだけだ」
老人は少し間を置いてから、静かに続けた。
「この世界は、実際には菓子のドーナツのような形をしている」
フリーダとセレナが驚いたようにオスヴァルトさんを見る。
俺は何も言わなかった。
(……その通り。あなたは正しいよ。オスヴァルトさん)
アルノーヴァは、南北の端と東西の端が繋がって閉じている。
地球のような球形の惑星ではない。
それを立体で考えると、確かにドーナツ状になる。
「では、なぜそのような形になっているのか……それが私には分からない」
オスヴァルトさんは悔しそうに眉を寄せた。
◇
「カサンドラ、この世界ってどうなってるんですか?」
修行の合間、俺はカサンドラにそんな質問をしたことがある。
「どう、というのは?」
「地理の話です。惑星じゃないとしたら、北へずっと進んだらどこへ行くんです? 結界とかで進めなくなるんですか?」
カサンドラは答えた。
「ずっと進めば、南側へ回り込んで戻ってくるわね」
カサンドラは机の上に魔法でこの世界の地図を投影した。
「アルノーヴァは、南北の端と東西の端を繋いで閉じているの」
俺はその図を見ながら考えた。
南へ行き続けても、いつか北へ戻る。
東へ進み続けても、西へ戻る。
なるほど、つまり――。
「RPGのマップみたいなものか」
「RPGって?」
「俺の世界にあった娯楽です」
俺は日本にあったコンピュータゲームとRPGについてカサンドラに説明した。
「なるほど。構造は同じね」
カサンドラは頷いた。
「ただし、普通の人にはそんなことを確かめる必要なんてないでしょう? まあ、海洋国家の船乗りなんかは経験的に気付いてるんだけど」
「ああ、船乗りならそうでしょうね」
「世界はそういうものとして設計された……あとは夜空も同じよ」
「夜空?」
「ええ。星々の位置や動きから、世界の秘密を読み解く……リクの世界でもそうだったんじゃない?」
「そうですね」
カサンドラはこの世界の夜空についても教えてくれた。
アルノーヴァの夜空に見える星々は、旧世界の夜空を模している。
けれど、完全に同じものではない。
長期間にわたって観測すれば、計算とは微妙に違う動きをするように調整されている。
「わざとずらしているんですか?」
「そうよ。北極星みたいな、人々が生活に利用する一部の星や星座は例外だけど」
「どうして、地形や夜空にそういった細工をしているんですか?」
俺が尋ねると、カサンドラは少しだけ真面目な顔になった。
「世界の技術が発展しすぎると、いずれ人々はこの世界そのものを研究するようになるわ」
魔法が発達すれば、観測技術も発達する。
観測技術が発達すれば、世界の形を調べようとする。
そして、その先には――。
「アルノーヴァが、誰かによって作られた世界だと気づく人が出てくる」
カサンドラは静かにそう告げた。
「そうなれば、旧世界について調べようとする人も現れるでしょうね」
「旧世界に干渉しようとする人が出てくる、と」
「ええ」
それを防ぐために、アルノーヴァは意図的に文明の発展を抑えるよう設計されている。
食料は十分に生産できるし、大飢饉や大災害……そして大規模な戦争には世界調律師が対応する。
世界の構造を調べても、決定的な答えへ辿り着けないようにする。
夜空に見える星々でさえ、そのために調整されている。
「旧世界の修復が終わるまでは、アルノーヴァの人々に旧世界へ干渉させるわけにはいかないもの」
カサンドラはそう言って、魔法で描いた世界の図を指先でなぞった。
「だから私たちは、この世界の均衡を守っているのよ」
◇
「……つまり、世界そのものに何か問題があるということなのですか?」
フリーダの声で、俺は改めて意識をオスヴァルトさんの講義に向けた。
「問題というより、そういう構造なのだろう」
オスヴァルトさんは楽しそうに答えた。
「だから私は、それを証明したいのだよ」
「なるほど……」
フリーダは完全に研究者の顔になっている。
「それで、今回の魔道測定器は何を調べていたんですか?」
「各地の魔力の分布だ」
オスヴァルトさんは回収した測定器を指した。
「世界の形が普通ではないのなら、魔力の流れにも何らかの特徴があるかもしれない。長期間の観測結果を集めれば、それを確認できると思っている」
「つまり、この217個の測定器はそのために?」
「そういうことだ」
老人は満足そうに頷いた。
俺は改めて、机の上に並んだ測定器を見る。
「……それで、何か分かったんですか?」
セレナが尋ねた。
「まだ分析の途中だ。だが、面白い結果が出ると思うぞ」
オスヴァルトさんは目を輝かせた。
「世界の構造と魔力の分布には、何らかの関係があるはずだ。私はそれを突き止めたい」
この人は純粋に研究している。
自分が何を探っているのか、その先に何があるのかも知らずに。
(マティアスが学園都市を作ったのは、世界の『知』を集約して管理するためだ。つまり、この研究は……)
「リコレット?」
フリーダが不思議そうに俺を見る。
「どうしたんですか?」
「いや……何でもない」
俺は首を振った。
目の前では、オスヴァルトさんが次の研究について楽しそうに語っている。
その話を聞きながら、俺は心の中で小さく息を吐いた。
――この人には、アルノーヴァがどうやって作られた世界なのかなんて、教えられないな。