100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
ローガンたちとの食事を終え、宿へ戻った俺たちは、明日の準備を済ませてからそれぞれ部屋へ引き上げた。
話を聞いた限りでは、単純な討伐依頼ではないらしい。学院が管理している場所ということもあり、下手なことをすれば食料生産そのものに影響が出る。
明日は銀狼の3人と一緒に現地へ向かい、前回の調査結果を聞いてから実際に異常を確認することになる。
そう考えながらベッドに入ってしばらく経った頃だった。
目の前に、淡い光が浮かんだ。
「……通信魔法?」
セレナが既に眠っているのを確認して、通信を受ける術式を構築した。
すると、光の中から声が聞こえてくる。
『こんばんは、リコレット』
「マティアス?」
『ええ。今、少し話せますか?』
「はい。大丈夫ですが、仲間が隣で寝ているので少し小さな声で」
俺が答えると、光の向こうにマティアスの顔が浮かび上がった。
通信魔法は便利だが、冒険者として活動している俺が、こんな時間に学園都市の学長と話しているというのは、他人には見せられない光景だ。
俺は声を落として尋ねた。
「農場ダンジョンの件ですよね?」
『その通りです。ローガンから話は聞いていると思いますが、少し補足しておきたいことがあります』
「お願いします」
『今回の異変ですが、原因そのものは分かっています』
「分かっているんですか?」
『ええ。魔力分布の偏りです』
マティアスの説明によれば、農場ダンジョンでは通常、各区画に設置されたブロックコアが周囲の魔力を調整している。
そのおかげで、春の区画には春らしい環境が、夏の区画には夏らしい環境が維持されている。
ところが最近、一部の区画で魔力の偏りが発生しているらしい。
『例えば、本来なら冬になるはずの区画で夏に近い状態になったり、季節の変化が予定より早く進んだりしています』
「それが作物や家畜にも影響している?」
『その通りです。今のところ致命的な影響は出ていませんが、放置すれば生産計画が狂います』
なるほど。
農場ダンジョンは単なる畑ではない。
季節をずらしながら農作物を育てることで、アルカディアの食料を安定して供給している施設だ。
『もう1つ問題があります』
マティアスの声が少し真剣になる。
『魔力の偏りによって、本来その区画には発生しないはずの魔物まで現れるようになっています』
「強い魔物も?」
『そうですね。ルビー級相当の魔物も確認しました』
それなら銀狼が呼ばれた理由も分かる。
ルビー級の冒険者でないと危険なわけだ。
『実は、魔物を倒して魔石を回収し続ければ、異変そのものはいずれ収束すると考えています』
「魔物が魔力を消費するからですか?」
『そうです。魔力の偏りが自然に解消されるまで、発生した魔物を処理していけばいい』
随分と気の長い話だ。
だが、マティアスはそこで少しだけ表情を緩めた。
『ただ、私はローガンの判断を評価しています』
「アシスタントを入れたことですか?」
『ええ。魔物を倒し続けるだけなら、銀狼だけでも問題ありません。しかし、闇雲にそれをせずに早期解決のために別の手段を探そうとした』
つまり、早期解決を目指すなら別の視点が必要ということか。
『リコレットたちが加わったことで、早期に解決できるでしょう。明日はローガンたちの指示に従いつつ、できる範囲で手伝ってください。それから……』
『農場ダンジョンには、区画ごとに環境などの調整のために、ブロックコアという魔道具を設置してあります。必要であれば利用してください』
「わかりました。必要であれば利用させてもらいます」
『ありがとうございます。それでは、明日の調査をよろしくお願いします』
通信が切れる。
俺はベッドへ戻りながら、明日のことを考えた。
魔力分布の偏りか……自然現象として発生したダンジョンの異常なら、そこまで厄介なものでもない。
俺は少し安心しつつ、そのまま眠りについた。
◇
翌朝、待ち合わせ場所へ向かうと、すでに銀狼の3人が揃っていた。
「おはよう、リコレット。セレナ、フリーダも来たな」
「おはようございます、ローガンさん、クラリスさん、ルチアーノさん」
挨拶を交わしてから、俺たちは学院へ向かった。
農場ダンジョンの入口は、学院の敷地内にある。
「ここが農場ダンジョンか……」
セレナが見上げる。
入口を抜けた先に広がっていたのは、薄暗い洞窟でも石造りの迷宮でもなかった。
空があるし風も吹いている。
遠くには草原が広がり、その先に農地らしき景色まで見えていた。
「ダンジョンなのに、外と変わらないですね。少しだけ大迷宮に似てる?」
フリーダが周囲を見回す。
「そうね。ヴェルグラードの冒険者なら見慣れた光景かも。農場ダンジョンは普通のダンジョンとは少し違うの」
クラリスが説明する。
「ここは食料や木材を生産するための場所だから、内部に空や天候まで作られているの」
「ダンジョンの中で農業をするために、そこまで再現しているんですか?」
「そういうこと。しかも作物の成長は外よりかなり早い」
「魔法で成長を促進しているんですか?」
フリーダの目が輝いた。
「そこまでは私も詳しくないわ。けれど、季節と天候を調整しているのは確かね」
この反応、完全にスイッチが入っている。
「フリーダ、今日は調査だからね」
「分かっています。分かっていますけど、こんな場所を見たら気になるじゃないですか」
「まあ、それはそうだけど……」
まあ、普通の魔術師にとっては、ダンジョンの中に農場を作るという発想そのものが面白いだろうな。
俺たちは大広間の中央まで進んだ。
そこにはいくつもの魔法のゲートが並んでいる。
「これ、階段じゃないんですね」
セレナが近づく。
「各階層へ移動するためのゲートだ。向こう側が見えるだろ?」
ローガンが説明した。
ゲートの向こうには、見渡す限りの畑が広がっている。
「すごい……」
セレナが思わず声を漏らした。
「農場だけじゃないぞ。牧場と里山もある」
ローガンが別のゲートを指差す。
「今日はまず農場を見てもらう。前回の調査では、ここで一番分かりやすい異常が出ていた」
ゲートを抜ける。
途端に視界いっぱいへ農地が広がった。
小麦畑、豆畑、野菜畑。
風に揺れる作物の向こうには、木々が並んでいる。
しかし、その景色は4つに分かれていた。
「……同じ農場なのに、季節が違う」
春の区画では若葉が芽吹き、柔らかな風が吹いている。
隣の夏の区画では太陽が高く、作物が大きく育っていた。
秋の区画では黄金色の穂が揺れ、さらにその先では冬の区画が雪に覆われている。
「季節ごとに区画を分けてるんですね」
「そう。一定期間が経つと、それぞれの季節が順番に移っていく」
クラリスが説明する。
「農作物だけじゃなくて、牧草や森林にも影響するから、季節の循環そのものが生産設備の一部なの」
「面白いですね……」
フリーダが本気で感心している。
俺も同意だった。よく出来ている。
普通の農場なら、季節を待たなければならないが、ここではダンジョンそのものが季節を作り出している。
「じゃあ、異常が起きているのはどこですか?」
俺が尋ねる。
ローガンは夏の区画を指差した。
「本来なら、今はここが夏の区画になっているはずなんだ」
「……はず?」
セレナが聞き返す。
「見れば分かる」
ローガンと一緒に進む。
夏の区画へ入った瞬間、空気が変わった。
暑い……だが、それだけではない。
畑の奥にある木々が紅葉している。
夏の強い日差しの下で、赤や黄色の葉が揺れていた。
「これは……」
フリーダが足を止める。
「夏なのに秋の植物が混ざっていますね」
「前回より酷くなってる」
クラリスが眉を寄せた。
「前は一部の木が色づいている程度だったの。今は区画のかなり広い範囲に影響が出てる」
俺は周囲を見回した。
確かに妙だ。
季節そのものが切り替わっているというより、異なる季節の性質が同じ場所へ重なっているように見える。
魔力の流れを詳しく見れば、原因はもっとはっきりするだろうが……さてどうするか。
「ローガンさん、魔物の方はどの辺りに?」
俺が尋ねた、そのときだった。
遠くから地面を踏み鳴らす音が響いた。
ズシン、と地面が揺れる。
「来たか」
ローガンが大剣へ手をかける。
クラリスと神官のルチアーノも身構えた。
畑の向こうから、巨大な影が現れる。
茶褐色の肌。
人間の倍近い巨体。
その手には、太い棍棒が握られている。
「オーガ……?」
セレナが呟いた。
「本来農場ダンジョンに出現する魔物じゃないな」
ローガンが答える。
俺も剣へ手を伸ばした。
夏の農場に現れた、季節外れの紅葉。
そして、本来ここには存在しないはずの魔物。思ったより厄介だなこれは。