100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
オーガがこちらへ向かって走り出した。
巨体に似合わない速度だった。畑の土を踏み砕きながら、棍棒を振り上げている。
「2匹はこっちで受け持つ。1匹、やれるか?」
ローガンが大剣を構えながら叫ぶ。
「やります!」
セレナが即答した。
「私も大丈夫です」
フリーダも杖を握り直す。
俺も細身の剣へ手を添えた。
「それなら、私たちは右の1匹を」
「任せた!」
ローガンたちが左へ駆け出す。
オーガの巨体が3つに分かれ、それぞれが別の相手へ向かった。
俺たちの前に残った1体が棍棒を振り下ろす。
セレナが横へ飛んだ。
轟音とともに棍棒が地面へ叩きつけられ、土が跳ねる。まともに受ければ、剣ごと吹き飛ばされるだろう。
「セレナ、左!」
「分かった!」
俺の声に合わせて、セレナが踏み込む。
オーガが棍棒を引き戻そうとした瞬間、その腕へセレナの剣が走った。深く斬ることはできないが、攻撃の軌道を逸らすには十分。
オーガが唸り声を上げる。
その隙を逃さず、フリーダが術式を組み上げた。
炎が一直線に飛び、オーガの肩を焼く。
「効いてます!」
「そのまま距離を取って!」
俺はオーガの足元へ視線を落とした。
巨大な身体を支える足は、それだけで狙いやすい。セレナが正面から注意を引いている間に、俺は横へ回り込む。
オーガがこちらへ気づき、棍棒を振り回した。
俺は一歩だけ後ろへ下がる。
風圧が髪を揺らした。
大振りの攻撃を避けたところで、オーガの体勢が崩れる。俺はその瞬間に踏み込み、足首へ剣を滑らせた。
「今!」
セレナが駆ける。
オーガが振り向くより早く、セレナの剣が脇腹へ食い込んだ。
巨体が大きく傾き、そこへフリーダの魔法が直撃した。
炎がオーガの胸元を包み込み、巨体が後ろへ倒れる。
地面が揺れた。
「倒れました!」
「ちょっと調べたいことがある。セレナとフリーダは周囲を見てて」
俺は倒れたオーガの魔石を回収した後、少しだけ死体に干渉した。
すると、その身体が淡い光へ変わり始める。
ダンジョンの魔物は死体を残さない。代わりに時間が経てば魔力へ還元される。
それ自体は珍しい現象ではないが、本来はもっと時間がかかる。そこで俺は還元されるまでの時間を少し早めた。
光へ変わっていくオーガの身体から、周囲へ魔力が流れ出していく。
その流れが、妙に偏っている……俺が見たいのはこれだ。
「……やっぱり」
「どうしたの?」
セレナが剣を下ろしながら尋ねる。
俺は周囲を見回した。
夏の区画だというのに、秋の木々が混じっている。
魔力の流れも、普通のダンジョンとは違っていた。
「魔力の流れが偏ってる」
「どういうことですか?」
フリーダが質問してくる。
「これは単に魔力が多いとか少ないとかじゃないんだ」
俺は地面へ目を向ける。
オーガから抜けた魔力が、そのまま周囲へ拡散しているわけではない。一定の方向へ流れ、途中で別の流れとぶつかっている。
まるで、複数の水路が途中で無理やり繋がれているようだった。
「魔力の流れそのものが歪んでる。これなら季節が混ざるのも、本来いない魔物が出るのも説明できる」
「つまり、原因は魔力の流れが偏ってるから、本来別の場所にあるはずの魔力が混じっちゃってるってこと?」
フリーダが聞く。
「そう。ただ、魔物を倒して魔石を回収するだけでも、その偏りは少しずつ解消されるはず」
マティアスから聞いた話とも一致する。
問題は、その方法では時間がかかることだ。
俺は周囲を見渡した。
「だったら、調整すればいい」
セレナが首を傾げる。
「調整?」
「うん。この区画だけで魔力を消費してもらうんじゃなくて、魔力の流れそのものを正常な状態へ戻す」
俺は夏の区画の奥を見た。
「ブロックコアを使えばできると思う」
「ブロックコア?」
ローガンの声が聞こえた。
振り向くと、向こうでは2体のオーガがすでに倒れている。ルチアーノが負傷の有無を確認し、クラリスがこちらへ歩いてきていた。
「そっちも倒したか。死体が妙に早く消えてるようだが……」
「魔石は確保しましたよ」
俺はローガンに魔石を見せる。
ローガンが大剣を肩へ担ぎつつ話を続けた。
「まあいい。ブロックコアってのは、この区画の天候や温度を調整している魔石だろ?」
「そうです。それなら魔力分布も調整できるはずです」
「……何でそんなことを知ってる?」
ローガンの視線が俺へ向く。
しまった。
ブロックコアが魔力分布まで調整することは、一般の冒険者が知っているとは限らない。
俺は少し考えてから答えた。
「事前に調べてきました」
「事前に?」
「農場ダンジョンの設備について、学院にある資料を見せてもらったんです。ブロックコアが季節を調整しているなら、魔力の偏りにも何か関係していると思って」
かなり苦しい。
自分で言っていても苦しいと思う。
だが、フリーダがすぐに口を挟んだ。
「リコレットは魔法について調べるのが好きですからね。私も、今回の依頼を受けてから色々調べていると思っていました」
「ええ、まあ……」
セレナも頷く。
「リコレット、こういうこと詳しいから」
2人とも助けようとしてくれている。
ありがたい。
ありがたいのだが、余計に不自然になってしまっている気がする。
クラリスも少し考え込むように腕を組んだ。
「私たちが話をしたのは昨日の夕方よ? それに学院の資料に、そこまで詳しい情報が載っていたのかしら?」
「それは……」
言葉に詰まる。
このまま誤魔化すのは難しいだろう。
そもそも、これからブロックコアを実際に調整するなら、俺が詳しい理由を説明できた方が都合がいい。
それに、銀狼とは今回限りの付き合いになるとは限らない。
俺は小さく息を整えた。
「……ごめんなさい。実は、1つ話していないことがあります」
セレナが俺を見る。
フリーダも少し驚いた顔をした。
「私、魔女カサンドラの弟子なんです」
一瞬、ローガンが目を丸くした。
「魔女カサンドラ様の?」
「はい」
「それは……初耳だな」
クラリスが驚いたように呟く。
「リコレットがカサンドラ様の弟子だったなんて……」
フリーダが俺を見る。
その顔には、驚きと同時に「言っちゃっていいんですか?」という意思がはっきり浮かんでいた。
セレナも同じだ。
「リコレット、それ言って大丈夫なの?」
「うん。今回の話なら、隠しておく方が難しいと思う」
俺は苦笑した。
カサンドラの弟子だと名乗ったところで、世界調律師だと知られるわけではない。
魔女の弟子が魔法やダンジョンの構造について詳しい。
それなら十分に自然な話になる。
「カサンドラから魔法や魔道具について色々教わっています。だから、農場ダンジョンの設備についても少し知識があるんです」
「なるほどな」
ローガンが納得したように頷く。
「それなら話は早い。ブロックコアを調整して異変を止められるなら、やってみよう」
クラリスも頷いた。
「私も賛成です。問題は、どう調整するかね」
「そこは、いくつか確認してから決めたいです」
俺は周囲を見渡した。
「今回の異常は、この区画だけの問題じゃないと思う。魔力が偏っているなら、他の区画にも同じような歪みがあるはずです」
「全部の区画を調べるの?」
セレナが尋ねる。
「そうした方がいい。まず各区画の魔力の流れを確認して、どこからどこへ偏っているのかを把握する。その上でブロックコアを調整する」
「調整って、具体的には?」
クラリスが聞く。
「例えば、この区画なら火属性の魔力が足りなければ少し足す。風属性が多すぎるなら、少し抜く。そうやって全体のバランスを戻していく」
「そんな細かい操作ができるの?」
「できると思う。魔力操作に慣れた魔術師が必要だけど」
俺は言い切ってから、少しだけ言葉を選び直した。
「もっと正確には、できるように私が調整する」
クラリスが考え込む。
「なるほど……」
フリーダの目が輝き始めた。
「それなら私とクラリス先輩で魔力操作を担当できますね」
「そうね。属性ごとの調整なら、私たちが慣れているわ」
「じゃあ、セレナとローガンさん、ルチアーノさんは魔物への対応をお願いします」
「分かった」
ローガンが即答する。
ルチアーノも頷いた。
「魔物が出た場合の補助と回復はお任せください」
俺は地面へ視線を落とした。
さっきのオーガが消えた場所には、もう何も残っていないが、そこに流れた魔力の痕跡だけは俺にはまだ見えている。
流れるべき魔力が少しずつ道を外れているなら、道を戻してやればいい。
「まずは各区画を回って、魔力の状態を確認しましょう」
俺たちは次の区画へ向けて歩き出した。
異変の原因が分かった以上、あとは修復するだけだ。