100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
「そこじゃないです!」
思わず叫ぶと、カサンドラは「ごめんなさい」と素直に謝った。
事故を起こした本人が一番慌てているらしい。
いや、事故の原因を作ったのは俺でもあるのだが。
「とにかく、元へ戻しましょう!」
窓へ映る少女を見ながら言う。
ゲームの中なら文句なく可愛いキャラクターだ。
だが、それが自分となれば話は別である。
「もちろん、そのつもりよ……出来るかどうかはわからないけど」
カサンドラは不吉なことを呟きながらも、真剣な表情で頷いた。
「まずは一番単純な方法から試してみましょう」
彼女が指先を軽く掲げる。
足元へ小さな魔法陣が現れ、柔らかな光が俺を包み込んだ。
身体が少し温かくなる。
数秒後、光が消えた。
「どうです?」
慌てて窓を見る。
そこには、さっきと何一つ変わらない少女が立っていた。
「……変わってませんね」
「変わっていないわね」
カサンドラも難しい顔をしている。
「じゃあ次」
今度は先ほどより大きな魔法陣が展開される。
複雑な紋様が何重にも重なり、塔の中へ淡い光が満ちた。
「これは?」
「肉体そのものを再構築する魔法よ」
「そんな便利な魔法が」
「失敗すると肉体が消滅しちゃうから、滅多に使わないけれど」
さらりと恐ろしいことを言う。
再び光。
数秒後。
「……どう?」
「変わってません」
「そう」
俺は窓へ近付き、自分の頬を引っ張る。
ちゃんと柔らかい。
夢でも幻でもない。
「まだあるわ」
カサンドラは諦めなかった。
魔力の流れを調べる魔法。
魂との結び付きを確認する魔法。
世界調律師の契約を一時停止する魔法。
俺には何をしているのか半分も理解できなかったが、そのたびに様々な色の魔法陣が現れては消え、結果はすべて同じだった。
変化なし。
「……ふぅ」
最後の魔法を終えたカサンドラが静かに息をつく。
その表情を見た瞬間、嫌な予感ではなく、結果を察してしまった。
「駄目ですか」
「ええ」
彼女は申し訳なさそうに頷く。
「この姿は、もう世界調律師として確立してしまっている」
俺は黙って続きを待った。
「世界調律師の肉体は、単なる身体じゃないの。魂、肉体、魔力、そのすべてが一つの存在として結び付いているわ」
「つまり……」
「今この身体を変えるということは、世界調律師そのものを作り直すのと同じことになる」
それは無理だ、と続けるまでもなかった。
100年かけた修行。
ようやく完成した世界調律師。
それを最初からやり直す方法など、あるはずがない。
「そんな……」
思わずその場へ座り込む。
足が短い。
袖も長い。
膝へ視線を落としても、小さな手しか見えない。
どう見ても少女だった。
「せめて男の子なら……」
思わず本音が漏れる。
ゲームのキャラクターを元にしたのなら、男性主人公だって選べたはずだ。
よりによって、俺が一番気に入って使っていたキャラクターが女の子だったのが運の尽きである。
「リク」
カサンドラが隣へ腰を下ろす。
「本当にごめんなさい」
「いえ……」
カサンドラを責める気にはなれなかった。
写真アプリではなくゲームを開いたのは俺だ。
儀式を止められなかったのは事故だ。
カサンドラが悪いわけではない。
だからこそ、やり場のない気持ちだけが残る。
「……慣れるしかないんでしょうね」
そう口にすると、自分でも驚くほど冷静だった。
営業職をしていると、理不尽な出来事は少なくなかった。
文句を言っても変わらない現実なら、その後どう動くかを考える方が早い。
今回の出来事は、その理不尽さが桁違いなだけだ。
「前向きね」
「半分やけくそです」
そう答えると、カサンドラは少しだけ笑った。
「でも、その考え方は嫌いじゃないわ」
しばらく沈黙が流れる。
窓へ映る少女を眺めながら、俺はふとあることへ気付いた。
「……そういえば」
「何かしら」
「この姿で『リク』って呼ばれるの、少し違和感がありますね」
カサンドラも窓へ映る俺を見る。
金色のツインテール。
愛らしい顔立ち。
どう見ても30代男性には見えない。
「確かに」
彼女は小さく頷いた。
「その姿なら、新しい名前を考えてもいいかもしれないわね」
「名前、ですか」
カサンドラの言葉に、もう一度窓へ映る自分を見る。
地球では氷室陸斗。
この世界ではリク。
どちらも男として生きてきた俺の名前だ。
今の姿へ合わせるなら、確かに少し違和感がある。
「世界調律師になる時、新しい名前を名乗る人もいるわ」
「そういうものなんですか」
「人間だった頃の人生と区切りを付ける意味もあるし、長く生きるから本名をそのまま使わない人もいるわ」
なるほど。
100年どころでは済まない寿命なら、同じ名前を何百年も名乗り続ける方が不自然なのかもしれない。
「何か希望はある?」
「急に言われても……」
これまで、名前を考える機会なんてほとんどなかった。
ゲームで主人公へ名前を付けた程度だ。
それだってデフォルトの名前があればそっちを選んでいた。
「リクに近い名前でもいいし、まったく新しい名前でもいいわ」
「うーん……」
腕を組んで考える。
リリア。
リリィ。
リコ。
頭へ浮かんでは消えていく。
「リクを残したいなら、『リコ』なんてどう?」
「可愛いですけど、少し短すぎますね」
「そうね」
二人で真剣に名前を考えている光景は、客観的に見ると少し不思議かもしれない。
しばらく沈黙が続いた後、カサンドラが何か思い付いたように顔を上げた。
「リコレット、というのはどうかしら」
「リコレット?」
口に出してみる。
響きは悪くない。
どこか上品で、この世界の名前としても自然に聞こえる。
「愛称ならリコとも呼べるわ」
「……いいですね」
何度か繰り返してみる。
リコレット。
リコ。
少し照れくさい。
それでも、不思議としっくりきた。
「決まり?」
「はい」
俺は頷いた。
「これからは、リコレットでお願いします。あとは『俺』じゃなくて『私』って言うようにしますよ」
「分かったわ、リコ」
100年間呼ばれ続けた「リク」が、「リコ」へ変わる。ならば口調も変えるべきだろう。
日本なら、俺っ娘というのも需要がありそうだが、アルノーヴァではどうかわからないしな。TPOってやつだ。
「じゃあ、リコ」
カサンドラは穏やかな笑みを浮かべる。
「次は他の世界調律師のみんなへ紹介しましょう」
「もうですか?」
「ええ。新しい仲間が増えたことを知らせないと」
世界調律師。
そういえば、俺はカサンドラ以外に一人も会ったことがない。
100年も修行していたのだから、一度くらい顔を合わせても良さそうなものだが。
「皆忙しくて……うん、まあそうではない子もいるけど……とにかくそれぞれ世界中で活動しているの。だから定期的に会合を開いて情報交換しているわ」
なるほど。
世界を管理する立場なら、連携は必要だ。
どことなく微妙な表現は気になるが。
「その前に、一つ大事な話があるの」
カサンドラの表情が少しだけ真面目になる。
「リコはできるだけ早く、自分の塔を建てなければならないわ」
「そういえば塔から旧世界に魔力を送ってるんでしたね」
「今のリコは、仮に私の塔へ結び付けられている状態なの」
「仮?」
「そう。だからリクからはまだ旧世界に魔力供給ができていない状態。それにもし今リコが命を落としたら、この塔で復活はできるけど100年はかかってしまう」
つまり、独立していない状態ということか。
そもそも配属早々、100年も休む新人なんてどうかと思うしな。
「自分の塔を建てれば、数年でそこで復活できるようになるわ」
「じゃあ、それまでは気を付けたほうがいいんですね」
「もう一つ注意が必要よ」
カサンドラは人差し指を立てた。
「もし私が先にいなくなったら、結び付きも失われる可能性があるもの」
「いなくならないでください。でもそれは困りますね」
「だから最優先は塔の建設。そのための土地も探さなくてはいけないわ」
修行が終わったと思ったら、今度は家探しである。
しかも普通の家ではなく、塔だ。
世界調律師というのは、本当に規模が違う。
「まずは会合へ行きましょう」
カサンドラが軽く杖を掲げる。
床へ魔法陣が広がり、淡い光が二人を包み込んだ。
「これから向かうのは、旧世界監視施設」
名前からするとアルノーヴァの外にある旧世界の施設か。
「旧世界を今も見守っている施設よ。今は世界調律師たちの会合場所になっているわ」
景色が光へ溶け始める。
新しい名前。
新しい姿。
そして、初めて出会う世界調律師たち。
胸の奥には少しだけ不安もある。
けれど、それ以上に、この世界での新しい一歩が始まる期待の方が大きかった。