100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
「では、まずはこの区画から始めましょう」
俺がそう言うと、クラリスがブロックコアへ近づいた。
農場ダンジョンの区画を調整するための魔石は、地面から少し離れた場所に浮かんでいる。表面には細かな術式が刻まれており、周囲の空気そのものがそこへ吸い寄せられているように見えた。
「私が魔力の状態を確認するわ。フリーダは属性ごとの操作をお願いできる?」
「分かりました。リコレット、どの属性を動かしますか?」
「まずは土を少し。今の状態だと、この区画は土属性の魔力が不足してる」
「土ですね」
フリーダが杖を構える。
術式が組み上がり、淡い光がブロックコアへ流れ込んでいく。
「もう少しだけ。……そこで止めて」
「はい」
魔力の流れが止まる。
俺はブロックコアの周囲へ意識を向けた。
さっきオーガの身体から流れ出した魔力と同じような偏りが、この場所にも残っている。けれど、ここはまだ軽い。
「次に風を少し抜こう」
「抜く?」
セレナが不思議そうに聞く。
「うん。魔力は足すだけじゃなくて、余っているものを減らすこともできるんだ」
「そんなこともできるんだ」
クラリスが風属性の魔力を操作する。
周囲に漂っていた魔力の一部が細い糸のように集まり、ブロックコアへ吸い込まれていった。
その直後、風が少し弱くなった。
草原を撫でていた風が止まり、代わりに遠くの木々がゆっくりと揺れる。
「……今のでいいわ」
クラリスが手を離す。
俺はしばらく周囲を観察した。
先ほどまで複数の方向から流れていた魔力が、少しずつ1つの流れへまとまり始めている。
「成功ですね」
「これでいいの?」
セレナが尋ねる。
「この区画はね。まだ全体を直したわけじゃないけど、少なくともここで余計な魔力が別の区画へ流れ込むことは減るはず」
「じゃあ、次へ行きましょう」
クラリスが促した。
俺たちは別の区画へ移動した。
そこでは春の草花が咲き乱れている。
本来なら今は夏の季節に入っているはずなのに、花壇には春先に咲く花が残っていた。
ブロックコアを確認すると、こちらでは水属性の魔力が多く、火属性が不足している。
「今度は火を少し足して、水を抜きます」
「分かりました」
フリーダが術式を組み上げる。
炎を生み出すための術式ではない。
ただ魔力の属性を整えるための操作なので、見た目にはほとんど変化がない。赤みを帯びた魔力がブロックコアへ流れ、水色の光が逆方向へ抜けていく。
魔法を戦闘以外で使うと、こういうこともできる。
フリーダは最初こそ戸惑っていたものの、すぐに操作へ慣れていった。
「この調整、面白いですね」
「そう?」
「はい。普段なら属性ごとに術式があってそれで魔法を使うのに対して、魔力そのものの段階で属性ごとに調整していくのは新鮮です」
「確かに、学院で教わる魔法とは少し違うね」
「帰ったら研究してみたいです」
目が完全に研究者のそれになっている。
今回の調査が終わったら、フリーダが農場ダンジョンの話を延々と始める可能性が高い。
……まあ、それは後で考えよう。
「次、お願いします」
俺たちは順番に各区画を回った。
春の区画では火属性を少し加え、風を抜いた。
秋の区画では土属性が多すぎたので少し減らし、水を補った。
冬の区画では火属性が過剰になっていたため、今度はそれを抜く。
調整そのものは思ったより順調だった。
「これなら、今日中に終わりそうですね」
フリーダが言う。
「このままならね」
俺はブロックコアから離れながら答えた。
いくつかの区画を調整したことで、魔力の流れは明らかに変わっている。
それまで複数の方向へ流れていた魔力が、少しずつ本来の循環へ戻っていた。
あとは最後の1つ。
ここを調整すれば、全体のバランスが取れるはずだ。
「この先が最後です」
俺たちは最後の区画へ向かった。
そこは農場ではなく、牧場側に近い区画だった。
草地の向こうに柵が見える。
本来なら家畜がいる場所なのだろうが、異変の影響なのか、今は何もいない。
「妙に静かですね」
セレナが剣へ手を添える。
俺も周囲へ意識を広げた。
魔力の流れは乱れている。
それでも、先ほどまでの区画より酷いわけではない。
「最後のブロックコアを調整すれば終わると思う。クラリスさん、お願いします」
「分かったわ」
クラリスがブロックコアへ向かう。
フリーダもその隣に立った。
「今回は?」
「火属性を少し足して、風属性を抜く。それから土をほんの少し」
「了解です」
2人が術式を組み上げ始める。
俺もブロックコアの周囲を確認する。
その時、遠くから何かを引きずるような音が聞こえた。
ズル……ズル……。
セレナが音の方向へ振り向く。
「何かいる」
「2人とも、作業を止めないで。ここで止めると反動で余計に酷くなりかねない」
俺はそう言った。
魔力の流れを見る限り、今ここで術式を中断する方が危険だ。
クラリスとフリーダが顔を上げる。
「分かったわ」
「調整を続けます」
草地の向こうから、巨大な影が現れた。
牛の頭。
人間の倍近い巨体。
そして、その手には人間なら両手でも扱うのが難しそうな大斧が握られている。
「ミノタウロス……!」
ローガンが声を上げた。
「こいつもこのダンジョンに出るような魔物じゃねえぞ!」
ミノタウロスがこちらを見つける。
低い唸り声を上げ、大斧を地面へ引きずりながら近づいてきた。
ローガンが大剣を抜く。
「クラリス! フリーダ! そのまま続けろ!」
「ええ!」
「分かっています!」
「セレナ、お前も来い!」
「分かった!」
セレナがローガンの横へ並ぶ。
ルチアーノも神聖術式の準備に入った。
「リコレット、魔術師2人が手を離せないんじゃ、こいつはかなり厳しいぞ!」
ローガンが叫ぶ。
「わかりました! 私が魔術師として支援します!」
ミノタウロスが走り出した。
巨体が地面を踏みしめるたび、足元の土が跳ねる。
ローガンが正面から受け止める。
大斧と大剣がぶつかり、金属音が響いた。
「ぐっ……!」
ローガンの身体が後ろへ押される。
セレナが横から踏み込み、ミノタウロスの腕を狙った。
だが、ミノタウロスは大斧を強引に振り回してセレナを牽制する。
「無理に近づくな!」
ローガンが叫ぶ。
セレナはすぐに距離を取った。
「防御魔法いきます!」
俺はまず、前衛の2人に防御の魔法をかけた。
ローガンとセレナの身体が一瞬だけ淡い光に包まれる。
そして2人の動きを見ながら、ミノタウロスの足元へ魔力を流す。
地面そのものを大きく変える必要はない。
ほんの少しだけ、踏み込む場所の土を緩める。
ミノタウロスの右足が沈んだ。
「今!」
セレナが踏み込む。
剣が脚を浅く斬り裂いた。
ミノタウロスが吠え、大斧を振り上げる。
「セレナ、下がって!」
俺が叫ぶ。
セレナが身を引いた直後、大斧が地面へ叩きつけられた。
その隙にローガンが踏み込む。
大剣がミノタウロスの肩へ食い込んだ。
「この野郎!」
ミノタウロスがローガンを振り払おうとする。
その腕へルチアーノの神聖術式が走った。
白い光が腕を包み、動きが一瞬鈍る。
「ローガン、今です!」
「おうよ!」
ローガンが大剣を引き抜く。
俺はミノタウロスの重心を見た。
左へ傾いている。
俺はもう一度、足元の土をわずかに沈ませた。
ミノタウロスの足が滑る。
セレナがそこへ踏み込み、剣を振り抜いた。
ミノタウロスの巨体が大きく揺らぐ。
「これで……!」
ローガンがそれを見逃さず、最後の一撃を叩き込む。
ミノタウロスが倒れた。
地面が大きく震える。
「……終わった」
ローガンが荒い息を吐く。
「リコレット、助かった。魔術師2人が使えない状態で、こいつは洒落にならんからな」
「ローガンさんの剣の腕あってのものですよ」
俺はそう答えながら、クラリスとフリーダを見る。
2人はまだブロックコアの調整を続けていた。
「もう少しです!」
フリーダの声が響く。
ブロックコアへ火属性の魔力が流れ込む。
続いて風属性の魔力が抜けていく。
最後に土属性の魔力が細く加わった。
「……どう?」
クラリスが聞く。
俺は目を閉じ、周囲の魔力を探った。
それぞれの区画を流れていた魔力が、ゆっくりと繋がっていく。
先ほどまで存在していた不自然な逆流が消えていた。
「……正常化したはず」
俺がそう言うと、クラリスが術式を止めた。
「本当に?」
「うん。もう大丈夫だと思う」
俺は周囲を見渡した。
「なら、季節の異常も解消しているはずだよ」
「確認してみましょう」
フリーダがすぐに反応した。
俺たちは最後の区画を出て、先ほど異常が確認された夏の区画へ戻る。
そこには、以前とは違う景色が広がっていた。
夏の陽射し。
青々とした草。
本来この季節に実るはずの作物。
秋の木々も、春の花も、もう混ざっていない。
「……戻ってる」
セレナが呟いた。
「ええ。ちゃんと夏の景色になっています」
フリーダが嬉しそうに周囲を見回す。
クラリスも頷いた。
「異変は収まったみたいね」
「これなら学院の人たちも安心するでしょう」
ローガンがミノタウロスの魔石を確認しながら言う。
「まさか、魔物を倒すだけじゃなくて、こんな方法で解決するとはな」
「私たちだけだったら思いつかなかったと思います」
クラリスが俺を見る。
「リコレットがいてくれて助かったわ」
「いえ、こちらこそ。クラリスさんとフリーダが調整してくれたから、うまくいったんです」
俺はそう答えた。
実際、その通りだ。
農場ダンジョンを管理している人たちがこれからも使い続けられる形で、異常を元へ戻すこと。
そのために、ブロックコアという既存の仕組みを利用した。
「じゃあ、戻ろっか」
セレナが言った。
「そうだね」
俺たちは来た道を戻り、農場ダンジョンの入口へ向かう。
外へ出ると、学院の敷地にいつもの空が広がっていた。
ダンジョンの中にいた時間が長かったせいか、普通の景色が妙に新鮮に感じられる。
「これで依頼は完了……かな」
俺が呟くと、ローガンが笑った。
「後はギルドへ報告するだけだ。今回の仕事、思ったより面白かったぜ」
俺は農場ダンジョンを振り返った。
もう、季節の違う景色が混ざることもない。
魔力の流れも穏やかだ。
「じゃあ、帰りましょう」
俺たちはそのまま、冒険者ギルドへ向かって歩き始めた。