100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
「待たなくて結構です!」
悲鳴を上げるように即答すると、サイラスは少しだけ残念そうな顔をした。
「サイラス」
レイネが低い声で呼ぶ。
「師匠」
「席へ戻れ」
「でも」
「戻れ」
有無を言わせない口調だった。
さすがに逆らえないらしく、サイラスは名残惜しそうに俺の手を離す。
「分かったよ」
そう言って席へ戻りながらも、視線だけはこちらを向いたままだ。
落ち着かない。
「リコ、大丈夫?」
カサンドラが心配そうに覗き込む。
「だ、大丈夫です」
正直なところ大丈夫ではない。
100年修行を終え、ようやく世界調律師としてデビューしたと思ったら、初対面で男から求婚されるとは。
こんな歓迎を受けるとは夢にも思わなかった。
「安心して」
ヴァレリアが笑いながら俺の肩を叩く。
「サイラスはああいう子だから」
「そういう問題なんですか?」
「本人は至って真面目よ」
「そこが一番困るんですが」
営業時代なら、「冗談ですよ」で済む話はいくらでもあった。
ところがサイラスは違う。
真剣だからこそ、どう対応していいか分からない。
「僕は本気だよ」
本人が即座に補足してきた。
「リコレットさんを見た瞬間、この人しかいないって確信した」
「確信するのが早すぎます!」
「300年生きていると、そういうこともあるんだ」
「ありません」
反射的に否定すると、ヴァレリアが吹き出した。
「相性いいじゃない!」
「どこがですか」
「テンポ」
嬉しくない評価だった。
「サイラス」
今度はマティアスが穏やかな声で口を開く。
「リコレットさんも困っています。まずは普通に仲良くなるところから始めてはいかがですか」
「なるほど」
サイラスは素直に頷いた。
「では、友人からお願いします」
そう言って俺へ手を差し出す。
営業経験から言えば、ここで握手くらいはしておくべきなのだろう。
変に拒絶して職場の空気を悪くするのも得策ではない。
俺は恐る恐る手を伸ばした。
「よろしくお願いします、サイラスさん」
「うん、よろしく」
握手を交わした瞬間、サイラスの表情がぱっと明るくなる。
「これで第一段階は成功だね」
「何段階あるんですか」
「今考えた」
「考えないでくださいよ……」
また部屋に笑いが広がる。
どうやらこの人は、放っておいても勝手に話を進めるタイプらしい。
「……さて」
パン、と小さく手を叩いたのはカサンドラだった。
「そろそろ本題へ入りましょう」
空気が自然と切り替わる。
さっきまで笑っていたヴァレリアも椅子へ腰を下ろし、レイネも腕を組んでこちらを見る。
「リコは正式な世界調律師になったわ。でも、まだ自分の塔を持っていない」
「ああ、さっき話していた件ですね」
「ええ」
世界調律師は、それぞれが自分の塔から旧世界へ魔力を送り続けている。
今の俺はカサンドラの塔へ仮接続されているだけで、いずれ独立しなければならない。
「だから、まずは塔を建てる場所を決める必要があるの」
「場所って、何か条件があるんですか?」
するとヴァレリアが腕を組んだまま答えた。
「別にどこでも建てられるわよ」
「え?」
「極端な話、人里離れた山奥でも砂漠でもね」
意外だった。
もっと厳しい条件があると思っていた。
「ただし」
マティアスが続きを引き継ぐ。
「魔力が豊富な土地ほど、塔の効率は良くなります」
「効率?」
「同じ塔でも、集められる魔力量が変わるということです」
なるほど。
発電所を建てるなら、水量の多い川や風の強い場所を選ぶようなものか。
どこでも建てられるが、適地は存在するというわけだ。
「だから私たちも、それぞれ理由があって今の場所を選んでいるのですよ」
そう説明されると納得できた。
俺も一生使う拠点になるなら、できるだけ条件の良い場所へ建てたい。
「候補はあるんですか?」
俺が尋ねると、世界調律師の先輩たちは互いに視線を交わした。
その様子を見る限り、どうやら心当たりはあるらしい。
先輩たちが互いに視線を交わす。
その沈黙を破ったのはレイネだった。
「ヴェルグラードがいいだろう」
「やっぱりそこよね」
ヴァレリアも異論はないらしく頷く。
「ヴェルグラード?」
聞いたことのある地名だ。知識としては覚えている。
マティアスが魔法で空中に地図を映し出す。
「ここです」
指し示されたのは、大陸中央から少し北寄りの都市だった。
「自治都市ヴェルグラード。まあ元はヴェルグラード王国でしたが……現在は世界最大級の迷宮都市として知られています」
「ああ、あそこですか」
ヴェルグラードは、巨大なダンジョンを中心に発展した都市で、世界中から冒険者が集まる場所だ。
いかにもファンタジーだなと思ったので、よく覚えている。
ただ、100年間で世界地理は一通り学んだが、ここはまだ実際に訪れたことがない。
「でも、どうしてそこなんです?」
「理由は単純よ」
ヴァレリアが地図の中央を指で叩く。
「大きなダンジョンがある場所は、それだけ魔力も濃いの」
「ダンジョンと魔力が関係しているんですか?」
「正確には逆ね」
今度はカサンドラが説明を引き継ぐ。
「魔力が豊富な土地だからこそ、余剰魔力によってダンジョンが形成されやすい」
なるほど。因果関係が逆なのか。
「だから塔を建てる場所としても適しているわ」
「それに」
マティアスが微笑む。
「ヴェルグラードなら、人も物資も集まります。生活する上でも困ることは少ないでしょう」
それは確かに重要だ。
山奥へ塔を建てれば静かではあるだろう。それに世界調律師の力を使えばどこにだって移動できる。
だが、買い物ひとつするのにイチイチ他国にワープするような生活はどうかと思う。
サラリーマンだった頃の癖か、つい利便性まで考えてしまった。
「治安はどうなんですか?」
その質問には、今度はレイネが答えた。
「正直、良いとは言えない」
即答だった。
「冒険者が集まる以上、荒事も多い」
「王権は完全に形骸化してるからね。盗賊ギルドも活動しているわね」
ヴァレリアが付け加える。
「表向きは盗賊ギルドと冒険者ギルドで取り締まられているけど、完全には無くならないわ」
「なるほど……」
迷宮都市、冒険者、それに盗賊。
ファンタジー系のゲームなら定番の組み合わせだなこれは。
俺は地図へ目をやり、少しだけ考える。
……いや、考えるまでもないか。
「それなら、ヴェルグラードにします」
即答すると部屋が少しだけ静かになる。
「随分あっさり決めるのね」
ヴァレリアが少し意外そうな顔をする。
「迷わないの?」
「仕事なら、効率が一番大事ですから」
俺は肩をすくめた。
「一生使う拠点なら条件の良い場所を選ぶべきですし、皆さんが揃って勧めるなら実績もあるってことですよね」
世界調律師としては新人だ。
この世界で100年過ごしたとはいえ、当然実務経験はゼロ。
だったら何百年も活動している先輩の意見へ素直に従う方が合理的だ。
変に自分のこだわりを優先して失敗する方が、よほど非効率である。
「なるほど……」
マティアスが感心したように頷く。
「経験のある者の知見を尊重し、目的に対して最も効率的な選択をする。実に理性的な判断ですね」
「営業時代の癖みたいなものです」
「営業?」
「あ、いえ」
しまった。
地球の職業を説明しても伝わらない。
「人と関わる仕事をしていたんです」
「なるほど」
マティアスは納得したように微笑んだ。
「だから物事を俯瞰して判断できるのですね」
その時だった。
ガタン、と勢いよくサイラスが立ち上がる。
「素晴らしい!」
両手を大きく広げ、感極まったように叫ぶ。
「先輩方の経験を信頼し、感情ではなく最善を選ぶその姿勢!」
ぐっと拳を握り締める。
「なんて聡明で、なんて美しく、なんて尊いんだ!」
「そこまでですか?」
「そこまでだよ!」
サイラスは真剣そのものだった。
「しかも決断が早い! 迷いがない! 僕の理想の――」
「その先は言わなくていい」
レイネが額へ軽く手刀を落とす。
「痛っ」
「毎回話を大きくするな」
「でも師匠!」
「でもじゃない」
そのやり取りに、ヴァレリアが吹き出した。
カサンドラも苦笑しながら肩をすくめる。
「リコ、気にしなくていいわ」
「……はい」
気にしない努力はしてみよう。
成功する自信は、あまり無いが。
話が終わり、マティアスが地図を消すと、カサンドラが話しかけてきた。
「出発の準備は私が手伝うわ」
「ありがとうございます」
「リコレットさん」
不意にサイラスが立ち上がった。
嫌な予感というより、「今度は何を言い出すんだ」という身構えが先に来る。
「何ですか?」
「ヴェルグラードで生活するなら、一つだけ準備をした方がいいでしょうね」
真面目な表情。
「準備?」
「うん」
サイラスは大きく頷く。
そして、にこやかな笑顔で言った。
「あの街で暮らすなら冒険者になるのが手っ取り早い。ならまず、冒険者登録をしないとね」
……なるほど。
それは確かにお約束というやつだろう。