100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
「まず、冒険者登録をしないとね」
サイラスの一言に、俺は素直に頷いた。
「それは分かります。でも、登録するだけなら誰でもできますよね?」
「もちろん」
サイラスは笑顔のまま答える。
「あとは一つ、冒険者として長く活動するなら知っておいた方がいいことがあるんだ」
その表情は、さっきまで求婚していた人とは思えないほど真剣だった。
「本当なら僕も一緒にヴェルグラードまで行って、手取り足取り色々教えてあげたいんだけど……」
サイラスは少しだけ肩を落とす。
手取り足取りは勘弁してもらいたいが。
「残念ながら、今は別の依頼を抱えていてね」
「依頼、ですか?」
「うん。冒険者として受けた依頼だよ」
俺は少し首をかしげる。
世界調律師の仕事ならともかく、冒険者の依頼を優先するとは意外だった。
そんな俺の疑問を察したのか、マティアスが口を開く。
「サイラスは世界調律師であることを隠し、冒険者としても活動しているのですよ」
「なるほど」
世界調律師は全員が人前へ姿を見せているわけではない。
サイラスもその一人で、一般社会では別の名前を使っているらしい。
「冒険者の時は『カイラス』って名乗ってるんだ」
サイラスは椅子へ座り直し、今度は先輩らしい穏やかな口調になった。
「まず一番大事なのは、あまり目立たないこと」
「目立たない?」
「うん。僕たち世界調律師が本気を出せば、普通の冒険者なんて相手にならないでしょ?」
それはそうだ。
そもそも人間ではないし、この力は世界の均衡を保つための力。普通の冒険者と同じ土俵で考える方が無理がある。
「でも、それを最初から見せると色々面倒になる」
「面倒……ですか」
「期待されるし、利用しようとする人も現れる。妬む人もいるし、実力を試そうと挑んでくる人もいる」
なるほど。
サラリーマンだった頃にも似たようなことはあった。
一度でも「何でもできる人」という評価が付けば、仕事は次々と集まってくる。
期待に応え続けるのは悪いことではないが、抱え込みすぎれば自分が潰れてしまう。
「僕も最初は本名で活動してたんだけど、加減を間違ってやりすぎちゃってね。気が付くとダイヤモンド級なんかになってしまって、身動きが取りづらくなったんだ」
「ああ……だから偽名を」
「そう。50年ほどほとぼりを冷まして、別人として再登録しなおした。冒険者稼業は好きだったからね」
「だから最初は、少し物足りないくらいでちょうどいい」
「実力を隠すということですね」
「そう。必要な時だけ力を振るえばいい」
サイラスの言葉に、レイネも静かに頷いた。
「世界調律師の力は、人々のためにある。己の名声を得るために振るうものではない」
「肝に銘じます」
その考え方は、俺にもよく理解できた。
世界調律師は世界の均衡を守る存在だ。
冒険者として目立ちすぎれば、本来不要な注目まで集めてしまう。
「もう一つ」
サイラスが人差し指を立てる。
「冒険者ランクは急いで上げなくていい」
「え?」
「高ランクになるほど自由は減るから」
「ああ、なるほど……」
「国から直接依頼が来たり、ギルドから優先的に呼び出されたりね。もちろん名誉なことではあるけど、その分だけ自由も減る」
それは元サラリーマンとしてよく分かる話だった。
役職が上がれば裁量も増える。
その代わり、背負う責任も大きくなる。
今の俺に必要なのは名声ではなく、塔を建てる場所を探しながら、この世界で普通の生活を知ることだ。
「まずは冒険者という仕事を楽しむくらいの気持ちでいいと思うよ」
サイラスは優しく笑った。
「多分僕たち世界調律師が冒険者をやるんだったら、そのくらいが一番似合ってるんだと思う」
「わかりました。助言ありがとうございます」
最初こそ求婚ばかりで困った人だと思った。
けれど、こうして話してみると、本当に面倒見の良い先輩なのだと分かる。
だからこそ、多くの人から慕われ、冒険者ランクがすぐに上がってしまうんだろうなと思った。
「困ったことがあったら遠慮なく相談して」
サイラスは少し照れくさそうに笑う。
「すぐには行けないかもしれないけど、必ず力になるから」
「はい。その時はよろしくお願いします」
俺が頭を下げると、サイラスは満足そうに頷いた。
「よし。それじゃあ安心して送り出せる……もちろん、求婚は諦めないけどね」
「やっぱりですか」
思わず漏れた言葉に、部屋のあちこちから笑い声が上がった。
会合が終わると、俺はカサンドラとともに旧世界監視施設を後にした。
帰りも転移魔法は一瞬だった。
見慣れた塔の居間へ戻ると、不思議と肩の力が抜ける。
「やっぱり落ち着きますね」
「百年も住んでいたものね」
カサンドラが優しく笑う。
確かにその通りだった。
最初は異世界へ放り出された不安しかなかった場所も、今では紛れもなく帰る場所になっている。
「それじゃあ旅の準備をしましょうか」
そう言うと、カサンドラは棚から小さな革袋を取り出した。
見た目は手のひらへ乗る程度の巾着袋だ。
「これは収納袋」
「魔道具ですか?魔法じゃダメなんですか?」
「空間魔法を使える人間は少ないんだから偽装は必要よ」
試しに渡される。
思ったより軽い。
「中を見てみて」
袋の口を開く。
「……広い」
思わず声が漏れた。
中には小部屋ほどの空間が広がっていた。
食料、水筒、予備の服、寝具、調理道具。
生活に必要な物が整然と収納されている。
「これだけ入るんですか」
「まだ余裕があるわ」
便利すぎる。
営業時代に欲しかった。
「空間魔法を使った方が便利だと思うけど、普段はその袋から出し入れしているように見せかけて」
続いて、旅装束を取り出す。
白を基調とした丈夫そうな上着に、可愛らしいスカート。
そして丈の短い外套。
「試着してみて」
着替えてみると、まるで最初から採寸されていたかのようにぴったりだった。
「ちょうどいいですね……いいんですが、何でスカートなんですか?」
「防御力はちゃんとあるわよ?」
そういう問題じゃない……だがもう色々と諦めた。
腰には細身の剣も下げる。
100年使い続けた愛用の一本を魔法でサイズ調整した。
「路銀も入れておくわ」
「魔法でお金を作ることも難しくないけど、いつもそれをやってるとどうなるかは、流石にわかるわよね」
「ええ、もちろん」
俺は苦笑しつつ、財布代わりの革の小袋を受け取る。
中から硬貨の触れ合う音がした。
「最初はこれだけあれば十分でしょう」
「ありがとうございます」
本当に、カサンドラには何から何まで世話になりっぱなしだ。
準備が終わると、居間へ静かな時間が流れた。
出発すれば、しばらくこの塔へ戻ることはない。
そう思うと、急に百年間の思い出が頭をよぎる。
魔法を失敗して塔の壁を吹き飛ばしかけた日。
料理を教えていたら、カサンドラが砂糖と塩をまた間違えた日。
二人で世界各地を旅しながら修行した日々。
どれも昨日のことのように思い出せる。
「リコ」
カサンドラが穏やかな声で呼ぶ。
「塔を建てたら、そこで生活することになるわ」
「はい」
「でも、帰ってきたくなったら、いつでも帰ってきていいから」
その一言に、胸の奥が少し熱くなる。
「ここは、あなたの家でもあるんだから」
不意に目頭が熱くなり、それをごまかすように俺は笑った。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
「百年前、右も左も分からなかった俺を助けてくれて、本当にありがとうございました」
カサンドラは少し照れくさそうに笑う。
「助けたのは偶然だったのだけれど」
「それでもです」
あの時、この人が助けてくれなければ俺は死んでいた。
百年という長い時間をかけて育ててもらった恩は、一生かかっても返しきれない。
カサンドラは俺にとって、もう家族なんだと、その時改めて思った。
「立派な世界調律師になります」
「もう十分立派よ」
カサンドラは優しく微笑んだ。
「だから、自分らしく歩いていけばいい」
その言葉を胸へ刻み、俺は頷く。
「行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
俺は転移魔法を発動させる。
足元へ転移魔法陣が広がり、景色が光へ溶けていく。
次に視界が開けた時、俺は緩やかな丘の上へ立っていた。
爽やかな風が草原を渡っていく。
その先には――。
「これが……ヴェルグラードか」
巨大な城壁に囲まれた都市だった。
幾本もの塔が空へ伸び、街道には荷馬車が列を作っている。
剣や槍を背負った冒険者。
大荷物を運ぶ商人。
旅芸人らしき一団まで見える。
遠くからでも街全体の活気が伝わってきた。
(あそこが、俺の新しい生活の始まる場所になるのか)
少しだけ胸が高鳴る。
治安は良いとは言えないと聞いた。
それでも、この街には人が集まり、夢を追い、毎日を生きている。
そんな熱気が城壁の外まで伝わってくる。
「まずは冒険者登録だな」
収納袋を肩へ掛け直し、街道を歩き始める。
初めての仕事。
初めての街。
そして、リコレットとしての新しい人生が今始まろうとしていた。