100年修行したら幼女世界調律師になってました ~最強だけど世界を気ままに旅します~ 作:Fiomia
新人冒険者リコレット
ヴェルグラードの城門をくぐると、街の熱気が一気に押し寄せてきた。
石畳の大通りには、商人が客を呼び込み、露店では焼きたての串焼きが香ばしい匂いを漂わせている。武器屋の店先には剣や鎧が並び、冒険者らしい人たちが真剣な表情で品定めをしていた。
「いかにも冒険者の街って感じだな」
思わず独り言が漏れる。
修行中に他の街には立ち寄ったことはあるが、その頃はカサンドラと一緒だった。
今日からは、一人の新人冒険者としてこの街で生活を始める。
そう考えると、少しだけ背筋が伸びるような気がした。
通りで店員へ道を尋ねると、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
周囲の建物より一回り大きな石造りの建物で、入口の上には剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられている。
扉を開けると、中は想像以上の賑わいだった。
依頼書が貼られた掲示板の前では、冒険者たちが紙を見比べながら相談している。
酒場を兼ねた一角では昼間から景気よく笑い声が響き、鎧姿の戦士やローブ姿の魔術師が思い思いに食事を取っていた。
「おお……ファンタジーRPGの冒険者の酒場そのものだな」
どことなく会社の受付のようでもあるが、違いはスーツ姿ではなく武器を持った人ばかりという点くらいだろう。
俺は受付カウンターへ向かう。
数人並んでいたが、それほど待たずに順番が回ってきた。
「こんにちは」
受付の向こうにいた女性が、にこやかに微笑む。
20代前半くらいだろうか。
栗色の髪を肩まで伸ばし、清潔感のある制服を着ている。
「冒険者ギルド、ヴェルグラード支部へようこそ。私は受付のリーシャと申します」
丁寧な挨拶だ。
営業職だった頃を思い出して、こちらも自然と背筋が伸びる。
「初めまして。冒険者登録をお願いします」
リーシャは笑顔で俺の顔から全身を見ていたが、少しずつ困ったような表情へ変わっていく。
「あの……お嬢さん。申し訳ないのですが、15歳未満の方は冒険者登録ができない決まりなんです」
「ええと、実は私これでも15歳なんですが」
「……え?」
動きが止まる。
まあ、予想通りだな。嬉しくはないが。
「ええと」
俺は収納袋から小さな紙片を取り出した。
カサンドラが用意してくれた教会の年齢証明だ。
他にも、一般人として生活するために必要な書類は、一通り揃えてあると聞いている。
「こちらが教会から発行してもらった年齢証明です」
リーシャは両手で受け取り、内容を確認し始めた。
名前、リコレット。年齢、15歳。
「……15歳?」
もう一度、証明書を見直す。
さらに俺の顔を見る。
また証明書を見る。
「本当に15歳なんですよね?」
「自分でも言われるだろうと思ったので、年齢証明をもらってきました」
困惑する気持ちは分かる。
俺だって鏡を見るたびに「この容姿で15歳は無理がある」と思ってしまうくらいだ。
「大変失礼いたしました!」
リーシャは勢いよく頭を下げた。
「年齢を決めつけるようなことを申し上げてしまい、本当に申し訳ありません!」
「いえ、気にしないでください」
むしろ、これから何度も起こるだろう。
そのたびに怒っていたら身が持たない。
「ありがとうございます……」
リーシャはほっとしたように胸をなで下ろした。
「それでは改めまして、冒険者登録の手続きを進めさせていただきます」
そう言って、新しい登録用紙をカウンターへ広げた。
リーシャは登録用紙へ手際よく内容を書き込みながら説明を始めた。
「それでは、冒険者制度について簡単にご説明しますね」
「お願いします」
「冒険者ランクは実績に応じて昇格していきます。依頼を達成したり、実力が認められたりすると、ギルドの審査を経て上のランクへ進めます」
壁へ掛けられた一覧表を指差す。
「一番下が大理石級。その上が瑪瑙級、アメジスト級、ルビー級、サファイア級……という順番です」
「最初は全員、大理石級なんですか?」
「はい」
リーシャはにこりと笑う。
「冒険者としての経験がない方は、皆さん大理石級からのスタートになります」
それは当然だろう。
世界調律師だと名乗るわけにもいかない以上、新人として扱われる方が都合もいい。
「ランクごとに受けられる依頼も変わります」
「危険度が違うからですか?」
「その通りです」
リーシャは嬉しそうに頷いた。
「依頼には推奨ランクが設定されています。無理な依頼を受けて命を落とす方を減らすためなんです」
理に適っている。
営業でも、新人へいきなり大口顧客を任せる会社は少ない。
経験を積みながら仕事の幅を広げていくのは、どこの世界でも同じらしい。
「魔物も同じです」
リーシャはもう一枚の資料を取り出した。
「魔物には危険度が設定されています。大理石級なら薬草採取や、小型の魔物への対処が中心ですね」
「なるほど」
冒険者ランクと魔物の強さが対応しているわけだな。
こちらも理に適っている。
俺は相槌を打ちながら話を聞き続けた。
「それから、もし依頼中に危険だと判断した場合は、無理をせず撤退してください」
リーシャの声色が少しだけ真剣になる。
「依頼によってはそれで罰金などが発生することはあります。でも、命の方が大切ですから」
ギルドとしては個々の冒険者の命よりも、依頼の達成の方が重要な場合もあるだろうが……。
それなのに、こんなことを言ってくるということから、リーシャの性格が垣間見えると思った。
「分かりました」
俺が頷くと、リーシャも安心したように微笑んだ。
「では、登録は以上になります」
最後の書類へ印を押し、小さな金属製のプレートを取り出す。
「こちらが冒険者証です」
受け取ると、掌に収まる程度の銀色の札だった。
表には『リコレット』という名前と、大理石を模した白い紋章が刻まれている。
「これで今日からリコレットさんも、大理石級冒険者です」
「ありがとうございます」
思わず冒険者証を見つめる。
世界調律師になった時とはまた違う達成感があった。
こちらは、人間社会での新しい身分証でもある。
「そうだ」
リーシャが何かを思い出したように手を叩く。
「明日、初心者講習があるんです」
「初心者講習?」
「はい。新人冒険者の方向けに、依頼の受け方や安全管理、それから実地訓練まで行います」
まさに今の俺にぴったりだ。
知識はあっても、冒険者として活動するのは初めてなのだから。
「参加した方がいいでしょうか」
「ぜひ参加してください」
リーシャは力強く頷く。
「同じ時期に登録した方とも知り合えますし、最初の仲間ができる方も多いですよ」
仲間か。
その言葉に少しだけ期待が膨らむ。
この100年ずっとカサンドラと一緒だったが、今後は普通の人と一緒に依頼を受ける機会も増えるのだろう。
「では、参加します」
「承知しました。当日は朝9時までにこちらへお越しください」
手続きを終え、俺は冒険者証を収納袋へしまった。
ギルドを出る頃には、夕方の陽射しが街を赤く染め始めている。
まずは、サイラスの助言どおり、今は目立たず新人らしく経験を積んでいこう。
そう心へ決めながら、俺は宿を探すため賑やかな大通りへ足を向けた。