p.s.
kasyopaさん、☆9評価ありがとうございます!
◇千穂◇
確率とは、不思議なものだ。針の糸を通すような、薄い可能性を簡単に引ける時もあれば、二本のクジで永遠に当たりを引けないことだってある。
「ふぅ…… 勝った……」
タコ負けにタコ負けを重ねた過去はどこえやら。4パチで散々負けた台も、1パチだとするりと当たって大勝ちしたりする。パチカス七不思議だ。なにをどうやっても、LTやらSTに入れる50%が取れなかった癖に、低貸しになった瞬間手のひらを返したかの如くあれよあれよと銀の玉のホワイトホールができあがる。
不思議だ。
不思議でならない。
あれだけ鳴らなかった小気味のいい先バレの音も、1パチではトントン拍子で聞こえてくる。
「──やっぱ、結局は海なんだよねぇ」
移動する台の尽くで当てた今日だったが、最後に私を癒したのは海だった。海物語は全ての母であり、あまねくパチカスの終着点。揺り籠から墓場まで、多くの人がその道を辿り、いずれ帰っていく。
かくいう私も、なんだかんだ最後は海に託すあたり、特殊な電波でも出して人を集めてる可能性も否めない。
ただまぁ、それは些細なもの。
問題は──我が家にやって来た同居人だ。
「今日は……お菓子、喜んでくれるかな」
透明なビニール袋に詰められた、景品のお菓子たち。有名な物から、パチ屋でしか見ないマイナーな物まで、色々貰ってきたが、如何せん喜ばれる気が一切しない。理由はわかってる。
お菓子の出処が、出処だから。もしも、里穂ちゃんがもう少し小さくて、世間をあまり知らなかったなら、無垢な笑顔で感謝の言葉をくれただろうが……彼女は中学一年生。
小さい頃からスマホを持ち、ネットに触れる機会も多い世代。どんなにがんばっても、情報の海の中で世界の汚い部分を知ってしまう。残念なことに、私はその汚い部分に片足をどっぷり漬けている人間。どんな理由があれ、賭け事に興じてる時点でネジが外れてしまった側の存在だ。
「一々心配してもしょうがない、か」
あくまでも、私と里穂ちゃんはただの同居人。魔法少女の先輩後輩という側面はある……あるが、それはそれでこれはこれ。関係は対等だ。家事をしてくれているのは彼女自身の意思であり強制ではないし、私がこうしてお菓子を持って帰っているのも、ある種の自己満足に近い。
できることがあるなら、里穂ちゃんが気に入るお菓子があることを神に祈ることくらいだろう。どうか、冷たい目で見られないように、と。
◇
「ありがとうございます。お夕飯、そろそろできるので、先にお風呂をどうぞ」
はい。
みんなには、この声が、どういう風にきこえただろうか。冷たい声か、暖かい声か。優しい声か、怒った声か。
正解は、うん、私しか知らないわけなんだけど、案の定目は冷たかった。軽蔑、失望、どちらとも取れる悲しい視線が、痛かった。
並の思春期男子なら、それだけで心を打ち砕かれることが確定するような、目。
「新米魔法少女とは思えないなぁ、あの目」
古代の英雄が視線で人を殺したと語られるように、現代の魔法少女は視線で怪物を殺せるかもしれない。そんな可能性を、私は見た。
もっとも、魔法少女の起源は不透明で、過去の女性の偉人の一部そうだったんじゃないか、なんて与太話も存在する。
なにせ、魔法少女管理協会ができたのは近代になってからで、それ以前の歴史は闇の中。戦後から始まった組織は今でこそ、国連や各国の支援を経て、世間に認知され魔法少女という数少ない人類の防人を管理・育成しているが、根本的な部分は未知に溢れている。
怪物はどこからきて、何故暴れるのか。
魔法少女は何故生まれ、その力に目覚めるのか。
全てが、完全に説き明かされてるわけじゃない。
協会の仕事は力に目覚めた魔法少女達を保護し、本人の意志を確認した上で、怪物との戦場に送り出すこと。その中で、彼ら私たち魔法少女に階級を付与する。若き少女の未来を閉ざさないため、不必要な犠牲を少しでも減らすため。実力に見合った階級を付与し、怪物という災害の対処に当たらせる。
基本的に、階級は一から五まであり。里穂ちゃんに付与されている五級は、いわゆるひよっこ新米魔法少女のための階級。災害の前線に出ることは極力避け、緊急時以外は避難誘導や逃げ遅れた民間人の救助が主な仕事だ。
それ以降は、どんどんやることが増えていくが、四級の時点で大体の未来が決まる。
戦闘か、救助か。
戦闘に寄れば、それこそ過酷な戦いのド真ん中に行くことになるし、相応に危険が付きまとう。
救助に寄れば、戦いに巻き込まれることは減るが、死という終わりに直面することは増える。
一概にどちらがいいとは言えないし、どちらが優れてるとも言えない。
括りとして、戦闘に重きを置く魔法少女たちの方が階級が上に行くことが多く、一級と二級はほとんどが戦闘特化の魔法少女。三級と四級の半分ほどが災害救助に重きを置く魔法少女になる。
そうした中、私は例外の場所に位置していた。その名は──輪花。
階級に収まりきらない、特別な魔法や、一級を遥かに凌ぐ圧倒的な戦闘能力を持つ魔法少女にのみ与えられる、特別な階級。それぞれが、魔法や性格──少女たちの個性に由来する花の名前を渡され、それと同時に超法規的権限が付与される。
簡単に言ってしまえば、選ばれた者だけが成れる英雄みたいな、そんな感じ。羨望の的になることは確定的だし、いつ、誰に、どこで見られているかわからないから、おちおち変なこともできない、窮屈で自由のない階級だ。
過去の……真面目な私なら、それを力あるものの責任やら、義務やら、とそれらしい言葉を並べていただろうが、今はどうだろう。
「…………」
少なくとも、もう一度なりたいとは思わないだろう。
輪花にも、魔法少女にも。
「……皿出しくらいは手伝わないと、ね」
失うのは、真っ平だから。
◇里穂◇
記憶というのは、その内容の濃さによって鮮明に残るか、決まると思う。嫌な思い出がこびりつき、楽しかった思い出が沈んでいくように。人の脳は、よくできている。
だからだろうか、三年前──世界を襲った同時多発怪物災害の記憶は、今でも鮮明に思い出せる。
あちこちで火の手が上がり、絶えずどこかから悲鳴が聞こえ、魔法少女たちは必死に戦っていた。当時、まだ小学生だったわたしは、何ができるわけもなくて。両親との集合を約束した避難所まで走っていた。何度も転んで、その度に泣きそうになって、それでも死にたくないから、ただただ走った。
けど、怪物はわたしの事情なんか察してくれない。痛いのも、怖いのも関係なく、理不尽に不条理に全てを壊していく。終わったと、思った。息が苦しくて、涙が止まらなくて、声なんて出やしなかったから。だから、祈るように目を瞑って、最期を待った。
なるべく痛くなかったらいいな、なんて。そんな、最悪な願いは──竜胆色のドレスを纏った魔法少女によって、打ち砕かれる。
「君、大丈夫!? 怪我はない?」
「ぅ、ぁ……だいじょうぶ、です」
「……はぁ。もう、こんな時に嘘言わない。膝も手のひらも、傷だらけじゃない」
優しい、声だった。
わたしを窘めながらも、そっと寄り添ってくれる、声。温かくて、柔らかくて、愛に満ちている言の葉。
まるで、御伽噺の中から飛び出してきたヒーローみたいな魔法少女──それが、千穂さんだった。
美化してるところも、あるかもしれない。三年前とはいえ極限状態の中で見た光景だから。どこかしら、都合のいいように記憶をねじ曲げてる可能性だってあるだろう。
だとしても、今の千穂さんと昔の千穂さんが、わたしの中でどうしても繋がらない。
髪色も違くて、綺麗だった瞳もどんよりとしてて、少し痩せている。明らかに健康的な生活をしてない人間の痩せ方だ。やつれてる、とまではいかないけど、しっかりご飯を取れてない……気がする。
不一致な部分は色々あるが、一番繋がらないのは声だ。
災害の中、わたしを安心させるための声だったとはいえ、今とは全くの別物のように感じてしまう。優しさの中に、隠しきれない違和感がある。
加えて、魔法少女の先輩として聞きたかったあれこれも、ふわふわと避けるだけだし、変だ。
やっぱり、魔法少女を辞めた理由に、何か特別な訳があるんだろうか。
「……千穂さん、一つ聞いてもいいですか?」
「なに? 質問大会はもう終わったと思ったけど……まだ聞きたいことでもあった?」
「はい。その……魔法少女、なんでやめてしまったんですか?」
「──やだなぁ、そんな深刻そうに聞かれても、理由なんてみんなと変わらないよ。時間が来たってだけ」
夢の時間は、もう終わったの。
そう、千穂さんは言った。
確かに、納得できなくはない理由だ。魔法少女の力は、歳を重ねるごとに増して、ある一定のラインを機に落ちていく。例外なく20歳がピークで、そこからは下り坂。ほとんどの魔法少女は、その前に自分の行くべき道を見定めていく。
普通に大学に行き、仕事に着く人もいるし。そのまま協会に残って、後継を育てる人もいる。選択肢自体は本人に委ねられ、未来を害すことは誰もしてきたりしない。けれど、千穂さんが引退したのは三年前。いくらなんでも早すぎる。わたしが知ってるのは、過去の映像の千穂さんと、助けられたあの日の千穂さんだけだ。何日か一緒に過ごしたところで、わかったことなんてたかが知れてる。
だけど、どうしても、時間という理由に納得できないわたしがいた。過去にわたしを助けてくれた千穂さんは、映像の中で誰かを助けていた千穂さんは、そんな理由で手を伸ばすことを諦める人には見えなかったから。
「本当に、それだけですか?」
「…………」
「わたし、まだあんまり千穂さんのこと知りませんし、知った風なことを言うつもりもありません。でも……時間っていう理由だけで、魔法少女を辞めるのは、納得できないんです。わたしを救ってくれたあなたは──そんな理由で誰かを助けることを辞める人じゃないって、そう思うから」
本音を、ぶつけた。
憧れた人の今が、わからなくて。
憧れた人の今を、わかりたくて。
言葉にした。
感謝と疑問。その狭間にある感情が、晴れて欲しくて。一人が寂しいと言った、千穂さんの心が知りたくて。
待って、待って、待って。ようやくこちらを向いた彼女の表情は、あの日のわたしと同じ……泣きながら苦しんでいるような、酷い顔だった。
「私は、里穂ちゃんが考えるほど、優しい人じゃないよ」
「そんなことありません! だって、初めて会ったあなたは──」
「じゃあ、仲間を見殺しにするやつが優しい人だって、君はそう言うの?」
「ぇ……?」
「なんだ、やっぱり誰も言ってないんじゃん。……なら、教えてあげる。三年前、私があの最悪の災害を終わらせられたのは、大切な仲間を──見捨てたからだよ」
次回もお楽しみに!
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